
金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内 登英
「責任ある積極財政」を掲げる高市政権は、その政策姿勢を対外的にアピールするように、大規模な経済対策を打ち出しました。経済対策の予算上の裏付けとなる補正予算案で、一般会計の歳出総額は18兆3,034億円となり、内訳の主なものとして、生活の安全保障・物価高への対応に8兆9,041億円、危機管理投資・成長投資による強い経済の実現に6兆4,330億円、防衛力と外交力の強化に1兆6,560億円がそれぞれ計上されました。災害やクマ被害の拡大に備えるための予備費7,098億円も計上されています。
経済対策の規模は前年を大きく上回る
昨年、石破政権の下で策定された経済対策の規模は、補正予算編成による一般会計の歳出増加分で13.9兆円でした。今回は18.3兆円と約3割増となりました。経済対策に含まれたガソリン暫定税率廃止などの減税分2.7兆円を加えれば、約5割増の規模に達します。
補正予算の財源には、2025年度の税収の上振れ分2兆8,790億円、2024年度の決算剰余金2兆7,129億円などが充てられます。それ以外の部分については11兆6,960億円の新規国債発行、つまり借金で賄われます。これは、補正予算の歳出総額の約64%にも達します。
2025年度の税収見通しは80兆6,980億円となり、史上最高額を更新する見込みです。税収の上振れ分については、経済対策などを通じて国民に還元すべきとの意見も聞かれます。
しかし今回の補正予算の財源に充てられた税収の上振れとは、物価高の影響などにより当初の税収見積もりを上回った分であり、それは財政に余裕が生じたことを必ずしも意味しません。税収などの歳入額は依然として歳出額を大きく下回っており、政府のお金が足りていない状況は変わりません。そうした中で大規模な補正予算を編成すれば、日本の厳しい財政環境は一段と悪化することになります。
補正予算の財源には、2025年度の税収の上振れ分2兆8,790億円、2024年度の決算剰余金2兆7,129億円などが充てられます。それ以外の部分については11兆6,960億円の新規国債発行、つまり借金で賄われます。これは、補正予算の歳出総額の約64%にも達します。
2025年度の税収見通しは80兆6,980億円となり、史上最高額を更新する見込みです。税収の上振れ分については、経済対策などを通じて国民に還元すべきとの意見も聞かれます。
しかし今回の補正予算の財源に充てられた税収の上振れとは、物価高の影響などにより当初の税収見積もりを上回った分であり、それは財政に余裕が生じたことを必ずしも意味しません。税収などの歳入額は依然として歳出額を大きく下回っており、政府のお金が足りていない状況は変わりません。そうした中で大規模な補正予算を編成すれば、日本の厳しい財政環境は一段と悪化することになります。
円安が物価高対策の効果を相殺する可能性
「責任ある積極財政」を掲げる高市政権の発足以降、金融市場では円安と債券安(利回りの上昇)がほぼ一貫して進んできました。積極財政政策による国債需給の悪化懸念や財政の信頼低下は、長期国債の利回りを上昇させます。その傾向は、政府の経済対策と補正予算案の発表を受けて、一層強まりました。足もとで10年国債利回りは2%近くと、18年半ぶりの高さに達しています。
また、積極財政政策は財政の信頼とともに通貨の信頼も損ねる面があり、その結果、円安傾向が進んでいます。
円安は輸入物価を押し上げ、国内物価の上昇圧力を高めます。今回の経済対策の最大の柱は物価高対策であり、そこに最も多くの予算が充てられています。しかし、大規模な経済対策を策定することで財政への信頼が揺らぎ、円安が進めば、物価高対策の効果はその分削がれてしまいます。やや長い目で見れば、全体として家計の負担を高めてしまう可能性もあるでしょう。この点から、経済対策で規模を追求する姿勢は適切ではないと考えられます。
物価高によって特に生活が圧迫されている低所得層を支援することは適切だと思います。しかし、幅広い世帯を対象にした支援策ではなく、低所得層に絞った支援策とした方が良かったのではないでしょうか。その場合には、全体の予算規模を数兆円規模に抑え、財政リスクを高めない一方、低所得層にはより手厚い支援が可能になるからです。
また、積極財政政策は財政の信頼とともに通貨の信頼も損ねる面があり、その結果、円安傾向が進んでいます。
円安は輸入物価を押し上げ、国内物価の上昇圧力を高めます。今回の経済対策の最大の柱は物価高対策であり、そこに最も多くの予算が充てられています。しかし、大規模な経済対策を策定することで財政への信頼が揺らぎ、円安が進めば、物価高対策の効果はその分削がれてしまいます。やや長い目で見れば、全体として家計の負担を高めてしまう可能性もあるでしょう。この点から、経済対策で規模を追求する姿勢は適切ではないと考えられます。
物価高によって特に生活が圧迫されている低所得層を支援することは適切だと思います。しかし、幅広い世帯を対象にした支援策ではなく、低所得層に絞った支援策とした方が良かったのではないでしょうか。その場合には、全体の予算規模を数兆円規模に抑え、財政リスクを高めない一方、低所得層にはより手厚い支援が可能になるからです。
警鐘を鳴らす金融市場
政府の積極財政政策に対して、債券市場、為替市場は強い警鐘を鳴らしているように見えます。金融市場がここまで財政リスクを反映して動いたことは、近年は見られなかった事態と言えるでしょう。この先、来年度予算編成に向けても政府が積極財政姿勢を堅持する場合には、金融市場に燻ぶる財政悪化への懸念はより大きな危機感へと発展し、現状では比較的安定している株価も下落に転じる可能性が出てきかねません。
そうなれば、円安、株安、債券安の「トリプル安」となり、日本からの資金逃避傾向、いわゆる「日本売り」を生じさせる可能性も出てきます。日本の経済や金融市場は混乱し、国民に大きな苦痛をもたらすことになってしまうでしょう。
