&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

研究理事 未来創発センター長 神尾 文彦


2025年(令和7年)は、昭和に換算して100年であり戦後80年目でもある。日本が歩んできた社会・経済・企業が果たしてきた役割を振り返るとともに、そこから未来を考える年でもある。

「コンドラチェフの波」と未来予測

これまでの日本経済の歴史を見ると、人口増加やグローバルの環境変化に合わせ、インベンション(発明)とイノベーション(革新)を生み出しながら成長してきたが、来たる未来はどうだろうか。過去の歩みから将来の社会・経済を見通す一つの考え方として景気循環の概念がある。キチンサイクルといわれる3~5年における在庫循環、設備投資の盛り上がり期間を示すジュグラーサイクル(10年程度)などがある。
その中で、日本の中長期的な未来に影響を及ぼすのは、イノベーションや技術の循環、いわゆる「コンドラチェフの波」である。この波はおおむね50~60年サイクルといわれ、エコノミストの嶋中雄二氏によると、近年は2003年頃を底に緩やかに上昇期を迎えているという。実際、1960年代に集中投資されたインフラ更新の第一波が2010~2020年代に始まっている。また携帯電話は2005年、スマートフォンは2020年前後に急速に普及率が向上するなど、2003年以降に技術革新が集中して発生している。
ただ、この波がどこまで続くのであろうか。今まさにAIの革新期にあり、革新的な大規模言語モデルや蓄積されたデータが次なる投資を掘り起こしている。このように社会全体の能力(ケイパビリティ)を拡張させることで、コンドラチェフの波が、理論上見通される2030年代を超えて続くかどうか、個人的な関心がある。
一方、未来の予測はこのような景気循環とは別次元で語られる。技術・イノベーションの波が、あるべき未来社会の実現にどの程度貢献するかは必ずしも明確になっていない。長期的な予測は、社会が「こうなる」というよりも、「こうなってしまう」「こうなるべき」というトーンにならざるを得ない。だからといって30年先、50年先は遠い未来として片づけてしまってよいのだろうか。私は、過去から現在、そしてあるべき未来までを一本の道(ストーリー)でつなぎ、目標とする社会が実現するまでどのような取り組みが必要になるのかについて、しっかりとした道筋を描いたうえで、国民全体での認識・共有が重要だと考えている。

持続可能な未来社会への移行戦略

最近耳にする言葉として、トランジションデザインという概念がある。2015年に米カーネギーメロン大学デザイン学部の教授らによって提唱されたといわれており、持続可能な未来社会に向けた移行(トランジション)の道のりを設計していく取り組みである。トランジションのためのビジョンを設定し、それを実現するために関係者の姿勢や心理変化を促していくというフレームワークが示されている。これは、持続可能な社会づくりを目指すためにシステム全体の変革を促す設計図といえるが、その活用に当たっては、社会や経済全体を対象にして取り組むことが求められよう。
たとえば、人口や労働力が半減したとしても、脱炭素を達成し、国民が豊かさを実感できる(不安を解消できる)ために、技術、資本配分、国土・都市改造、そして経済循環の構造をどのように変えていくかを明らかにするイメージである。道筋を明らかにすることで、これから日本を牽引していくべき産業や競争力を有するべき技術の方向などを考えるきっかけとなるはずだ。
2024年12月に中期的な社会・経済の目標と戦略に関する提言が出された。日本経済団体連合会(経団連)が公表した「FUTURE DESIGN2040」がそれであり、2040年度に名目GDP1000兆円の達成を目指すため、実質2%(名目3%)程度の成長を目指す戦略が描かれている。
柱となる施策として、①全世代社会保障、②環境・エネルギー、③地域経済社会、④イノベーションを通じた新たな価値創造、⑤教育・研究および労働、そして、⑥経済外交が掲げられている。中期的な目標実現に向けたアプローチを明示している点で、この戦略にはトランジションデザインの要素が含まれているといえる。今後、この戦略を具体化するために、金融資産に加え、人的資本、知的資本などをどのように蓄積し、活用するのかを検討していくことが期待される。今後は、2050年、2070年、それ以降の未来社会に対する移行戦略を立てていく必要があろう。

トランジションデザインで示す日本の未来

人口減少が持続的に進むと予測されていることで、日本が直面する未来はとかく暗いイメージが漂う。実際、国民生活基礎調査によると、国民の約8割が何らの不安を抱えており、その割合はここ2~3年間で急増した。トランジションデザインは、国民の不安を解消し、未来に向けた行動や投資活動を促すうえでも一定の役割を持つだろう。われわれ野村総合研究所(NRI)としては、どのような未来が到来するのか、また望ましい未来がどうあるべきかを洞察し、そこにどのようなアプローチで到達すべきなのか、未来の定点の姿を示すだけでなく、その移行経路も併せて示せるように心がけていきたい。

プロフィール

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    神尾 文彦

    研究理事
    未来創発センター長

    1991年野村総合研究所入社。

    長年にわたり、官公庁・地方自治体・公益団体などの調査・コンサルティング業務に従事。専門は都市・地域戦略、公共政策、社会インフラ戦略、政策金融など。

    近年は、地方創生、デジタルガバメントなどの領域に取り組み、内閣官房「未来技術×地方創生検討会」委員ほか、総務省、国土交通省、山形県、山形県鶴岡市、山梨県、宮城県、静岡県、岩手県など官公庁・地方自治体・商工会議所の委員等を多数歴任。令和5年度岩手県行政経営功労者表彰受賞。
    主な著書に「デジタルローカルハブ」(中央経済社)、「地域循環型社会の実現に向かって」(リックテレコム)、「デジタル国富論」、「地方創生2.0」、「社会インフラ次なる転換」(いずれも東洋経済新報社)、「東京・首都圏はこう変わる!未来計画2020」(日本経済新聞出版社)など。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。