金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内 登英
日本銀行は2024年12月に開いた金融政策決定会合の後に、「金融政策の多角的レビュー」を公表しました。これは、過去25年程度に亘る非伝統的金融政策の効果と副作用の分析・評価を行い、また、それを将来の政策運営に役立てることを狙った報告書です。そこでは、2023年4月の植田総裁就任後から続けてきた多角的レビューの一連の作業が取りまとめられ、200頁を超える大作となりました。
非伝統的な金融政策とは何か
この「金融政策の多角的レビュー」の内容を見る前に、まず非伝統的金融政策とは何かについて考えてみたいと思います。2008年に発生したグローバル金融危機(リーマンショック)という未曽有の事態を受けて、世界の主要中央銀行は、非伝統的金融政策と呼ばれる手法を次々に導入していきました。
短期金利を上下に変動させることで民間銀行の資金調達コストに影響を与え、それを通じて経済・物価をコントロールすることを目指すのが、伝統的金融政策です。それに対して、短期金利をゼロあるいはマイナスの水準にまで引き下げること、あるいは短期金利以外に操作目標を設定して、経済・物価をコントロールすることを目指すのが非伝統的金融政策です。
非伝統的金融政策の具体的な枠組みは、国債の大量買入れ、その他のリスク資産の買入れ、(中央銀行が短期政策金利の先行きの見通しや方針を示す)フォワードガイダンス、マイナス金利政策、YCC(イールドカーブ・コントロール)などです。
世界の非伝統的金融政策は、1999年から2000年にかけて日本で実施された、「ゼロ金利政策」と「時間軸効果政策」、2001年から2006年に日本で実施された「量的緩和策」、の2つがその先駆と言えます。ゼロ金利制約のもとで長期金利を下げることで金融緩和効果が発揮されることを目指す時間軸効果政策は、現在の植田総裁が日本銀行の審議委員であった時に実施された非伝統的金融政策の枠組みです。
日本で先駆的に行われたこうした非伝統的金融政策は、バブル経済や不動産価格高騰への政策対応に失敗し、金融不安が生じたもとで採用された、日本独自の特殊な政策であると長い間海外では解釈されてきました。しかしグローバル金融危機後には、こうした非伝統的金融政策がまさに主要各国で標準(スタンダード)の金融政策となっていったのです。
日本、米国、欧州を中心に、各主要中央銀行が非伝統的金融政策の導入を強いられていったきっかけは、政策金利の水準がゼロ近傍にまで低下し、追加的な緩和余地が限られてしまったことです。
短期金利を上下に変動させることで民間銀行の資金調達コストに影響を与え、それを通じて経済・物価をコントロールすることを目指すのが、伝統的金融政策です。それに対して、短期金利をゼロあるいはマイナスの水準にまで引き下げること、あるいは短期金利以外に操作目標を設定して、経済・物価をコントロールすることを目指すのが非伝統的金融政策です。
非伝統的金融政策の具体的な枠組みは、国債の大量買入れ、その他のリスク資産の買入れ、(中央銀行が短期政策金利の先行きの見通しや方針を示す)フォワードガイダンス、マイナス金利政策、YCC(イールドカーブ・コントロール)などです。
世界の非伝統的金融政策は、1999年から2000年にかけて日本で実施された、「ゼロ金利政策」と「時間軸効果政策」、2001年から2006年に日本で実施された「量的緩和策」、の2つがその先駆と言えます。ゼロ金利制約のもとで長期金利を下げることで金融緩和効果が発揮されることを目指す時間軸効果政策は、現在の植田総裁が日本銀行の審議委員であった時に実施された非伝統的金融政策の枠組みです。
日本で先駆的に行われたこうした非伝統的金融政策は、バブル経済や不動産価格高騰への政策対応に失敗し、金融不安が生じたもとで採用された、日本独自の特殊な政策であると長い間海外では解釈されてきました。しかしグローバル金融危機後には、こうした非伝統的金融政策がまさに主要各国で標準(スタンダード)の金融政策となっていったのです。
日本、米国、欧州を中心に、各主要中央銀行が非伝統的金融政策の導入を強いられていったきっかけは、政策金利の水準がゼロ近傍にまで低下し、追加的な緩和余地が限られてしまったことです。
異次元緩和は期待した効果を発揮できなかった
2013年4月に日本銀行が導入した「量的・質的金融緩和」について、「大規模な金融緩和は経済・物価を押し上げた」ものの、「期待への働きかけの難しさなどから、導入当初に想定していたほどの効果は発揮せず」、と「金融政策の多角的レビュー」では結論付けられました。導入時には、2%の物価安定の目標を、2年程度の期間を念頭においてできるだけ早期に実現する、としていました。しかし、目標設定から12年程度経過した現在においても、2%の物価安定目標は達成されていません。
「金融政策の多角的レビュー」では、非伝統的金融政策の効果について、詳細な実証分析がなされています。しかしそれと比較すると、副作用についての実証的な分析は踏み込み不足の感もあります。また、大規模な金融緩和が当初想定していたほどの効果を発揮しなかった理由についても、もっと分析を深めるべきだったように思います。
