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金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英


米国大統領に返り咲くことが決まったトランプ氏は、2024年11月25日に自らのSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)で、2025年1月20日の大統領就任後に、中国からのほぼすべての輸入品に追加で10%、カナダやメキシコについては大統領就任日に全ての輸入品に25%の追加関税を課す考えを明らかにしました。これは、トランプ氏が選挙公約で掲げてきた一律追加関税策が、単なる脅しではなく本気であることを裏付けるものです。大統領就任前から、既にトランプ関税は始まっているのです。

輸入先上位3カ国が対象に

トランプ氏はこの一律追加関税策を、合成麻薬フェンタニルが、中国からメキシコなどを経由して米国に流入していることへの対抗措置、と説明しています。しかしそれ以外にも、安価な中国製品などがカナダやメキシコを通じて米国に流入していることに対応することや、米国の貿易赤字を削減する狙いもあるでしょう。今後もトランプ氏は、個別の問題の解決と貿易赤字削減の双方を狙って、随時、相手国に一律追加関税策を課していく戦略をとるでしょう。
トランプ氏は、米国の貿易赤字の削減を強く目指しています。2024年1月~10月の輸入額(財)の国別比率(米センサス局国際貿易統計による)をみると、メキシコが15.5%で第1位、中国が13.9%で第2位、カナダが13.5%で第3位です。トランプ氏は、米国の輸入額がトップ3の国にまずは一律追加関税を課して、貿易赤字の削減を図る考えがあるように思われます。
米国は、メキシコとカナダの間に、NAFTA(北米自由貿易協定)の後継であるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)を締結しています。それは、2020年に発効しました。しかし、メキシコ・カナダを通じて他国、特に中国製の部品を使った自動車などの完成品が米国に関税なしで流入すること、いわば抜け道になっていることに、トランプ氏は強い不満を持っています。USMCAは2026年に見直す計画となっていますが、トランプ氏はその見直しを前倒しで行う考えである可能性が考えられます。
このように、貿易協定を結ぶ友好国に対しても、一律追加関税を課す姿勢を今回示したことは、貿易赤字の削減に向けたトランプ氏の強い覚悟を表しているとも言えるでしょう。

ドイツ、日本なども次のターゲットになるか

トランプ氏は選挙公約では、中国からの輸入品に60%超の一律追加関税、その他の国からの輸入品には10%~20%の一律追加関税を課すとしていました。それぞれ60%、10%の追加関税が導入される場合には、米国の輸入品の平均関税率は16.6%ポイント上昇し、その水準は20%前後にまで達する計算となります。
一方、今回示された中国からの輸入品に一律10%の追加関税、カナダ、メキシコからの輸入品に一律25%の追加関税が課される場合には、平均関税率は8.2%ポイント上昇する計算です。これだけで、公約で示唆した平均関税率上昇の半分程度まで上昇することになります。中国からの輸入品への追加の関税率引き上げ幅は、今回は10%に抑えられましたが、今後追加の関税引き上げ策が打ち出される可能性は高いように思います。そうなれば全体では、トランプ氏が選挙公約で掲げていた当初案の関税規模に近づいていくことも十分に考えられます。
今回の一律追加関税措置は、2024年1月~10月の輸入額(財)全体の上位3カ国を事実上のターゲットにしたものとも考えられますが、次の潜在的なターゲットとしては、輸入額第4位のドイツ(輸入全体の5.2%)、第5位の日本(同4.7%)、第6位のベトナム(同3.7%)、第7位の韓国(同3.7%)、第8位の台湾(同2.8%)などが考えられるところです。
いずれにせよ、今回打ち出された施策で、トランプ政権が打ち出す一律追加関税策が終わりである可能性はかなり低く、追加的な措置が早晩打ち出されていくと見るべきでしょう。
トランプ氏が打ち出している減税策、規制緩和策などの経済政策の執行には議会の承認が必要であることから、実施までには相応の時間がかかります。トランプ氏は自身の権限で実施できる、こうした追加関税や移民規制の強化を先行して実施することが予想されます。

