
金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内 登英
世界で最も影響力がある中央銀行、FRB(米連邦準備制度理事会)が、トランプ米政権による政治介入に直面しています。トランプ大統領は、利下げに慎重な姿勢を続けていたFRBのパウエル議長に対して、あからさまに利下げを繰り返し要求してきました。パウエル議長を「Mr. Too Late(遅すぎる男)」と揶揄するなど、個人攻撃も繰り返してきました。さらに足元では、FRB理事や議長らの人事を通じて、金融政策に直接影響を及ぼそうと試みています。これらは不当な政治介入とみなされる可能性があります。
FRBが利下げを再開
2025年9月16~17日に開かれた金融政策を決めるFOMC(米連邦公開市場委員会)で、FRBは政策金利であるFF(フェデラルファンド)金利の誘導目標を0.25%引き下げて4.0%~4.25%とすることを決めました。昨年12月以来6会合ぶりの利下げの再開です。この決定の背景は、政治的圧力の影響というよりも、足元で発表された労働市場関連の経済指標が総じて弱かったことがあります。
FOMC声明文では、今回の利下げは、雇用の下振れリスクが高まり、FRBが使命とする物価と雇用のリスクバランスが変化したことへの対応、と説明されています。パウエル議長は、労働市場はもはや「非常に堅調」とは言えないとし、労働市場の悪化を防ぐために追加緩和に動く用意があるとも述べました。
またパウエル議長は、今後の金融政策は、経済データに従って会合ごとに決める、としました。これは、金融政策は政治的圧力で決まるものではないことを示唆することで、トランプ政権の政治介入に抵抗する姿勢を滲ませた発言とも考えられます。
なお、FOMCでは、トランプ大統領と関係が深い、FRB理事に就任したばかりのCEA(大統領経済諮問委員会)委員長のミラン氏が0.5%の大幅利下げを主張し、0.25%の利下げ案に1人だけ反対票を投じました。
FOMC声明文では、今回の利下げは、雇用の下振れリスクが高まり、FRBが使命とする物価と雇用のリスクバランスが変化したことへの対応、と説明されています。パウエル議長は、労働市場はもはや「非常に堅調」とは言えないとし、労働市場の悪化を防ぐために追加緩和に動く用意があるとも述べました。
またパウエル議長は、今後の金融政策は、経済データに従って会合ごとに決める、としました。これは、金融政策は政治的圧力で決まるものではないことを示唆することで、トランプ政権の政治介入に抵抗する姿勢を滲ませた発言とも考えられます。
なお、FOMCでは、トランプ大統領と関係が深い、FRB理事に就任したばかりのCEA(大統領経済諮問委員会)委員長のミラン氏が0.5%の大幅利下げを主張し、0.25%の利下げ案に1人だけ反対票を投じました。
人事を通じたFRBへの政治介入
トランプ大統領は8月に突然辞任を決めたクーグラーFRB理事の後任に、自身の経済アドバイザーであるミラン氏を指名しました。ミラン氏は上院の承認を経て9月のFOMCに初参加し、トランプ大統領の意向を反映するかのように、0.5%の大幅な利下げを主張したのです。
一方、トランプ大統領は、住宅融資で不正の疑いがあるとしてクックFRB理事を解任しようとしました。これに対してクック理事は、解任は不当であるとする訴えを起こしています。クック理事は9月のFOMCに参加しましたが、今後は、係争中であることを理由に、裁判所がFOMCへの参加を認めない判断を示す可能性や、解任される可能性も残されています。
その場合には、FOMCへのFRB理事の出席は6名となり、トランプ大統領が指名した利下げ積極派が3名と、その半数を占めることになります。5名の地区連銀総裁もFOMCでは投票権を持ちますが、本部であるFRB理事の半数が、トランプ大統領が指名した利下げ推進派となれば、さらなる利下げが後押しされることになるでしょう。
パウエル議長は来年5月に議長としての任期を終えます。トランプ大統領は後任の議長を年内にも指名し、パウエル議長の影響力を低下させる、レームダック化を進める考えです。
このようにトランプ政権は、人事を通じてFRBに対する事実上の支配を進め、利下げを促す方針です。また、利下げを通じてドル安を促し、貿易赤字の削減を図る狙いもあるのではないかと考えられます。
一方、トランプ大統領は、住宅融資で不正の疑いがあるとしてクックFRB理事を解任しようとしました。これに対してクック理事は、解任は不当であるとする訴えを起こしています。クック理事は9月のFOMCに参加しましたが、今後は、係争中であることを理由に、裁判所がFOMCへの参加を認めない判断を示す可能性や、解任される可能性も残されています。
