&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内 登英

2025年4月2日(米国時間、以下の日付も同様)にトランプ米政権が打ち出した相互関税は事前の予想を上回る規模となり、世界の金融市場を大きく動揺させました。すべての国に対して一律10%の関税を課したことに加え、主要な貿易赤字国には追加の関税率が上乗せされました。日本については、24%の高い関税率が課され、事前に予想されていた中で最悪のシナリオに近い状況になったと言えます。

トランプ関税による世界経済への悪影響が続く

4月4日には日本を含む全ての国を対象とする25%の自動車関税、4月5日には相互関税の一部の10%の一律関税、4月9日には相互関税の上乗せ関税が次々と発動されました。その過程で、米国と中国との間で激しい報復関税の応酬が繰り広げられ、最終的には米国は中国に対して145%、中国は米国に対して125%という極めて高い関税率を設定しました。
ところが4月10日に、トランプ政権は一転して相互関税の上乗せ部分の関税の適用を90日間一時停止する、と発表しました。これは、関税による物価高など経済への悪影響を懸念して米国金融市場が混乱したことを受け、金融市場の安定を回復させることを狙った措置と考えられます。さらに、90日のうちにトランプ政権が貿易相手国と関税協議を行い、貿易赤字の削減に繋がる施策を引き出す狙いもあったと考えられます。
相互関税の上乗せ部分の関税の適用は一時停止されましたが、米国と中国との間の極めて高い関税率は残されたままであることから、世界経済への打撃はなお続きます。米国は日本を含む幾つかの国々と関税協議をすぐに開始しましたが、中国との間では一カ月程度が経過して、ようやく協議が始まろうとしている状況です。ただし、両国ともに相手国が譲歩するように主張して、睨み合いの状況が続いています。経済規模で世界第1位と第2位の両国が、チキンレースのような対立を長引かせれば、世界経済の下振れリスクは高まっていきます。

日米関税協議の合意にはまだ相当の距離

トランプ政権が相互関税を発表した後、日本は米国に対して真っ先に関税協議を申し入れたことから、米国との交渉において優先権を得た、とも言われています。しかし、米国にとって貿易赤字額、輸入額の上位国である日本からの関税率見直しの要請に、米国が優先的に応じることにはならないでしょう。
4月16日の第1回日米関税協議に続き、5月1日には第2回協議がワシントンで開かれました。交渉を担う赤沢経済再生担当大臣は、その後の記者会見では協議の具体的な内容を明らかにしませんでした。ただし、赤沢大臣から報告を受けた石破首相は、「(日米で)一致点を見いだせる状況には今のところなっていない」と発言するなど、合意までにはなお相当の距離があることを示唆しています。
日本は今回の協議で、米国産大豆、トウモロコシの輸入拡大、輸入自動車特別取扱制度の適用条件緩和、などを米国側に提示したとみられます。しかしそれらの施策は、米国から関税率の大幅引き下げを引き出すには明らかに力不足とみられます。
他方で、赤沢大臣の発言からは、協議に臨む日本側の姿勢が比較的強気であることが感じられます。赤沢大臣は、「国益を害するような交渉をすることはない」との考えを改めて強調しました。これは7月の参院選への悪影響を意識して、農産物、特にコメの輸入拡大などで、米国側に大幅な譲歩をしないとの考えをアピールしたものでしょう。
米国側は、当面、両国が歩み寄ることができる範囲内で限定的な合意を行う、暫定合意を模索している可能性があります。暫定合意が成立すれば、日本への関税率は若干下がることになるでしょう。
とりあえず日本との間で限定的な合意を成立させることで、他国との合意成立に弾みをつけることや、小幅であっても関税率を引き下げることを通じて、将来の関税率の大幅引き下げの可能性について、金融市場に楽観的な期待を生じさせる狙いがあるのでしょう。ところが赤沢大臣は、「交渉はパッケージで成立する。すべて合意して初めて合意」と説明しており、暫定合意を否定しているようにも聞こえます。
日本側は比較的強気の姿勢で日米関税協議に臨んでおり、米国側に大幅に譲歩することで合意の成立を急ぐことは目指していないように見えます。

