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システムコンサルティング事業本部 TMXコンサルティング部 内山 弘毅、農宗 弘貴


NRIではこれまで電気通信と情報科学を組み合わせた「テレマティクスデータ」に注目して、研究開発や実証を続けてきました。直近では2025年1~3月に、札幌市役所と共同で、スマートフォンを用いた安全運転スコアリングの実証実験を行いました。テレマティクスデータを交通関連の課題解決にどのように役立てられるのか、プロジェクトを推進したNRIの内山弘毅と農宗弘貴に聞きました。

テレマティクスデータの利活用を促進するプラットフォーム

通信技術の発達により、位置情報、走行スピード、加速度等のデータがリアルタイムで入手可能になっています。こうしたテレマティクスデータは、自動車メーカー、ナビゲーションシステムのメーカー、保険会社等、幅広い企業がそれぞれで蓄積し、利用方法を模索してきました。
散在するデータを一か所に集約するプラットフォームが構築できれば、テレマティクスデータ量の増加や、データの掛け合わせによる提供価値の向上など、活用の可能性を広げることができます。実際に、関連の取り組みは各所で始まっています。例えば、経済産業省と国土交通省が主導するモビリティDX戦略においても、車両開発の効率化という別の背景ではありますが、データの標準化が掲げられています。「我々もそういった活動に共感し、貢献できる部分がないか模索しています。様々な企業・行政とつながりを持つNRIが寄与できる領域として、社会的に価値のあるユースケースを作ることが第一歩となるのではと考えました」と、農宗弘貴は話します。

自治体共通の課題は高齢運転者による交通事故

12か所の自治体にヒアリングする中で共通の課題として浮上したのが、高齢運転者による交通事故の多さでした。75歳以上の運転者による死亡事故件数は、免許保有者あたりでは75歳未満の約2倍にのぼるという統計があります※1。

「運転特性を踏まえた安全運転スコアリングは、一定のスコアを下回る高齢運転者に免許返納や自動車学校での訓練を促す等、事故防止に向けた取り組みに活かせる可能性があります」と、内山弘毅は考えました。「このコンセプトを確かめようと複数の自治体に提案したところ、特に札幌市役所に前向きに応対いただき、安全運転スコアリングの実証実験を実施する運びとなりました」

想定ユースケースの1つ、「安全運転スコアリング」の実証実験

テレマティクスデータは、競争優位に直結する情報として取得コストが高いことや、近年拡大しているものの普及率が限定的であることがハードルと考えました。そこで実証実験では、車体からテレマティクスデータを取得するのではなく、スマートフォンアプリを用いて運転状況を自動検知し、PoC参加者の安全運転スコアを測定しました。なおNRIでは過去の実験で、スマートフォンアプリの精度は、ドライブレコーダー由来のデータと比べても遜色がないという結果を確認しています。また、ながらスマホの検知が可能なことや、マイカー・レンタカー・カーシェアなど、乗る車体に関わらず且つ自動車メーカーを横断してドライバー単位でのデータ取得が可能といった副次的な有効性もあります。

実験では数十人の被験者を高齢層(60歳以上と定義)、若年層(20-24歳と定義)、中間層(25-59歳と定義)の3グループに分けて、2週間ごとにアンケートをとり、アプリで各自のスコア・危険挙動(急発進、急ブレーキ、速度超過、運転中のスマホ操作等)に関する評価を確認してもらいました。このプロセスを繰り返しながら、スコアや安全運転の意識がどう変化するのかを6週間にわたって追跡しました。

今回は実証期間が限られ、かつ積雪でスピードが出しづらい札幌圏での実証であったため、運転スコアに劇的な変化は見られませんでした。しかし、参加前後のアンケートで安全運転に必要だと感じる取り組みについて質問すると、参加後は「法定速度を守る」「スムーズな運転」「運転中のスマホ利用を控える」といった安全運転スコアの算出根拠となる項目に関連した回答が増え、安全運転の意識への効果が見られました。また、「家族でPoCに参加した被験者からは、遠隔に住んでいるため普段は運転に同乗できない高齢家族の技量の確認にアプリ利用が役立つという回答もあり、見守りとの親和性を確認できました」と、内山は振り返ります。「スマートフォンアプリと高齢者層の親和性が低いのではないかと懸念していましたが、実証実験を通じて高齢者層は他の年齢層よりアプリの閲覧頻度が高い傾向がありました。そのため導入時のサポートを充実させ、早期に馴染んでもらうことが鍵だと分かりました」

テレマティクスデータ利活用の展望

高齢運転者による交通事故の多さといった表面化している課題以外にも、ゴールド免許保有者の3人に1人はペーパードライバーであり、ゴールド免許は運転スキルの証明機能を果たしていないという調査結果もあります※2。また、公共交通が縮小するなかで注目が集まるライドシェアについても、安全かどうか分からないがために利用に踏み切れないというユーザーの存在は少なくないと思われます。このように運転技術の実態を定量的に示す安全運転スコアは、複数のユースケースで新たな評価指標として機能するポテンシャルがあります。安全運転スコアリングはあくまでテレマティクスデータ活用の一例であり、ほかにも、様々な交通課題に対して解決策になり得ると、内山は考えています。


「テレマティクスデータのプラットフォームをつくることは、官公庁、自治体、民間企業を巻き込んだ壮大な取り組みとなります。関係者に納得してもらうためにも、ユースケースの実績を得られたことは大きなステップになりました」と、農宗は好感触を得ています。「まだまだ遠い道のりですが、同じ問題意識を持つ方々と協業を重ねながら、テレマティクスデータを活用することによる社会課題の解決に1歩ずつ寄与していきたいと思っています」
※1 警察庁HP 交通事故分析資料 警察庁交通局「令和6年における交通事故の発生状況等について」2025年2月7日
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bunseki/info.html
※2 三井住友海上火災保険株式会社「ペーパードライバーに関する実態調査」2023年3月31日
https://www.ms-ins.com/news/fy2022/pdf/0331_2.pdf

プロフィール

  • 内山 弘毅のポートレート

    内山 弘毅

    TMXコンサルティング部

    

    総合印刷会社、総合デジタルファームを経て野村総合研究所に入社。先端技術を活用した社会課題解決志向の新規サービス企画・実行支援が専門。特に、世に事例がないことを幅広いステークホルダーを巻き込んで取り組むことを得意とする。

  • 農宗 弘貴のポートレート

    農宗 弘貴

    TMXコンサルティング部

    

    東京工業大学 情報通信学科修了後、2020年に野村総合研究所に入社。テレマティクスデータを中心とした、データ分析・データ外販・データ活用基盤整備など、データ活用に向けた総合的なコンサルティングを専門とする。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。