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NRIインド 郷 裕、石垣 悟、沼田 悠佑、渡邊 大、長谷川 舞、檜物 樹、佐々木 雄大


インドは長らく「巨大な消費市場」として注目されてきました。しかし近年、その位置付けは変わりつつあります。製造基盤の整備、研究開発機能の集積、デジタル人材の活用といった動きを背景に、世界に向けて製品や技術、サービスを発信する拠点へと進化し始めています。いわば、インドが「グローバル・ハブ」としての機能を担い始めている点に、現在の変化の本質があります。
こうした構造変化をどのように読み解くべきか。インド産業界で注目される主要5産業の動向を手がかりに、インド経済の現在地を整理します。

なぜ今、インドなのか 郷 裕


インドは2026年にGDPで日本を上回る見通しとされ、世界有数の経済大国へと成長しています。人口はすでに世界最多となり、若年層を中心とした労働力の厚みも大きな強みです。また、ITエンジニアやAI人材の層が厚く、ユニコーン企業数も世界第3位に位置するなど、デジタル分野での競争力も高まっています。

こうした成長を後押ししてきたのが、モディ政権による一連の産業政策です。製造業振興を目的とする「Make in India」や、経済の自立性向上を掲げる「Self-Reliant India」は、その象徴的な取り組みです。さらに、半導体ミッションやAIミッションなどの個別政策を通じて、先端分野への投資促進やエコシステム構築が進められています。インフラ整備や産業誘致への予算配分も継続的に強化されています。

もっとも、GDPに占める製造業比率は依然として2割弱にとどまっており、急速な工業化が進んでいるわけではありません。その背景には、IT・ソフトウェア産業がインド産業全体の成長を牽引し、そのデジタル基盤が、小売やサービスといった他産業の高度化を促しているという構図が見て取れます。むしろ、設計、研究開発、データ処理などの高度機能が集積し始めている点にこそ、現在のインドの産業動向の特徴があります。こうした動きを踏まえると、インドは単なる「巨大な消費市場」ではなく、世界に向けて「製品や技術、サービスを発信する拠点」へと性格を変えつつあるといえるでしょう。

主要5産業の動向 石垣 悟、檜物 樹、長谷川 舞、渡邊 大、佐々木 雄大

■半導体産業――設計大国から製造工程立ち上げ期へ 石垣 悟

インドはこれまで、半導体の設計工程において強みを発揮してきました。一方で、半導体製造工程では輸入依存が続いており、特に対中依存度の高さが課題とされています。

今後、デジタル化の進展や自動車・通信分野の拡大に伴い、インド国内での半導体需要は着実に増加する見通しです。こうした需要拡大と、輸入依存構造の是正という課題を背景に、政府は半導体製造基盤の構築を本格化させています。

また、地政学的リスクを背景に、各国の半導体メーカーがインドでの製造拠点設置やサプライチェーン強化を検討・推進しています。電力や水資源といったインフラ面の課題は残るものの、国内需要拡大と政策支援、さらには国際的なサプライチェーン再編の動きを追い風に、インドは製造工程の立ち上げ期に入ったと評価できます。こうした変化は、日本企業にとっても無関係ではありません。後工程のみならず、部素材や前工程領域での関与余地が広がる可能性があります。

■宇宙産業――国家主導から民間主導へ 檜物 樹

インドは月面探査を成功させるなど、宇宙技術において高い実績を有しています。従来は国家主導が中心でしたが、近年は宇宙分野の民間開放が進み、スタートアップの参入も活発化しています。

とりわけ、衛星データの活用や通信、測位サービスといったダウンストリーム分野で需要が拡大しています。農業、保険、防災、都市開発などの分野で宇宙データ活用が進み、新たなアプリケーション市場が広がっています。こうした需要の増加は、結果として衛星製造や関連インフラへの投資拡大にもつながっています。

日本との連携では、アプリケーション領域に加え、インドが課題とする衛星製造などのハード分野や、日本が強みを持つ光通信・地上セグメントといったミッドストリーム領域での協力が想定されます。

■ヘルスケア産業――医療機器では輸入市場から輸出拠点へ 長谷川 舞

医療機器分野では、画像診断装置や高度な治療機器などの分野で輸入依存が続いています。一方、手袋や注射器などの消耗品は以前から国内製造が行われており、一定の基盤が整っています。

高齢化や慢性疾患の増加を背景に医療需要は拡大しており、政府は医療機器の国内生産強化を推進しています。欧米企業は研究開発や製造拠点をインド国内に設置し、周辺国向け輸出拠点として活用しています。

一方、日系企業の多くは海外で製造した医療機器をインドに輸入、販売するモデルが中心となっています。今後は、現地製造や部品調達を含めた戦略再構築が求められる可能性があります。

■AI・ソフトウェア産業――下請けから上流へ 渡邊 大

インドのIT産業はこれまでBPOや受託開発ビジネスを中心に発展してきました。しかし、生成AIの急速な台頭により、従来型のビジネスモデルは大きな転換点を迎えています。

もっとも、インドは世界最大級のAI人材供給地であり、AI関連職に従事する人材は急速に増大しています。また、データアノテーション分野でも世界的に高いプレゼンスを持ち、AIモデル開発を支える基盤を形成しています。こうした土台があるからこそ、近年は、ソフトウェア開発の上流工程への参入や独自ソリューション開発を志向する動きが広がっています。現在は、生成AIの台頭を受け、モデル開発やハード・インフラといった従来弱みとされてきた領域における機能強化が進められています。

今後は、AIエージェントやフィジカルAIの発展により、実世界データや現場運用ノウハウの価値が一段と高まると見られます。この点において、日本企業が有する製造・インフラ分野の業務知見や高品質な産業データとの連携は、新たな協業機会となり得ます。

■クロステック――内需依存からグローバル志向へ 佐々木 雄大

クロステック領域では、AIや半導体、ロボティクスなど複数の技術分野に関連する新しいビジネスが生まれつつあります。こうした分野ではスタートアップ企業の存在感が大きく、インドでも新産業を担うプレイヤーとして注目されています。

インドのスタートアップ市場は活発な状態を維持していますが、近年は資金調達環境の変化により淘汰も進んでいます。これまでは消費者向けサービスが中心でしたが、現在は半導体、宇宙、AI、クリーンテックなどのディープテック領域へのシフトが顕著です。

政府の支援策やグローバル企業の技術支援を背景に、創業当初から海外市場を視野に入れた事業設計を行う企業も増えています。内需依存型から、技術を武器に世界市場へ挑むモデルへの転換が進んでいます。

「グローバル・ハブ」としてのインド 沼田 悠佑

これら5産業の動向に共通するのは、インドが国内需要対応型の産業構造から、世界市場に向けて製品や技術、サービスを供給する拠点へと変化しつつある点です。製造分野では輸出志向が強まり、サービス分野では研究開発や専門サービスの比重が高まっています。

もちろん、インフラや規制、地域間格差といった課題は依然として存在します。しかし、輸出構造の高度化や研究開発拠点の集積といった変化は、近年の輸出動向やグローバル企業の投資動向などにも徐々に表れ始めています。

インドを「市場」として捉えるだけでは、その本質を見誤る可能性があります。今後は、「インドで売る」戦略に加え、「インドを活用して世界で戦う」戦略をどう構築するかが、経営の重要テーマとなるでしょう。

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