貿易戦争に勝者はいない

メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、トランプ氏が実際に一律追加関税の発動に動けば、2018年の場合と同様に報復措置をとる考えを示しています。2018年にメキシコは、米国向け鉄鋼輸出が追加関税の対象となったことを受けて、米国産の輸入鉄鋼に同率の関税を課しました。さらにメキシコは豚肉やチーズ、リンゴ、バーボンなどの米国製品にも関税を課しました。これらは、共和党への支持が強い選挙区を狙った報復措置でした。最終的には、両国はお互いの関税を取り下げることで合意し、報復の応酬は終わりました。
またカナダのトルドー首相も、2018年にトランプ政権が導入した鉄鋼とアルミ製品への追加関税に対抗してカナダはバーボンやハーレーダビッドソン、トランプ、ハインツのケチャップなど的を絞った報復関税を導入し、最終的に米国の追加関税を撤廃させたことを踏まえて、今回も報復措置を講じる可能性を示唆しています。
また、メキシコとカナダへの関税は、米国内で鉄鋼とアルミニウムの価格を押し上げる可能性が高いと思われます。カナダとメキシコは米国市場へのそれらの主要供給国であるためです。また、米国はカナダが輸出する原油のほぼ全量を購入しています。そして、カナダは米国が外国から輸入する石油の約60%を供給しています。追加関税が課されれば、米国内でのエネルギー価格の上昇を引き起こし、米国経済に打撃となるでしょう。
「貿易戦争に勝者はいない」とよく言われます。貿易の制裁措置を仕掛けた側にも、その打撃がかえってくるからです。

ビジネスマン感覚で国の政策を考えることの危うさ

トランプ政権1期目と同様ですが、トランプ氏は自らのビジネスマン感覚に基づいて経済政策を進めようとしているように見えます。トランプ氏は、一国の貿易赤字は企業の赤字に相当する、いわば負けている状況であり、また、貿易赤字を減らす分だけ米国のGDPが増える、と考えているとみられます。
しかし実際には、海外から輸入する部品・材料などが追加関税で価格が上昇すれば、それを使って生産をする米国企業、あるいは米国で生産する日本企業など海外企業にも大きな打撃となります。企業が調達先を米国内で生産される部品・材料などに迅速にシフトさせることは簡単ではありません。こうしたサプライチェーンの問題から、米国での生産活動には大きな支障が生じてしまいます。
部品・材料などの調達先を変えることができない場合には、関税分だけ割高となった部品・材料などを企業は使い続ける必要があり、その分生産コストが上昇します。それは製品価格に転嫁され、最終的に米国民が負担することから、国内需要も大きな打撃を受けます。このため、追加関税を導入すれば、米国のGDPが増えるとは言えないのです。
米国の貿易赤字を減らし、米国のGDPを高めることを狙うトランプ氏の「米国一人勝ち」の試みは、実際には、米国経済を著しく傷つけることにもなってしまうでしょう。
大統領選挙前には経済学者がトランプ氏の経済政策が抱えるリスクに強い警鐘を鳴らしましたが、トランプ氏はそれを受け入れず、主要閣僚人事をイエスマンで固めてしまいました。ビジネス感覚に基づくトランプ流の危うい経済政策を正してくれる人はもはやいないでしょう。これは、世界経済の先行きにとって大きなリスクでもあります。

