
執行役員 流通ソリューション事業本部本部長 高木 智亮
2025年はエージェントAIやマルチモーダルAIの進化により、AIが私たちの日常に深く溶け込んだと感じる1年であった。
ChatGPT登場は社会に大きな衝撃を与え、AIが発展した未来について楽観と悲観が入り混じるさまざまな議論を巻き起こした。それから3年余りが経った今も議論は尽きる気配はない。AIはその間も進化を続けて多様な種を生み出し、さまざまなサービスに組み込まれ、着実に私たちの社会に浸透している。
ビジネスシーンで調べ物や成果物作成にAIを活用するのはもはや一般的であるが、日常生活においてもAIの利用は当たり前になってきている。わが家でも、娘がAIに質問しながら勉強をしている姿をしばしば目にする。悔しいが、どうやら答えが決まっている学校の勉強に関しては、筆者より「チャッピー」の方が頼りになるようである。AI共生社会はすぐそこまで来ている。
個性あるAIと人が共生する未来
来たるAI共生社会において、人とAIの関係はどうなっていくのであろうか?
AIが人間を遥かに凌駕する知性を獲得した唯一神となるジョージ・オーウェルの『1984年』的な予想も耳にするが、八百万の神が存在するとされる社会で育った筆者の考えはそうではない。AIはさまざまな個性を持つ多様な種に分化して社会の隅々まで浸透するが、その中で人はこれまで所属する複数のコミュニティそれぞれで異なる人間関係を築いてきたように、個性的なAIたちともあたかもよき隣人として関係を築いていくのではないだろうか。
たとえば、計算問題や純粋に知識を問うような学習の補助には素早く正確な回答を返してくれるAIが求められるであろう。一方で趣味について相談をするときには、蘊蓄なども豊富に盛り込んで、より味わいを深めてくれる師匠のようなAIが求められるのではないか。正解のない悩み事を相談するときには、寄り添って話を聞いてくれる人間味にあふれたAIが求められるかもしれない。このように、さまざまな場面におけるよき隣人として、人とAIとが同じ土俵で、個性によって選ばれる時代が到来するだろう。
AIが人間を遥かに凌駕する知性を獲得した唯一神となるジョージ・オーウェルの『1984年』的な予想も耳にするが、八百万の神が存在するとされる社会で育った筆者の考えはそうではない。AIはさまざまな個性を持つ多様な種に分化して社会の隅々まで浸透するが、その中で人はこれまで所属する複数のコミュニティそれぞれで異なる人間関係を築いてきたように、個性的なAIたちともあたかもよき隣人として関係を築いていくのではないだろうか。
たとえば、計算問題や純粋に知識を問うような学習の補助には素早く正確な回答を返してくれるAIが求められるであろう。一方で趣味について相談をするときには、蘊蓄なども豊富に盛り込んで、より味わいを深めてくれる師匠のようなAIが求められるのではないか。正解のない悩み事を相談するときには、寄り添って話を聞いてくれる人間味にあふれたAIが求められるかもしれない。このように、さまざまな場面におけるよき隣人として、人とAIとが同じ土俵で、個性によって選ばれる時代が到来するだろう。
AI時代の人の競争力は「感性」に宿る
では、このようなAI共生社会において、人がAIたちに埋没せずにいきいきと活躍していくためには何が必要であろうか。それは、身体を持たないAIが絶対に獲得することができない、身体を通じた実体験によってのみ培われる直観力(センスと換言できるかもしれない)であると筆者は考える。
AIの基本原理は、ある問題の答えとして最も可能性の高そうな解を、確率論によって主にインターネット上の言語データから導出する最大公約数的ものである。一方で人の認知力は、インターネット上には流通していない膨大な実地経験や五感を通じて得られた非言語情報も活用して総合的に得られるものである。前者が氷山の一角にたとえられるのに対し、後者は氷山の水面下部分に当たる厚みあるものである。
人が現実社会で直面する問題は、一見すると過去に例があると感じることも多いが、実際にはさまざまな要素が複雑に絡んでおり、過去の例が当てはまらない個別性が隠れていることが多い。
トルストイが『アンナ・カーレニナ』で「すべての幸せな家庭は似ている。不幸な家庭は、それぞれ異なる理由で不幸である」と語ったように、成功事例には最大公約数的な共通要素を見いだしやすいが、失敗事例には千差万別な個別性があり、これを見極めて適切に対応できなければ物事を成功させることは難しい。
つまり、現実世界の問題に向き合うに当たっては、AIを利用することで過去の知見の活用による効率化を享受しつつも、それだけでは対応できない個別性を発見して適切に対応することが不可欠ということである。そのために必要となるのが、実体験によって磨き上げられた人ならではの直観力であり、この直観力は、AI共生時代においても人が活躍する原動力になるであろう。
AIの基本原理は、ある問題の答えとして最も可能性の高そうな解を、確率論によって主にインターネット上の言語データから導出する最大公約数的ものである。一方で人の認知力は、インターネット上には流通していない膨大な実地経験や五感を通じて得られた非言語情報も活用して総合的に得られるものである。前者が氷山の一角にたとえられるのに対し、後者は氷山の水面下部分に当たる厚みあるものである。
人が現実社会で直面する問題は、一見すると過去に例があると感じることも多いが、実際にはさまざまな要素が複雑に絡んでおり、過去の例が当てはまらない個別性が隠れていることが多い。
トルストイが『アンナ・カーレニナ』で「すべての幸せな家庭は似ている。不幸な家庭は、それぞれ異なる理由で不幸である」と語ったように、成功事例には最大公約数的な共通要素を見いだしやすいが、失敗事例には千差万別な個別性があり、これを見極めて適切に対応できなければ物事を成功させることは難しい。
つまり、現実世界の問題に向き合うに当たっては、AIを利用することで過去の知見の活用による効率化を享受しつつも、それだけでは対応できない個別性を発見して適切に対応することが不可欠ということである。そのために必要となるのが、実体験によって磨き上げられた人ならではの直観力であり、この直観力は、AI共生時代においても人が活躍する原動力になるであろう。
フィジカルAIがもたらす共生の新局面
もっとも、直近ではフィジカルAIの急速な発展によってAIも物理世界との接点を持ち始めている。視覚・言語・行動を統合したVLA(Vision-Language-Action)モデル登場は、かつて地球上に爆発的な生物多様性をもたらしたカンブリア爆発を想起させ、ヒューマノイドをはじめ多様なロボットの誕生も期待させられる。AIはいずれ人を超える直観力とそれを物理世界で実行できる能力までをも身につけた存在に進化を遂げるかもしれない。
そうなったときに人とAIの共生社会はどのように進化するのか想像を楽しみつつ、今しばらくは進化するAIに負けないよう、手を動かして汗をかきながら直観力に磨きをかけていきたい。
そうなったときに人とAIの共生社会はどのように進化するのか想像を楽しみつつ、今しばらくは進化するAIに負けないよう、手を動かして汗をかきながら直観力に磨きをかけていきたい。
プロフィール
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高木 智亮のポートレート 高木 智亮
執行役員
流通ソリューション事業本部 本部長
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。