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野村総合研究所と
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IT基盤技術戦略室 鷺森 崇、藤吉 栄二


野村総合研究所(NRI)は最新のIT動向の調査結果をまとめた書籍『ITロードマップ』を2005年から毎年刊行しています。この記事では同書籍の2025年版から、生成AIの活用によって革新が進む「生成AIマーケティング」と、生成AIを支える基盤である「AI向け次世代コンピューティング」の2テーマについて、要素技術の特性や市場、主要企業の活用事例にも触れながら、今後の展望、課題などを解説します。本テーマに詳しいIT基盤技術戦略室の鷺森 崇、藤吉 栄二に聞きました。

生成AIで加速するマーケティング領域

マーケティングの各プロセスで生成AIの活用が広がっています。
まず、マーケティング調査・分析では、企業は経済・財務データに特化した大規模言語モデル(LLM)を開発し、予測や事象の解釈に利用することで、ビジネスの意思決定が迅速化・効率化されています。また、AIペルソナ(バーチャル消費者)を生成し、消費者ニーズを分析するほか、マーケティング施策の反応について検証する取り組みが進んでいます。AIペルソナの活用領域は拡大しており、今後さらなる取り組みの進展が見込まれます。


次に、広告コンテンツ制作では、AIを活用したプロモーション動画の制作が進み、その品質の高さに注目が集まっています。クリック操作や言葉による指示だけで、広告用の見出し、説明文、画像、背景などを自動生成できるサービスも登場しています。
 
営業・提案活動に関しては、複雑なマーケティング業務を自律的に処理する「AIエージェント」の技術進化が著しく進んでいます。例えば、見込み顧客との対話を自然言語で行い、問い合わせ対応や営業担当者とのミーティングを設定することが可能になっています。また、実際の顧客との打ち合わせにAIエージェントが参加し、営業担当者にリアルタイムで助言する高度なサービスも実現しています。
 
さらに、マーケティング施策全体を包括的に捉えるプランニングの業務においても、生成AIの導入により革新的な活用が始まっています。それは、複数のAIエージェントが協力・交渉して、より複雑な業務を遂行する「マルチAIエージェントシステム」です。必要な専門知識を持たせた複数の専門家AIを生成し、AI同士が議論して出した意思決定やアイデアをベースにできるため、企画業務の高度化や効率化につながっています。

生成AIの進化が『超個別化マーケティング』を実現

マーケティング領域での生成AI活用がより活性化していくためには、現状の業務やシステムにおける課題の克服が不可欠です。
第一に、生成AIの活用に向けた業務プロセスの見直しです。従来のマーケティング業務はAIの活用を前提としていないため、生成を十分に活用できていません。意思決定にAIの提案を組み込むなど、AIを積極的に活用する業務プロセスを再構築する必要があります。
 
第二に、AIエージェントを活用する仕組みの整備です。多様な環境や目的に応じて、AIエージェントに安全かつ自律的に判断・行動させる仕組みはまだ十分とは言えません。ユーザーの入力に基づいてアクションを実行するラージアクションモデル(LAM)を活用し、複雑な環境での意思決定や行動計画を実現するとともに、AIの逸脱行動や誤判断を防ぐガードレール(安全対策)の設定が求められます。
 
最後に、AIエージェントの運用・評価プロセスの確立です。AIエージェントの安定性や信頼性を担保するには、エージェントの性能を定期的にモニタリング・評価して品質を管理する必要があります。これを実現する仕組みとして注目されているのが、AIエージェントの判断・行動の妥当性や安全性をリアルタイムで監視・評価する「AgentOps」という考え方です。AIエージェントの開発や運用におけるツール、プロセス、ベストプラクティスを体系化する概念として、AgentOpsへの重要度はますます高まっています。
 
こうした課題が解消されれば、マーケティング領域での生成AI活用はより活性化していくはずです。顧客理解は一層深まり、一人ひとりのニーズに応じた提案を創出する『超個別化マーケティング』が実現するでしょう。その実現に向けて重要となるのが、AIクリエイター、セールスAIエージェント、AIペルソナなどで構成されたバーチャルなAIシミュレーション基盤です。この基盤の実現精度が、将来的には企業の競争優位性を左右する鍵になっていくと考えられます。

