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執行役員 デジタルトラスト基盤事業本部本部長 八木 貴史


現在、私たちの社会におけるデジタル化は、かつてないスピードで進行している。経済活動や社会活動のほとんどの領域でデジタル技術が浸透し、企業活動においてもその影響は顕著である。膨大なデータの活用に基づいた意思決定、クラウド技術を使った業務の効率化、さらにはAIによる革新的なサービス創出など、デジタル化は企業に新たな可能性をもたらしている。しかし、デジタル化の恩恵が明らかである一方で、その進展には新たな課題も伴っている。特に、デジタル化によって生まれる新しいビジネス環境下での「信頼の構築」は、その中核的な課題といえるだろう。

高まるリスクとデジタルトラスト構築の課題

デジタル化の進展に伴い、オンライン空間での取引や協力が必要不可欠となってきた。しかし、そこには高度な技術を基盤としたシステムへの依存が増加し、それに比例して詐欺やサイバー攻撃などのリスクも高まっている。これらに適切に対応できなければ、デジタル化がもたらす恩恵を十分に享受できないどころか、逆に企業活動に深刻なダメージを被る可能性がある。この状況を踏まえ、デジタル空間において過度な不信や警戒心を持つことなく、安全で柔軟な協力関係や取引、人間関係を構築するための新たな信頼の基盤となる「デジタルトラスト」が不可欠となっている。従来のセキュリティが主として防御戦略として機能するものであるのに対し、デジタルトラストは包括的な信頼の基盤を提供するものと定義できる。このデジタルトラストは、デジタル化がもたらす利便性と効率性を最大限に引き出し、社会全体の成長を支える基盤として機能されなければならないと筆者は考えている。
デジタルトラストの具体的な構築に向けては、科学技術振興機構の研究開発戦略センター(CRDS)が提唱する「トラストの3側面」が重要な概念となる。これらの側面は、デジタルトラストを実装し、維持するための基本的枠組みとなる。
一つ目は、対象真正性(IDのトラスト)である。取引や協力が行われる際に相手を確実に保証する仕組みであり、個人だけでなく、企業やデバイスといったすべての関係者が正当な対象であることを確認し、不正行為を排除することを目的としている。二つ目は、内容真実性(データのトラスト)である。デジタルデータが改ざんされていないことや情報に誤りが含まれていないことを保証する仕組みであり、データが生成された段階からその内容の整合性を維持し続ける仕組みが必要である。三つ目は、振る舞い予想・対応可能性(サービスのトラスト)である。システムやサービスが期待通りに動作することを保証するものである。

企業競争力を高める一手となるデジタルトラスト実現

このトラストの3側面に加え、システム開発・運用に携わる野村総合研究所(NRI)としては、デジタルトラストの実現に向けては、さらに「ソフトウエアの信頼性」「システム稼働環境の信頼性」「オペレーショナル・レジリエンス向上」が重要であると考えている。いかにID、データ、サービスがトラストを満たしていると主張しても、これらが不安定または脆弱であれば、全体の信頼性は著しく損なわれてしまうためである。
ソフトウエアの信頼性は、開発工程そのものの安全性と品質を保証することで実現される。特に、開発環境におけるセキュリティ対策の標準化が求められる。たとえば、開発プロセスにおいてセキュリティが組み込まれたツールを使用することや、コードの脆弱性を検出するテストを自動化することで、ソフトウエアの品質を維持し、高い信頼性を確保することが可能となる。
システム稼働環境の信頼性は、基盤環境の構成管理や脆弱性の監視を統合的に実施することで達成される。これには、法規制の遵守を支える高度なセキュリティ対策を、システム構築段階から運用段階に至るすべての工程に組み込む
ことが含まれる。たとえば、最新のセキュリティ情報に基づいてシステムを継続的にアップデートし、情報漏洩リスクを最小化する仕組みを構築することが求められる。
オペレーショナル・レジリエンス向上は、企業や組織がさまざまな困難や不測の事態に直面した際でも重要な業務やサービスを継続的に提供できる能力、およびその後の迅速な回復力を向上させることを指す。24時間365日での継続的なイベントの監視・分析と、インシデント発生時の迅速な対応・復元を可能とする仕組みが求められる。

デジタルトラストの構築には、まだ議論・検討が必要であり、社会全体への実装には時間を要すると考えられる。しかし、その実現なくして、企業がデジタル化進展の恩恵を完全な形で享受することは難しい。この課題に取り組む姿勢は、デジタル化の真価を問うものでもあり、競争力を左右する重要な要件となると考える。NRIとしては、これらの取り組みに伴走し支援することで、デジタルトラストを支える仕組みづくりに貢献していきたい。

プロフィール

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    八木 貴史

    執行役員
    デジタルトラスト基盤事業本部 本部長

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