その場合には、FOMCへのFRB理事の出席は6名となり、トランプ大統領が指名した利下げ積極派が3名と、その半数を占めることになります。5名の地区連銀総裁もFOMCでは投票権を持ちますが、本部であるFRB理事の半数が、トランプ大統領が指名した利下げ推進派となれば、さらなる利下げが後押しされることになるでしょう。
パウエル議長は来年5月に議長としての任期を終えます。トランプ大統領は後任の議長を年内にも指名し、パウエル議長の影響力を低下させる、レームダック化を進める考えです。
このようにトランプ政権は、人事を通じてFRBに対する事実上の支配を進め、利下げを促す方針です。また、利下げを通じてドル安を促し、貿易赤字の削減を図る狙いもあるのではないかと考えられます。
長い歴史の中から生まれた中央銀行
政府から独立した中央銀行が金融政策と通貨の発行を専ら担う、という現在の制度は、長い歴史の中から生まれたものです。政府が金融政策と通貨の発行を決めると、過度な金融緩和で景気を刺激する方向に政策が偏りやすくなります。その結果、物価の上昇率が高まり、国民の生活を圧迫することが、歴史的に繰り返されてきたのです。
そこで、物価の安定を使命とする、政府から独立した中央銀行が金融政策や通貨の発行を担う現在の制度が、世界に定着するようになったのです。
中央銀行の独立性が法的に担保されている国であっても、政府が不当に金融政策に介入するケースは、トルコやロシアなど権威主義的な国ではしばしばみられてきました。しかし先進国では今回のような露骨なケースはまれであり、さらに、世界で最も影響力のある中央銀行であるFRBがその政治介入の対象となっているため、世界の中央銀行、金融市場は大いに懸念するところとなっています。
トランプ政権がFRBの金融政策決定に大きな影響力を持つようになれば、通貨の信頼が揺らぎ、ドル資産離れを引き起こす可能性があります。それは、米国金融市場でドル安、株安、債券安といったトリプル安を生じさせ、米国のみならず世界の金融市場を混乱させかねません。
そこで、物価の安定を使命とする、政府から独立した中央銀行が金融政策や通貨の発行を担う現在の制度が、世界に定着するようになったのです。
中央銀行の独立性が法的に担保されている国であっても、政府が不当に金融政策に介入するケースは、トルコやロシアなど権威主義的な国ではしばしばみられてきました。しかし先進国では今回のような露骨なケースはまれであり、さらに、世界で最も影響力のある中央銀行であるFRBがその政治介入の対象となっているため、世界の中央銀行、金融市場は大いに懸念するところとなっています。
トランプ政権がFRBの金融政策決定に大きな影響力を持つようになれば、通貨の信頼が揺らぎ、ドル資産離れを引き起こす可能性があります。それは、米国金融市場でドル安、株安、債券安といったトリプル安を生じさせ、米国のみならず世界の金融市場を混乱させかねません。
日本銀行の経験
中央銀行の政策は国民生活に大きな影響を与えることから、国民、政府、議会が一定程度、中央銀行に対して影響力を行使するのが望ましい、と広く考えられています。そのため、中央銀行で金融政策決定を担う人物は政府が任命し、議会で承認される制度となっている国が少なくありません。
FRBの理事、正副議長は大統領が指名し、上院の承認が必要となります。日本でも日本銀行の総裁と2名の副総裁、6名の審議委員の計9名の政策委員は、国会の同意を得て、内閣が任命します。
このように、政府や議会に人事権を握られる中で、中央銀行が政治からの独立性を維持することは簡単ではなく、それは大きな挑戦とも言えます。
日本銀行の場合には、1998年4月に施行された新日本銀行法の下で、日本銀行の独立性(自立性)が初めて法律で明確に定められました。
それ以前には、日本銀行の公定歩合引き上げの情報が洩れて、事前に全国紙で報道されるという事件が1989年に起きました。その日の朝刊の1面を見た当時の橋本大蔵大臣は激怒し、「大蔵大臣である自分はそのことは承知していない」として、日本銀行に対して公定歩合引き上げの「白紙撤回」を求めたのです。これは、日本銀行が政治から独立していないことを世に知らしめる事件となりました。
ただし、その後、新日本銀行法に日本銀行の独立性が明記されてからも、日本銀行に対する政治的圧力は続きました。2025年10月4日に金融政策への政府の関与の必要性を訴える高市氏が自民党新総裁に選出されましたが、このことについて、日本銀行は強い警戒を持って見守っていると見られます。
新日本銀行法に日本銀行の独立が明記されたとはいえ、それは、政府からの独立を完全に担保するものではなかったのです。内閣が人事権を握っており、さらに、金融政策決定会合には政府代表者が出席するという制度の下、日本銀行が政治からの完全独立を確保することは容易ではありません。
