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金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内 登英

2025年10月30日に開かれた金融政策決定会合で、大方の事前予想通りに日本銀行は政策金利の据え置きを決めました。日本銀行に金融緩和の継続を期待する高市政権との対立を避けることが、利上げ(政策金利の引き上げ)を見送った最大の理由だったのではないかと推察されます。ただしこの先、高市政権は日本銀行の利上げを容認する姿勢に徐々に転じていくことが予想されます。その場合、早ければ今年12月、遅くとも来年1月の金融政策決定会合で利上げが再開されるでしょう。

新政権に配慮して追加利上げを見送ったか

日本銀行が会合後に公表した展望レポートでは、トランプ政権による関税政策の影響を念頭に、「各国の通商政策等の影響を受けた海外の経済・物価動向を巡る不確実性はなお高い状況が続いている」ことが指摘されました。さらに植田総裁は、「それが来年の春闘に与える影響に注目している」と説明しました。
植田総裁は「春闘の初動のモメンタムを知りたい」と発言したことから、金融市場は、それに関わる情報を日本銀行がいつ、どこから入手できるのかに注目し、利上げの時期を推測しています。
しかし春闘に注目するとの総裁の発言は、2%の物価目標を持続的に達成するための鍵は賃金上昇にある、とする日本銀行の従来からの説明を踏襲するものであり、建前の面も小さくないのではないかと思います。今回の会合で利上げを見送った最大の理由は、日本銀行の利上げ姿勢に疑問を呈している高市政権に配慮し、対立を避けることにあったのではないかと推察します。
高市首相は、積極財政と金融緩和の継続を、経済政策方針の柱としています。これは、安倍前政権の下での経済政策、いわゆるアベノミクスの第1の矢と第2の矢を継承するものです。
高市首相は、政府は財政政策とともに金融政策にも責任を持ち、金融政策の方針を決めるのは政府である、との趣旨の発言をしてきました。これは、「政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」とする日本銀行法第4条の、日本銀行が単独で金融政策を決定することを認めていないという法解釈に基づくものと推察されます。しかしそうした考えは、日本銀行の独立性を尊重する日本銀行法の基本的な考え方とは相いれないものではないかと思います。
高市政権のもとで、日本銀行は安倍前政権以来の大きな政治的圧力に直面していると言えるでしょう。FRB(米連邦準備制度理事会)がトランプ米政権からの利下げ要求など強い政治介入を受ける中、日本でも日本銀行への政治的圧力が強まることを、世界の中央銀行及び金融市場は大いに懸念しています。それは、通貨の信認を損ね、金融市場を不安定化させる恐れがあるためです。

「政策金利の引き上げ=金融引き締め」ではない

日本銀行は高市政権との対立を避けるために今回は利上げを見送ったとしても、利上げを断念してしまった可能性はかなり低いと考えられます。日本銀行は既に、高市政権下と水面下で金融政策を巡る協議を始めている可能性も考えられます。
高市首相は、現在の高い物価上昇率は、強い需要に支えられたデマンドプル型ではなく、円安による輸入物価上昇などによるコストプッシュ型であり、経済に悪影響を与える性格のもの、と考えています。そのため、消費者物価上昇率が2%の物価目標水準を超えた状況が続いていることを理由に日本銀行が政策金利を引き上げていくと、景気に悪影響を生じさせ、国民生活を損ねてしまうことを懸念しています。
そうした懸念は理解できますが、重要なのは、現在の政策金利は物価上昇率を大きく下回っており、金融緩和状態が依然として続いているという点です。日本銀行も、基調的な物価上昇率はなお2%の目標を下回っていることから、現状では金融緩和の状態を維持する考えを示しています。
政策金利の引き上げは、「金融引き締め」と表現されることが多いですが、これは、政策金利の方向に注目したものです。しかし中央銀行は、政策金利の方向よりも水準を重視する傾向があります。そのため、「政策金利の引き上げ=金融引き締め」とは考えないのです。
現在進めている金融政策の正常化は、政策金利の引き上げを通じて金融緩和状態を徐々に縮小する調整であり、政策金利は経済に中立的な水準を依然下回っていることから、経済を悪化させるリスクは小さいという点を、日本銀行は高市首相に理解してもらうように努めるのではないかと思います。

高市政権の金融政策への姿勢に修正を促す4つの要因

政策金利を中立水準に向けて緩やかに引き上げていく日本銀行の金融政策をけん制することは、むしろ経済、金融市場の安定にマイナスの影響を生じさせ、国民生活に逆風となってしまう可能性があります。
 政治的圧力によって日本銀行の利上げが妨げられる、との見方が金融市場に広がると、為替市場では円安が進みやすくなります。円安の進行は、一方では、輸出企業の収益を増加させ、また株高を生じさせることで、株式を多く保有する富裕層には恩恵をもたらします。
 しかしもう一方では、円安の進行は輸入物価を押し上げ、食料・エネルギーを中心に物価高を長期化させてしまいます。これは、低所得層を中心に国民生活に悪影響を与えるでしょう。高市政権は、物価高対策を優先課題とする姿勢ですが、日本銀行への政治的圧力を強めると、円安、物価高を通じて国民生活を圧迫してしまうという矛盾を抱えていると考えられます。
このような問題についての認識が国民の間で広まっていき、日本銀行の金融政策に対する政治的圧力に批判的な世論が醸成されていけば、それは金融緩和の継続を求める政権の姿勢を修正させる要因になると考えられます。
今後高市政権は、金融緩和の継続を日本銀行に求める姿勢を、徐々に弱めていくことが予想されます。その理由の一つは、この円安リスクへの配慮ですが、それ以外にも3点挙げられます。
第1は、日本銀行の利上げを通じて円安が修正されることを期待するトランプ政権の意向です。訪日中のベッセント米財務長官は10月29日に、「政府が日銀に政策運営の裁量を認める意思が、インフレ期待を安定させ、為替相場の過度な変動を防ぐ上で鍵となる」と発言し、政府が日本銀行の利上げを妨げないように求めました。
高市政権も日本銀行も、こうした海外の政府の意見をそのまま政策に反映することは否定するでしょうが、実際には、高市政権はそうしたトランプ政権の意向に一定程度配慮し、日本銀行への政治的圧力を弱める可能性が考えられます。日本銀行にとっては、こうした一種の外圧が利上げを進める際の助けとなるでしょう。
第2に、自民党と連立政権を組む日本維新の会が日本銀行の独立性を尊重する基本姿勢を取っていることが挙げられます。そして第3に、高市政権を支える麻生副総裁及び麻生派も、日本銀行の独立性を尊重する姿勢であることが考えられます。高市政権は、日本維新の会や麻生派にも配慮して、日本銀行への政治的圧力を弱めていく可能性があるのではないかと思います。
高市政権が日本銀行への政治的圧力を緩和させ、利上げを容認する姿勢に徐々に転じていく場合、早ければ今年12月の金融政策決定会合、遅くとも来年1月の金融政策決定会合で、日本銀行が今年1月以来ほぼ1年ぶりに利上げを再開させる環境が整うものと考えられます。
そのような期待感が金融市場で今後高まっていけば、為替市場では円安の修正が進み、物価上昇率の低下が個人消費の追い風となることが期待されます。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。