さらに、「(非伝統的金融政策は)金融市場や金融機関収益などの面で一定の副作用はあったものの、現時点においては、全体としてみれば、わが国経済に対してプラスの影響をもたらしたと考えられる」と結論付けられていますが、非伝統的金融政策の効果と副作用の大きさをそれぞれ正確に計測し比較して、総合的な影響に評価を下すことは、実際にはかなり難しいと思います。
非伝統的金融政策では、伝統的金融政策のように、長い歴史の中で効果と副作用についての知見が蓄積されている訳ではありません。また、非伝統的金融政策がもたらす副作用、例えば金融市場を歪めること、財政規律を低下させること、金融機関の収益を損ねること、日本銀行の財務環境を悪化させること、などは、かなり時間が経過してから顕在化しうる、という面もあるためです。
「金融政策の多角的レビュー」では、非伝統的金融政策の効果について、詳細な実証分析がなされています。しかしそれと比較すると、副作用についての実証的な分析は踏み込み不足の感もあります。また、大規模な金融緩和が当初想定していたほどの効果を発揮しなかった理由についても、もっと分析を深めるべきだったように思います。
さらに、「(非伝統的金融政策は)金融市場や金融機関収益などの面で一定の副作用はあったものの、現時点においては、全体としてみれば、わが国経済に対してプラスの影響をもたらしたと考えられる」と結論付けられていますが、非伝統的金融政策の効果と副作用の大きさをそれぞれ正確に計測し比較して、総合的な影響に評価を下すことは、実際にはかなり難しいと思います。
非伝統的金融政策では、伝統的金融政策のように、長い歴史の中で効果と副作用についての知見が蓄積されている訳ではありません。また、非伝統的金融政策がもたらす副作用、例えば金融市場を歪めること、財政規律を低下させること、金融機関の収益を損ねること、日本銀行の財務環境を悪化させること、などは、かなり時間が経過してから顕在化しうる、という面もあるためです。
金融政策の限界を理解する
こうした将来に亘る副作用の不確実性を踏まえると、仮に多少の効果を生じさせたとしても、果たして非伝統的金融政策を大規模に、かつ長期間続けたことが妥当であったのかについては、今後も問われ続けられるべきでしょう。
インフレ率が大幅に低下し、また、短期金利がゼロ近傍にまで低下した1990年代末以降、日本銀行の伝統的金融政策が限界に達したことは確かです。しかし、そうした経済・金融環境が生まれた背景にあるのは、生産性上昇率、潜在成長率といった経済の潜在力が低下したという問題だと考えられます。それは、金融政策では基本的には対応できない問題なのです。
日本銀行が将来に亘って相応の副作用を生じさせる可能性がある非伝統的金融政策を大規模に、かつ長期間続けるのではなく、労働生産性向上に向けた民間企業、労働者の努力を引き出すことや政府の成長戦略が優先されるべきだったと思います。こうした金融政策の限界や政府の経済政策の効果などについても、「金融政策の多角的レビュー」では検証して欲しかったと考えます。
インフレ率が大幅に低下し、また、短期金利がゼロ近傍にまで低下した1990年代末以降、日本銀行の伝統的金融政策が限界に達したことは確かです。しかし、そうした経済・金融環境が生まれた背景にあるのは、生産性上昇率、潜在成長率といった経済の潜在力が低下したという問題だと考えられます。それは、金融政策では基本的には対応できない問題なのです。
日本銀行が将来に亘って相応の副作用を生じさせる可能性がある非伝統的金融政策を大規模に、かつ長期間続けるのではなく、労働生産性向上に向けた民間企業、労働者の努力を引き出すことや政府の成長戦略が優先されるべきだったと思います。こうした金融政策の限界や政府の経済政策の効果などについても、「金融政策の多角的レビュー」では検証して欲しかったと考えます。
将来の非伝統的金融政策に活かす
2008年のグローバル金融危機以来、多くの主要中央銀行は非伝統的金融政策を導入しましたが、その効果や副作用などを明確に総括した中央銀行は未だなかったように思います。そうした中、上記のような多くの課題は残しつつも、日本銀行が非伝統的金融政策の効果と副作用の分析・評価について先駆的に取り組んだことは、評価できると思います。
ところで、「金融政策の多角的レビュー」の本論部分は、「1.過去25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営」と、「2.先行きの金融政策運営への含意」の二段構成となっています。過去の検証にとどまらず、それを今後の政策に活かすという考え方が、この構成に明確に表れているのです。
2024年3月のマイナス金利政策解除時に、主たる政策手段を短期金利の操作、すなわち伝統的政策手段に戻す、と日本銀行は宣言しました。これは、非伝統的金融政策から一気に決別するものでした。こうした思い切った決定を行った背景には、副作用について不確実性が大きい非伝統的金融政策を早く終わらせたい、という植田総裁の考えが反映されていた可能性があるように思われます。
