近年、スポーツがまちづくりにもたらす価値は、経済的価値に加え、社会的価値が占める割合が大きいと考えられてきました。しかし、スポーツがもたらす社会的価値は、体系的な整理や測定手法は確立されておらず、スポーツ産業の価値創造につながるスポーツへの投資や財政の投入、ステークホルダーの巻き込みを積極的に行うのが難しい状況でした。目指すべきスポーツ都市像が不在であり、効果的な政策設計が困難なことも障壁のひとつです。
 
こうした課題を解消するため、NRIは日本政策投資銀行、同志社大学、フロム・シェフと共同で、スポーツが都市にもたらす価値検証を目的とする調査を行いました。調査ではスポーツ都市を構成する要素を体系的に整理した「スポーツ都市インデックス」を作成し、これを指標として国内106都市を対象に項目ごとの「スポーツ都市ランキング」を試算しました。
 
スポーツ都市インデックスは、スポーツ活動に必要な施設や環境などのスポーツ資産からなる「インプット」、インプットを基盤として行われる市民のスポーツ活動とスポーツ消費からなる「アウトプット」、アウトプットから創出される経済的価値と社会的価値からなる「アウトカム」から構成されます。NRIは、この3つの観点からスポーツを通じた価値創造を実現している都市を「スポーツ都市」と定義しました。スポーツ都市においては、スポーツ資産によって生み出される価値がさらなる再投資と価値創造を生み出す「成長サイクル」が駆動している状態が理想です。
 

総合評価の1位はさいたま市でした。プロクラブや大規模スポーツイベントを通じて、市民スポーツ活動を促し、後述するような社会的価値を創出していることがその要因です。さいたま市はスポーツ消費でも1位になった他、社会的価値でも5位にランクインしています。スポーツ消費において、スポーツ月謝、スポーツ観覧料、スポーツクラブ使用料など、スポーツ関連消費のほぼすべての項目で全国上位に位置していることも特徴です。
 
さいたま市では、「さいたま国際マラソン」や「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」といった大規模スポーツイベントも定期開催されており、これらの存在が社会的価値におけるソーシャルキャピタル（地域への信頼・ネットワーク・社会参加）やシビックプライド（地域への愛着・誇り）の醸成につながっていると考えられます。固有のスポーツ資産をうまくスポーツ活動や社会的価値に結びつけることができているため、スポーツ都市としての1つの成功事例と言えるでしょう。
 
スポーツ資産の1位は松本市でした。スポーツ資産の中でも特に自然資産のスコアが高く、2つの山脈（山地）の間にあるという地理的特性が最大の要因だと考えられます。松本市では「松本市クロスカントリー大会」をはじめとする豊富な自然資産を生かした大会を開催しており、これがスポーツを支える意欲の向上に貢献している可能性があります。さらには、1998年に開催されたオリンピック冬季競技大会において、長野県全体としてスポーツボランティアへの関心が高まったことも影響していると思われます。
 
実施率・観戦率・ボランティアの項目から導かれるスポーツ活動のスコアでは、福岡市が1位にランクインしました。各項目で平均的に高い値を記録したことがその要因であり、スポーツを「見る」「する」「支える」といったアウトプットの各側面において、市民の生活に根付いていることがわかります。
 
スポーツ実施率で1位となったつくば市では、大学の先生を講師としたスポーツ教室や地場企業と連携した障害者スポーツイベントの開催など、産学の関連団体と連携しながら幅広い地域住民をターゲットにスポーツの機会を創出しています。さまざまなスポーツを楽しめる「する場所」としての施設の提供にも注力しており、これらの取り組みが市民の実施率向上に寄与していると考えられます。

都市におけるスポーツ資産・スポーツ活動・スポーツ消費・社会的価値・経済的価値の関係を検証するため、相関分析を行いました。その結果、「スポーツ資産×経済的価値」「スポーツ活動×社会的価値」「スポーツ消費×社会的価値」に相関関係が観察され、都市がまちづくりにスポーツを活用することで、健康増進やソーシャルキャピタルの形成、シビックプライドの向上といった、スポーツによるまちづくりの価値が示唆される結果となりました。
 
一方で、「スポーツ資産×スポーツ活動」「スポーツ資産×スポーツ消費」「スポーツ資産×社会的価値」「スポーツ消費×経済的価値」は相関関係が確認されませんでした。
このことから、スポーツ資産の量が多いだけではスポーツ活動やスポーツ消費を喚起できないことがわかります。また、スポーツ関連消費が向上しても、大部分はその利益が域内に還元されず、域外に流出している可能性が想定されます。今後はスポーツ資産の質や社会的価値を定量評価する手法を確立するとともに、域内で高まったスポーツ関連消費がそのまま還元されるような仕組みや受け皿が必要となるでしょう。
 
スポーツは、都市に対して主に社会的価値の観点で正の影響力を持ちます。価値創造を成長サイクルとして循環させていくには、各都市固有のスポーツ資産を有効活用したスポーツ政策を行うことが重要です。NRIとしても、さらなる調査設計の改善と検証を継続的に行うことで、理想的なスポーツ都市の可能性を後押ししていきたいと考えています。