関税協議の対象で両国に認識のずれ

日米関税協議で両国は、関税協議の対象についての認識が一致していない模様です。日本側は自動車・自動車部品、鉄鋼・アルミニウムの25%の分野別関税と、相互関税の24%(90日間の停止期間中は10%)の双方の引き下げ、撤廃を米国側に求めています。これに対して米国側は、今回の関税協議の対象となるのは、相互関税の上乗せ部分に限定される、との認識です。
日本としては、企業経営や雇用などへの影響が大きい自動車に対する25%の関税の見直しを優先すると考えられます。今までの長い日米貿易交渉の中でも、日本政府は自動車関税の回避を最優先に位置付けてきました。2019年の日米貿易協定でも、輸入農産物への関税率引き下げと引き換えに、米国による日本の自動車への関税を回避することに政府は腐心しました。
両国間で関税協議の対象についての認識が一致していないとすれば、本格的な交渉にはまだ至っていないとも言えるでしょう。
そうであったとしても、日本側が、米国側の思惑とは別に、相互関税のみならず、自動車・自動車部品、鉄鋼・アルミニウムの25%の関税の引き下げ、撤廃を求めるのは、妥当な姿勢だと思います。そもそも、トランプ政権が打ち出した関税策は、自動車などの分野別関税も、国別の相互関税も、共に不当なものだからです。
日本が自国の利益のためだけでなく、世界の自由貿易を守るという観点からも、関税全体の見直しを米国に強く迫るのは適切と言えるでしょう。

対米貿易黒字解消策は日本経済に甚大な打撃

4月に行われた第1回日米関税協議では、トランプ大統領が直前になって参加を決めました。その際、トランプ大統領は赤沢大臣に対して、「対日貿易赤字をゼロにしたい」と語っています。対日貿易赤字および他国に対する貿易赤字を解消し、米国の貿易赤字全体をなくすことこそが、関税策や2国間の関税協議を通じてトランプ政権が最終的に目指している点なのだと思います。
しかし、そうしたトランプ政権の求めに応じた施策を行えば、日本経済には甚大な打撃となってしまいます。日本の対米貿易黒字は昨年8.6兆円程度でしたが、大幅な輸出削減策や輸入拡大策を通じてこれを一気に解消させれば、日本の名目GDPは直接的な効果だけで1.4%も減少してしまいます。
ところで、現在、日本が米国から課されている25%の自動車・自動車部品、鉄鋼・アルミニウムの分野別関税と10%の相互関税は、筆者の試算によると、日本のGDPを合計で0.46%押し下げます。また、90日の一時停止期間を過ぎて24%の相互関税が再び適用される場合には、分野別関税と合わせて、日本のGDPを0.81%押し下げる計算となります。それらの影響は確かに大きいですが、対米貿易黒字を一気に解消させるような施策を受け入れる場合と比べれば、小さいと言えます。
こうした点も踏まえると、日本はトランプ政権が求めているような対米貿易黒字解消策を、安易に受け入れることは避けるべきでしょう。
一方で、トランプ政権の関税策は金融市場を混乱させ、さらに米国の企業や消費者からも批判が高まるなど、早くも行き詰まりが見られています。
トランプ政権に対する米国民の支持率も低下してきています。こうしたことが来年11月の中間選挙で与党・共和党に強い逆風となることを避けるため、向こう数カ月のうちにも、トランプ政権は自ら、全ての国に対する関税率を縮小方向で大きく見直す可能性があると考えられます。日本はその時まで、大幅な譲歩を避けつつ粘り強く日米関税協議を続け、いわば時間稼ぎをするのが得策なのではないかと思われます。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。