そうした事態に至る前に、政府は市場からの警鐘に真摯に耳を傾け、財政健全化を重視する姿勢を市場に見せるべきではないかと思います。
そうなれば、円安、株安、債券安の「トリプル安」となり、日本からの資金逃避傾向、いわゆる「日本売り」を生じさせる可能性も出てきます。日本の経済や金融市場は混乱し、国民に大きな苦痛をもたらすことになってしまうでしょう。
そうした事態に至る前に、政府は市場からの警鐘に真摯に耳を傾け、財政健全化を重視する姿勢を市場に見せるべきではないかと思います。
プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標は堅持を
今回の大規模経済対策によって、長らく政府が財政健全化の目標として堅持してきたプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標の達成は、一層遠のくことになります。
そうしたなか政府は、単年度のプライマリーバランス黒字化目標を取り下げて、多年度目標にするなどの目標の柔軟化を検討しているとされます。機動的な財政政策を制約する要因を取り除く狙いがあるのでしょうが、プライマリーバランス黒字化目標を曖昧にすることは、政府の財政健全化に向けた取り組みが大きく後退することを意味する、と市場で解釈される恐れがあります。
また政府は、政府債務の名目GDP比率を新たな目標にすることも検討しているとされます。背景には、政府債務の名目GDP比率は過去数年、横ばいからやや低下傾向を示していることがあります。これを新たな目標にすれば、積極財政政策が正当化されることになると思われます。
しかし、政府債務の名目GDP比率が頭打ちを示しているのは一時的な現象に過ぎないのではないでしょうか。前年比で3%に達する歴史的な物価上昇の下、同比率の分母となる名目GDPが大きく増加する一方、物価の上振れは円安による一時的なものと債券市場が考えるため、物価の上昇と比較すれば長期金利の上昇幅は抑えられ、その結果利払い費によって膨らむ分子の政府債務の増加が抑制されていることが背景にあると思われます。また、日本銀行の異例の金融緩和政策が続けられていることも、長期金利の上昇を抑えている面があるでしょう。
しかし、金融市場が想定するように物価上昇率の上振れが一時的な現象であれば、いずれ物価上昇率の低下とともに分母の名目GDPの成長率も下振れ、政府債務のGDP比率は再び上昇傾向に転じるでしょう。
他方、物価上昇率の上振れが一時的でないと債券市場が考え始めれば、長期金利が上昇し、それが利払い費を膨らませ、分子の政府債務をさらに増加させます。これに日本銀行による利上げの影響が加われば、政府債務の名目GDP比率は再び上昇傾向に転じるでしょう。
政府は、中長期的な財政健全化を目指す姿勢を金融市場にしっかりとアピールする観点から、プライマリーバランスの黒字化目標を堅持し、それを達成することをまず目指すべきではないでしょうか。
政府は、現在金融市場が発している警鐘に真摯に耳を傾け、補正予算の成立、年末の税制改正大綱、来年度予算案の編成、来年春の「骨太の方針」での財政健全化目標の検討など、この先の財政関連のスケジュールの中で、金融市場の財政リスクへの懸念をさらに高めてしまうことがないよう、財政政策運営を慎重に進めていくことを期待したいと思います。
そうしたなか政府は、単年度のプライマリーバランス黒字化目標を取り下げて、多年度目標にするなどの目標の柔軟化を検討しているとされます。機動的な財政政策を制約する要因を取り除く狙いがあるのでしょうが、プライマリーバランス黒字化目標を曖昧にすることは、政府の財政健全化に向けた取り組みが大きく後退することを意味する、と市場で解釈される恐れがあります。
また政府は、政府債務の名目GDP比率を新たな目標にすることも検討しているとされます。背景には、政府債務の名目GDP比率は過去数年、横ばいからやや低下傾向を示していることがあります。これを新たな目標にすれば、積極財政政策が正当化されることになると思われます。
しかし、政府債務の名目GDP比率が頭打ちを示しているのは一時的な現象に過ぎないのではないでしょうか。前年比で3%に達する歴史的な物価上昇の下、同比率の分母となる名目GDPが大きく増加する一方、物価の上振れは円安による一時的なものと債券市場が考えるため、物価の上昇と比較すれば長期金利の上昇幅は抑えられ、その結果利払い費によって膨らむ分子の政府債務の増加が抑制されていることが背景にあると思われます。また、日本銀行の異例の金融緩和政策が続けられていることも、長期金利の上昇を抑えている面があるでしょう。
しかし、金融市場が想定するように物価上昇率の上振れが一時的な現象であれば、いずれ物価上昇率の低下とともに分母の名目GDPの成長率も下振れ、政府債務のGDP比率は再び上昇傾向に転じるでしょう。
他方、物価上昇率の上振れが一時的でないと債券市場が考え始めれば、長期金利が上昇し、それが利払い費を膨らませ、分子の政府債務をさらに増加させます。これに日本銀行による利上げの影響が加われば、政府債務の名目GDP比率は再び上昇傾向に転じるでしょう。
政府は、中長期的な財政健全化を目指す姿勢を金融市場にしっかりとアピールする観点から、プライマリーバランスの黒字化目標を堅持し、それを達成することをまず目指すべきではないでしょうか。
政府は、現在金融市場が発している警鐘に真摯に耳を傾け、補正予算の成立、年末の税制改正大綱、来年度予算案の編成、来年春の「骨太の方針」での財政健全化目標の検討など、この先の財政関連のスケジュールの中で、金融市場の財政リスクへの懸念をさらに高めてしまうことがないよう、財政政策運営を慎重に進めていくことを期待したいと思います。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。