木内登英の経済の潮流――米中貿易摩擦の拡大は世界経済を揺るがす
米中間の貿易摩擦は拡大の一途を辿っています。このまま事態が悪化を続ければ、世界経済に大きな打撃ともなりかねない状況です。
米政府が2,000億ドルの関税対象リストを発表
USTR(米通商代表部)は7月10日に、中国からの輸入品2,000億ドル相当(約22兆円)について新たな関税対象のリストを発表しました。米国は7月6日に既に決めていた500億ドルの制裁関税のうち340億ドル分について発動し、それに対抗して中国も即座に報復関税の発動を決めました。
トランプ大統領は、中国が報復措置をとる場合には追加で2,000億ドル、中国側がさらに報復措置をとればまた2,000億ドル、合計で4,000億ドルに10%の追加関税を課す考えを以前に表明していました。そうした事態に至れば、2017年実績で見ると5,050億ドル規模の中国からの輸入品のほとんどが関税対象となってしまいます。
今度は米消費者にも打撃に
トランプ政権が実際に2,000億ドルの追加関税措置を決めれば、それは米国の消費者にも大きな打撃となる点が重要です。500億ドルの制裁関税では、トランプ政権は米国消費者の打撃とならないように細心の注意を払い、対象品目のうち消費財を1%程度に抑える措置を講じました。
しかし中国からの輸入品には、携帯電話、パソコン、衣料品、玩具・ゲーム用品などまさに消費財が上位を占めています。2,000億ドルへと関税対象を広げる場合、消費財を除外することはもはや無理です。実際200ページに及ぶUSTRの報告書に示された関税対象リストには、野球のグローブ、ハンドバック、犬の首輪、デジタルカメラなど消費財が並んでいます。
米中貿易摩擦の激化は、世界経済の大きなリスク
OECD(経済協力開発機構)のモデル計算によると、米国、欧州、中国の3か国・地域で貿易財の関税率がそれぞれ10%引き上げられる場合には、世界の輸出、輸入はそれぞれ6%ずつ低下して、世界のGDPは1.4%押し下げられます(図表)。また世界の需要が6%低下する場合、内閣府の「短期日本経済マクロ計量モデル(2015年版)」に基づいて試算してみると、当事者ではない日本のGDPも1.9%ほど低下してしまうことになります。
仮にこうした事態に至れば、日本を含めて世界経済は後退局面に入ることになるでしょう。この点から、米中貿易戦争の激化は、疑いなく世界経済にとって大きなリスクと言えます。
米国内での反発に注目する
今回発表された2,000億ドル規模の追加関税については、トランプ政権は中国側の出方をにらんで、少なくとも向こう2カ月は発動しない模様です。また今後は、関税の対象の輸入品について、米企業などから意見を募ることになります。対象となる製品に関する公聴会は、8月20~23日に予定されています。
米中貿易摩擦は、既に中国向けに大豆などを輸出する米国中西部の農家に大きな打撃を与えています。また、トランプ政権が検討をしている自動車追加関税については、海外の自動車メーカーだけでなく米国の自動車メーカーも反対しています。仮に今回の追加措置が実際に導入されれば、今度は米国の消費者にも大きな打撃となることは必至です。
こうして米国内で企業、農家、消費者からの反発が一段と強まることが、米中貿易摩擦を激化させるトランプ政権の政策に歯止めを掛けてくれると期待したいと思います。また、世界経済への悪影響を警戒した株価下落など金融市場の反応も、トランプ政権の政策をより慎重にさせることに貢献するかもしれません。このような点も踏まえて、今回対象リストは公表されましたが、トランプ政権が中国に対する関税の対象を実際に2,000億ドルまで広げることは、現段階では可能性が高いとまでは言えないように思います。
しかし、米中貿易摩擦の背景にあるのは、経済力あるいは先端分野で中国が米国をいずれ凌駕することに対する米国の警戒心、さらに中国が米国に対していずれ軍事的に優位に立つのではないかという強い警戒心です。貿易摩擦が一気にエスカレートする事態は回避されるとしても、米国にとって中国の経済的、軍事的脅威がなくならない限り、米中貿易摩擦が終わることはないのではないかと思います。
木内登英の近著
前日銀審議委員が考えに考え抜いた日本改革論
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