現在みられている物価、賃金の上昇率上振れは、海外市況の上昇や円安による一時的な輸入物価上昇の影響が大きく、国内需要の強さを背景にした持続的な性格のものとは異なると考えられます。この先、海外経済の悪化や急速な円高などの外部環境の変化が生じれば、日本銀行は再び金融緩和に転じることが求められる可能性があるでしょう。
しかし短期金利の引き下げ幅は限られることから、その場合には、非伝統的金融政策を再び導入することを日本銀行は余儀なくされることも考えられます。
ところで、「金融政策の多角的レビュー」の本論部分は、「1.過去25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営」と、「2.先行きの金融政策運営への含意」の二段構成となっています。過去の検証にとどまらず、それを今後の政策に活かすという考え方が、この構成に明確に表れているのです。
2024年3月のマイナス金利政策解除時に、主たる政策手段を短期金利の操作、すなわち伝統的政策手段に戻す、と日本銀行は宣言しました。これは、非伝統的金融政策から一気に決別するものでした。こうした思い切った決定を行った背景には、副作用について不確実性が大きい非伝統的金融政策を早く終わらせたい、という植田総裁の考えが反映されていた可能性があるように思われます。
現在みられている物価、賃金の上昇率上振れは、海外市況の上昇や円安による一時的な輸入物価上昇の影響が大きく、国内需要の強さを背景にした持続的な性格のものとは異なると考えられます。この先、海外経済の悪化や急速な円高などの外部環境の変化が生じれば、日本銀行は再び金融緩和に転じることが求められる可能性があるでしょう。
しかし短期金利の引き下げ幅は限られることから、その場合には、非伝統的金融政策を再び導入することを日本銀行は余儀なくされることも考えられます。
国債買い入れを再び増やす選択肢も
仮にそうした事態となっても、さまざまな非伝統的金融政策手段を、効果と副作用の精緻な分析を行うことなく乱発する、といった以前のやり方に戻ることは適切ではないとの認識が、植田総裁を中心に日本銀行の内部には強いのではないかと推察します。
そこで、非伝統的金融政策の再導入が将来必要となる場合に備えて、具体的にどの手段を再び採用し、どのように運営していけば、一定の効果が期待できる一方、副作用を最も抑制できるかについて、今の時点で分析を進めておく必要があります。この点が、日本銀行が「金融政策の多角的レビュー」を行った大きな目的ではないかと思われます。
日本銀行は、副作用が大きいマイナス金利政策、YCC(イールドカーブ・コントロール)、ETF(上場型投資信託)などの買い入れを、再び導入する可能性は低いと考えられます。仮に非伝統的金融の再導入が必要になる場合には、2024年7月に開始した国債買い入れの減額と保有残高削減、つまり量的引き締め(QT)を停止して、国債買い入れを再び増やすことを日本銀行は選択するのではないかと思います。
国債買い入れについては、「今後、なお低下した状態にある国債市場の機能度の回復が進まない、あるいは副作用が遅れて顕在化するなど、マイナスの影響が大きくなる可能性には留意」と、「金融政策の多角的レビュー」では指摘されていますが、日本銀行はそのような副作用に十分に配慮しつつ、慎重に運営していくことになるでしょう。また、国債買い入れ策を再び導入しても、今度は同時にYCCを実施しないことで、国債市場の機能度低下のリスクは一定程度軽減できるのではないかと思います。
そこで、非伝統的金融政策の再導入が将来必要となる場合に備えて、具体的にどの手段を再び採用し、どのように運営していけば、一定の効果が期待できる一方、副作用を最も抑制できるかについて、今の時点で分析を進めておく必要があります。この点が、日本銀行が「金融政策の多角的レビュー」を行った大きな目的ではないかと思われます。
日本銀行は、副作用が大きいマイナス金利政策、YCC(イールドカーブ・コントロール)、ETF(上場型投資信託)などの買い入れを、再び導入する可能性は低いと考えられます。仮に非伝統的金融の再導入が必要になる場合には、2024年7月に開始した国債買い入れの減額と保有残高削減、つまり量的引き締め(QT)を停止して、国債買い入れを再び増やすことを日本銀行は選択するのではないかと思います。
国債買い入れについては、「今後、なお低下した状態にある国債市場の機能度の回復が進まない、あるいは副作用が遅れて顕在化するなど、マイナスの影響が大きくなる可能性には留意」と、「金融政策の多角的レビュー」では指摘されていますが、日本銀行はそのような副作用に十分に配慮しつつ、慎重に運営していくことになるでしょう。また、国債買い入れ策を再び導入しても、今度は同時にYCCを実施しないことで、国債市場の機能度低下のリスクは一定程度軽減できるのではないかと思います。
プロフィール
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。