DOGEとは何か

1億8,000万ドルを献金するなど、米大統領選でトランプ氏を強く支援したEV(電気自動車)大手テスラ社のイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は、次期トランプ政権でかなりの影響力を持つ見通しです。
マスク氏とバイオテクノロジー企業の元幹部である実業家ビベック・ラマスワミ氏が、「政府効率化省(DOGE:Department of Government Efficiency)」を率いることになると、11月12日にトランプ氏は発表しました。DOGEという名称はマスク氏の発案によるもので、自身が支持する暗号資産(仮想通貨)のドージコイン(Dogecoin)からとったものです。
トランプ氏によれば、この組織の任務は、「政府の官僚主義を廃し、過度な規制を削減し、無駄な支出を減らし、連邦政府機関を再構築する」ことだといいます。
またその機能についてトランプ氏は、「政府の外からの助言や指導」を行い、ホワイトハウスや行政管理予算局(OMB)を通じて大規模な構造改革を実施すること、としています。つまり、DOGEは政府機関ではなく、政府に対する諮問機関のような役割になることが見込まれているのです。
マスク氏は投稿サイトのツイッター(現X)を買収後に、従業員を大幅に削減する大胆なリストラを行った実績があります。また同氏は、政府の無駄な支出と規制を強く批判してきました。
マスク氏とラマスワミ氏は既に、連邦職員の在宅勤務制度を廃止し、週5日の出勤を義務付ける考えを示しています。それに反発して自主退職が急増することを見越した、一種のリストラ策です。そのような強引な人員削減手法は、強い批判を浴びる可能性があるでしょう。

政府支出は大幅に削減されるか

DOGEが、いわば外からの力で、今まで成し遂げられなかった米国の行財政改革を推し進める、との期待がある一方で、DOGEには大きく2つの問題もあると考えられます。
第1は、マスク氏の利益相反問題です。マスク氏が抱える企業は、米宇宙開発企業スペースXだけでも150億ドル余りの連邦政府との契約を抱えており、また、米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)の調査によると、マスク氏の企業は少なくとも20の連邦規制当局の標的になっているといいます。
マスク氏は、DOGEを通じて自身が担う企業に都合の良い政府組織の変更、行政執行、そして規制緩和を進めるのではないか、という疑いの目を向けられることは必至でしょう。その兆候は既に見られています。トランプ次期政権は、自動運転の規制緩和を検討していると報じられていますが、それが実現すれば、自動運転技術の開発を進める、マスク氏がCEOを務めるテスラには強い追い風となります。
第2の問題は、連邦予算の大幅削減が生じさせる経済への悪影響です。トランプ氏はDOGEの役割について、「われわれは、年間6兆5000億ドルの政府支出全体に存在する膨大な無駄と不正を排除する」と説明しています。他方、マスク氏は、年間5,000億ドルの無駄な予算の削減を計画しています。
これが実現される場合、その規模は連邦予算の約7.7%、年間名目GDPの約1.7%にも達する計算です。米国経済を相当悪化させる可能性があるでしょう。

トランプトレードは変化するか

大統領選挙でのトランプ氏勝利を受けて、金融市場ではドル高が進みました。いわゆるトランプトレードです。これは、トランプ氏が掲げる減税策、規制緩和が米国経済に好影響をもたらすこと、減税策が財政赤字を拡大させて長期金利を押し上げること、また追加関税の導入が米国経済の他国に対する相対的な優位性を高めることや、国内のインフレリスクを高め長期金利を押し上げること、等への期待を反映しています。
しかし、こうした市場の反応は、大規模な追加関税が米国に生じさせる悪影響を過小評価している面もあるのではないかと思われます。それに加えて、DOGEの下で大規模な政府支出の削減が実施されれば、米国経済は失速する可能性も出てくるでしょう。
そうしたリスクが金融市場で意識されれば、景気悪化懸念で株価が下落する一方、金融緩和観測が強まることで為替市場では一転してドル安円高の流れになる可能性も考えられるところです。
トランプ氏は大統領の権限を最大限活用して、対外的には一律追加関税、国内的には行財政改革を断行していく考えです。しかしそれらの試みは、内外双方で大きな混乱を生む可能性は高いと思われます。これは2025年あるいはそれ以降の世界経済にとって大きなリスクとなるでしょう。

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プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。