日本銀行は、独立性確保の鍵は、「国民からの信認」にあると考えます。日本銀行が国民からの強い信認を得ていれば、仮に政府が日本銀行の金融政策決定に対して不当に介入しても、国民はその行動を批判し、次の選挙で与党は大きく票を落とす可能性があります。それを恐れれば、政府は日本銀行に対して安易に不当な介入ができなくなるのです。
FRBの理事、正副議長は大統領が指名し、上院の承認が必要となります。日本でも日本銀行の総裁と2名の副総裁、6名の審議委員の計9名の政策委員は、国会の同意を得て、内閣が任命します。
このように、政府や議会に人事権を握られる中で、中央銀行が政治からの独立性を維持することは簡単ではなく、それは大きな挑戦とも言えます。
日本銀行の場合には、1998年4月に施行された新日本銀行法の下で、日本銀行の独立性(自立性)が初めて法律で明確に定められました。
それ以前には、日本銀行の公定歩合引き上げの情報が洩れて、事前に全国紙で報道されるという事件が1989年に起きました。その日の朝刊の1面を見た当時の橋本大蔵大臣は激怒し、「大蔵大臣である自分はそのことは承知していない」として、日本銀行に対して公定歩合引き上げの「白紙撤回」を求めたのです。これは、日本銀行が政治から独立していないことを世に知らしめる事件となりました。
ただし、その後、新日本銀行法に日本銀行の独立性が明記されてからも、日本銀行に対する政治的圧力は続きました。2025年10月4日に金融政策への政府の関与の必要性を訴える高市氏が自民党新総裁に選出されましたが、このことについて、日本銀行は強い警戒を持って見守っていると見られます。
新日本銀行法に日本銀行の独立が明記されたとはいえ、それは、政府からの独立を完全に担保するものではなかったのです。内閣が人事権を握っており、さらに、金融政策決定会合には政府代表者が出席するという制度の下、日本銀行が政治からの完全独立を確保することは容易ではありません。
日本銀行は、独立性確保の鍵は、「国民からの信認」にあると考えます。日本銀行が国民からの強い信認を得ていれば、仮に政府が日本銀行の金融政策決定に対して不当に介入しても、国民はその行動を批判し、次の選挙で与党は大きく票を落とす可能性があります。それを恐れれば、政府は日本銀行に対して安易に不当な介入ができなくなるのです。
金融市場の動揺がFRBの独立維持を助ける可能性も
日本銀行は、自行が国民からの信認を得るためには、その政策が国民に理解されるように丁寧に説明する、「透明性の強化」が重要と考えています。しかし、2013年に始められた異例の金融緩和策は非常に複雑で分かりにくいものとなり、日本銀行の金融政策が国民の理解と信認を十分に得たとは言えないでしょう。
また現在でも、過去3年近くにわたって消費者物価(除く生鮮食品)の上昇率が前年同月比で2%をほぼ一貫して上回る中で、「基調的な物価上昇率はまだ目標の2%に達していない」とする日本銀行の説明は、広く国民に受け入れられてはいないでしょう。
このように、国民からの強い信認を得ることで政治からの独立を確保する、という日本銀行の試みはなお道半ばです。
米国においては、トランプ政権による一連のFRBへの政治介入については、概して国民の関心は低いように思われます。そうした中、期待されるのが、FRBの独立性が低下することへの懸念が、金融市場を動揺させることではないかと思います。
金融市場が動揺すること自体は決して歓迎されることではありませんが、それが、政治介入による弊害であるとの見方が国民の間で広がれば、国民も政府を批判するようになり、政治介入を控えるようになる可能性が出てきます。
日本銀行は、政府からの独立を確保するために国民の力に期待しますが、一方、FRBにとっては、金融市場こそが、独立性を維持するための最後の助けとなるのではないでしょうか。
また現在でも、過去3年近くにわたって消費者物価(除く生鮮食品)の上昇率が前年同月比で2%をほぼ一貫して上回る中で、「基調的な物価上昇率はまだ目標の2%に達していない」とする日本銀行の説明は、広く国民に受け入れられてはいないでしょう。
このように、国民からの強い信認を得ることで政治からの独立を確保する、という日本銀行の試みはなお道半ばです。
米国においては、トランプ政権による一連のFRBへの政治介入については、概して国民の関心は低いように思われます。そうした中、期待されるのが、FRBの独立性が低下することへの懸念が、金融市場を動揺させることではないかと思います。
金融市場が動揺すること自体は決して歓迎されることではありませんが、それが、政治介入による弊害であるとの見方が国民の間で広がれば、国民も政府を批判するようになり、政治介入を控えるようになる可能性が出てきます。
日本銀行は、政府からの独立を確保するために国民の力に期待しますが、一方、FRBにとっては、金融市場こそが、独立性を維持するための最後の助けとなるのではないでしょうか。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。