GPUに代わるAI半導体の新たな選択肢「AI ASIC」

生成AIの普及に伴い、AI半導体の需要が急増しています。AI半導体とは、効率的にAIの演算処理を行うことに特化した半導体デバイスのことです。中でもGPU(Graphics Processing Unit)はニューラルネットワーク処理に適したプロセッサとして、AIの学習用途での需要は高まる一方で、調達コストの高騰が課題になっています。
 
こうした中、AI半導体の新たな選択肢として評価されているのがAI ASICです。もともとは画像処理用だったGPUに対して、AI ASICはAI処理専用に開発された半導体チップです。AI ASICはプログラミングの汎用性はGPUより低いものの、エネルギー効率ではGPUより優れています。「エネルギー消費が大きい」というGPUの弱点を抑えながら、AIに求められる推論の高速処理を実現できます。AI時代の本格化を見据え、既にクラウドベンダーやスタートアップがAI ASICの開発に着手しています。


このAI半導体市場に、大きなインパクトを起こしたのがDeepSeekです。クラウドベンダーやスタートアップの勢いをさらに後押ししたとも言えます。生成AIモデルの開発には巨額の資金が必要ですが、それをDeepSeekは低コストで行い、かつOpenAIの一部モデルよりも精度が高いと言われるほどの高性能を実現しました。こうした低コストかつ高性能は、従来の常識を覆す直接的なGPU制御とアルゴリズムの工夫によるものです。DeepSeekショックは、ハード・ソフト両面のエンジニア力でスタートアップが大手AIベンダーに対抗できることを示しました。

次世代に向けたAIコンピューティングの3つの展望

AIコンピューティングに関する展望は3つあります。
1つ目は、サービスとしてのGPU・AI ASICの提供拡大です。AI ASICスタートアップはオープンソースのLLMなど利用可能なAI基盤モデルを充実させ、ユーザーに訴求しています。用途や目的に応じて選択肢が豊富な大手クラウドや、料金面で競争力のある国内GPUサービス、AI ASICサービスが登場しており、AIに取り組みたい企業にとって好機です。
 
2つ目は、エッジコンピューティングにおけるAI活用です。リアルタイムの高速データ処理が求められるAI分野では、ユーザーに近いネットワークの末端で処理を行うエッジコンピューティングの技術が必要不可欠です。近年ではこのエッジコンピューティングとAIを融合させたエッジAIに注目が集まっています。エッジAIでは、自動車、ロボット、センサーなどさまざまなデバイスで効率よくAIモデルを実行させることが求められます。低消費電力に優れたAI ASICの活用が期待されます。

3つ目は、AIにおける主権、すなわちソブリンAIへの対応です。ソブリンAIとは、各国が自国のインフラ、データ、人材を活用して独自にAIを開発、運用する能力のことを意味します。各国政府がAI戦略を掲げて自国のAI産業育成やAIの実用化に取り組む中、自国での適用を想定してAI半導体の開発を行う企業が登場しています。こうした動きは、AI半導体市場に影響を及ぼす可能性があります。
 
AIコンピューティングにおけるアルゴリズム研究の進化は著しく、新たな学習方法、推論方式が出てくる可能性もあります。「コスト効率が高いコンピューティング環境をどう準備するべきか」という問いに向き合い、企業は自社ならではの回答を準備しておく必要があるでしょう。

プロフィール

  • 鷺森 崇のポートレート

    鷺森 崇

    IT基盤技術戦略室

    

    2001年よりコンサルタントとして、産業・流通分野における先進的なIT技術の調査、コンサルティング、新規事業推進活動に従事。2014年よりITアナリストとしての活動に参画。専門はスマートデバイス関連技術、RFID(ICタグ)、ICカード、マーケティング・サイエンス、ロケーションテクノロジー、リテール業界のITサービスなど。

  • 藤吉 栄二のポートレート

    藤吉 栄二

    IT基盤技術戦略室

    

    2001年よりITアナリストとして先進的なIT技術の調査とシステムコンサルティングに従事。近年は量子技術や宇宙関連技術などのITインフラ領域における先端テクノロジーを中心に調査を実施。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。