&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

執行役員 NRIデジタル社長 雨宮 正和

 

人口減少の加速により、社会生活の維持が困難になる地方都市の増加が予想されている。かつてはにぎわいを見せていた地方都市ですら、夜10時を過ぎると駅前にタクシーが1台もいなくなる状況があるそうだ。筆者自身、人口10万人近い地方都市に出張した際、以前は夜でも駅前に並んでいたタクシーが1台もいない光景に出くわした。地元の住民によれば、高齢化によって利用者もドライバーも減少し、タクシービジネスの存続が危ぶまれているという。
地方の人口減少による社会インフラの縮小は、構造的な社会問題である。野村総合研究所(NRI)の予測によれば、2040年には国内の労働需要7040万人に対して、1100万~1900万人の供給不足が見込まれている。特に地方では深刻で、公共交通、医療、エネルギーといった生活インフラの維持が困難になると指摘している。これは地域社会の存続にかかわる重大な課題である。

都市部住民からの「人の流れ」が地方の未来を変える

その一方で一筋の希望も存在する。NRIが東京圏在住者を対象に行った意識調査によれば、17%もの人々が地方への移住を希望していることが分かった。これは、数百万人規模の地方移住潜在層が存在することを示している。もし都市部の住民が段階的に地方へ移動し、地域と新たな関係を築くことができれば、地方の衰退の歯止めとなり得るのではないか。
現在、政府もこの課題に取り組んでおり、地方創生の柱として「関係人口」の創出と拡大を掲げている。関係人口とは、単なる移住とは異なり、特定地域に定期的、長期的に関係を持ち、地域イベントや副業、ふるさと納税などの活動を通じて地域活性化を担う存在を指す。政府は現在「ふるさと住民登録制度」の創設を進めており、今後10年間で実人数1000万人規模、延べ人数1億人の登録を目指している。昨今はこうした構想を実現するため、さまざまなサービスも始まっている。
その代表例が「ランダムトリップ」と呼ばれる、行き先をあらかじめ決めずに偶然の出会いを楽しむ旅のスタイルである。日本航空の「どこかにマイル」(2016年開始)や、東日本旅客鉄道の「どこかにビューーン!」(同2022年)は、航空機利用者、鉄道利用者が保有するマイルやポイントと、サービス運営者が提案する複数の駅や空港の候補地の中から抽選で選ばれる旅行先を交換するサービスである。2016年のサービス開始から両者を合わせて累計100万人近い利用者を集めている。都市生活者がこれまで知らなかった地域に偶然訪れることで、その地域との新たな関係が生まれている。
こうした関係人口の創出を、ひとときのムーブメントではなく一層拡大させ、真の地方創生へとつなげていくためには、持続的、段階的な取り組みが不可欠である。最終的には都市生活者の地方移住や地方での就労がゴールになるのだろうが、その姿を実現するには都市生活者と地方の双方に相当な覚悟と相応の予算が必要となり、現段階では都市生活者も受け入れる地方も関係人口創出のハードルが高い。そのため、都市生活者が地方訪問を通じて現地の課題を肌で理解するとともに、地方自治体や企業は都市生活者のスキルを理解できる「地方の仕事を短期体験できる場」をつくることが、都市生活者とのマッチング精度を高め、関係人口創出のハードルを下げる方策になる、と筆者は考えている。

デジタル技術が地域貢献を可視化する

実際、上記のような活動をマッチングする「ふるさと兼業」や、地方の農家や旅館など人手不足に悩む現場と旅をしながら働きたい都市人材をマッチングする「おてつたび」といったサービスもある。これらの取り組みが契機となって、都市生活者が地方を訪れるだけでなく現地の人々との交流を深め、生産的な活動が行われることで、関係人口が段階的に地域活性化の新たな担い手となることが期待される。
また同時に、関係人口の拡大には政府や民間企業による「都市生活者が関係人口を継続しやすい仕組みと環境の整備」も欠かせない。たとえば、複数居住地生活へのインセンティブ(税制優遇や地域特典付与など)や、都市居住者が特定地域で、どのような頻度で、どのような活動を行ったかを証明できる基盤の整備などが求められる。これは単なる来訪記録にとどまらず、地域への貢献を可視化し、社会的に証明する仕組みとなることが望ましい。その意味でこの仕組みには、スマートフォンによる位置情報や消費行動情報の把握、マイナンバーを活用した本人認証など、デジタル技術の活用が不可欠である。移動履歴や滞在日数、消費金額などを一括して記録・証明すれば、公平なインセンティブ設計や地域間連携の進展に役立てることができるからだ。
地方人口減少という重大な課題に正面から向き合い、人と地方の新たな関係構築によって持続可能な未来を築くためには、関係人口が重要な要素となり、その拡大に向け、行政と民間、デジタルとリアルが一体となった取り組みが不可欠である。野村総合研究所も、現場の声を愚直に聞き取りながら、最新のテクノロジーと政策提言力を融合させ、地方創生の未来を描いていきたい。

プロフィール

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    雨宮 正和

    執行役員
    NRIデジタル 社長

    

    デジタル技術で顧客ビジネスの競争優位性を高めるNRIデジタルを2016年に立上げ。化粧品メーカーのオムニチャネル化を企画構想段階から開発、ビジネス運営まで一気通貫で併走。2017年には、DMG森精機株式会社とデジタルビジネスを推進する合弁会社テクニウムを設立。同社に経営参加し、デジタルビジネスの拡大に直接関わる。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。