
経営役 コンサルティング事業本部副本部長 石綿 昌平
ChatGPTという「物語」を創作するAIが登場してもうすぐ3年。その衝撃は非常に大きかった。ユヴァル・ノア・ハラリが『NEXUS 情報の人類史』で指摘しているように、人類にとって物語の持つ力は特別である。物語に人は感動し、共感し、納得をする。そして、物語に突き動かされ、ときには宗教や政治活動のように大きな集団を動かすことすらある。
ビジネスでも、モノや最低限の生活が充足する時代において、コトという物語の重要さが増している。組織全体の統制のためのパーパスやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)はいうまでもなく、顧客と共感を共有する活動にも、物語が極めて重要な要素になっている。これまで物語は人間だけのものであったのに、これを人間以外のものが人間の言葉で語り始めたのである。たとえ最後の意思決定は人間がするとしても、それを大きく左右する物語を人間以外のものが創作することの重大さに、いろいろな人が意識的・無意識的に反応した。
人間・組織能力を拡張するAI技術の進化と活用の視点
一方で、アウトプット増加の効果による成長への貢献も十分に起こり得る。その直接的な例としてよく取り上げられるのが、AIチャットボットによる24時間365日対応である。AIは人間が行う業務を高速かつ継続して対応できるので、さまざまな活動量を格段に増やすことができる。しかし、このような活動だけでは、3年前に気づかされたほどの重大さは感じられず、期待の幻滅期といわれてしまいかねない。
この先、当初感じたAIによる大きな変革を実現するには、AIをさらに広い意味での人間の能力拡張ととらえる必要がある。例えば、野村総合研究所(NRI)では、AIを単なる技術用語ではなく、人間の能力である「予測力」「識別力」「個別化力」「会話力」「構造化力」「創造力」を拡張するものと捉えている注。既存の枠組みの中で単純に量を増やすのではなく、これらの力により、新しいことにリスクを取って挑戦することが、人間としてひいては組織として、大きな物語を作ることになるだろう。実際に、AIを活用すれば、企業としてもリスクテイク性向が高まるという研究成果もある。
その時、大事になるのは、人間や組織がAIにどれだけのことを任せられるのかという観点である。生成AIだけがAIではない。統計的手法や機械学習などのデータサイエンス技術を含め、AIにはいろいろな技術があり、それぞれ得意不得意が存在する。これらを見極める能力が企業の成長力や競争力の根幹となるだろう。
AI活用時代におけるリスク対応と競争力維持の要件
また、AIのブラックボックス化が、新たな不確実性やシステミックリスクを生む懸念もある。AIガバナンスにおいては、厳格に対応しようとすると工数もかかり、製品へのローンチも遅くなるが、一方で甘くすればリスクが高まる。これは、AI時代特有の「成長を実現する際の本質的な問い」であり、このリスクをうまくコントロールできるかどうかが、競争力を大きく左右することになろう。
そして、こうしたリスク含みのチャレンジを意思決定する際に重要になるのが「物語」である。事業投資の意思決定においては複合的な観点が求められるが、最も重要であるのは成長のストーリーである。この「物語」に投資家も経営者も惹かれるのである。今後AIは、こうした物語の創作をも拡張する。
DXももう十分に浸透した。確かに変革は必要であるが、変革だけが目的では疲弊(DX疲れ)するだけである。人手不足が足元の社会課題であるため、どうしても効率的に物事を回すことにとらわれがちになるが、デフレからインフレに代わり、社会の意識もこれまで重要だったコスパやタイパから、少しずつ成長に目が向き始めている。変革の先にどういう成長の物語があるのか。そこにAIをどれだけ活用できるかが重要だろう。
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/2025forum386.html
プロフィール
-
石綿 昌平のポートレート 石綿 昌平
経営役
コンサルティング事業本部 副本部長 兼 システムコンサルティング事業本部 副本部長東京大学 大学院工学系研究科 機械情報工学専攻 修了
University of California, Haas School of Business 修了。
1998年にNRI入社。
ICT・メディア産業コンサルティング部長を経て、統括部長兼AIコンサルティング部長へ
テクノロジー関連企業を中心とした経営戦略、事業戦略、産業調査などを経て、アナリティクスによる様々な産業分野、経営改革、事業改革などに加え、AIを中心として、様々な分野のデジタルトランスフォーメーション支援を担当。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。