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金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内 登英

2026年2月8日に投開票が行われた衆院選は、高市首相が率いる自民党の歴史的勝利で終わりました。選挙戦を振り返ってみると、経済政策についてはほぼすべての政党が消費税減税を掲げたことから争点は薄れ、各党間の論戦は総じて盛り上がりを欠いたように見えます。選挙が終わっても、日本経済と国民生活の改善にとって最適な経済政策を巡って、各党には活発な議論を展開して欲しいと思います。

消費税減税は物価高対策として適切か

自民党は、現在8%の食料品の消費税率を2年間ゼロにすることの検討を加速させることを選挙公約に掲げました。ほとんどの野党も、食料品あるいは全体の消費税率を時限的、または恒久的に引き下げることを公約に掲げました。
各党の消費税減税の目的は主に、物価高によって生活が圧迫されている中・低所得者を支援する物価高対策、あるいは長らく低迷を続ける個人消費の刺激策の2つだと考えられます。
しかし筆者の試算によると、食料品の消費税率を2年間ゼロにする自民党案の場合、実質GDPの押し上げ効果は1年間で+0.22%と、小さめです(図表)。食料品の消費税率を恒久的にゼロにする場合や、消費税率全体を引き下げる場合でも、押し上げ効果は決して大きいとは言えません。さらにいずれも、2年目以降、実質GDP成長率の押し上げ効果はほぼ期待できないのです。

一方、各党が掲げた消費税減税の財源案については、概して明確でないと感じられました。財源確保が十分にできない中で消費税減税を実施すれば、国債発行が増えて財政環境が一段と悪化してしまいます。
既に金融市場では、高市政権の積極財政政策により財政環境が悪化することが懸念され、財政と通貨の信認が低下し、円安と債券安(長期金利の上昇)が進んできました。消費税減税が実施されるとの観測は、そうした金融市場の流れを一層後押しする可能性があります。
円安による物価高と長期金利の上昇は、いずれも国民生活を圧迫します。国民生活を支援するための政策が、逆に悪化させてしまう可能性すらあります。

消費税減税は社会保障制度の信頼性を損ねる可能性も

仮に消費税減税の財源を確保できるとしても、減税措置で消費税の税収を減少させてしまうことは問題です。それは、消費税が社会保障費の基礎的財源と位置付けられているためです。
税制抜本改革法(平成24年)では、「社会保障の安定財源の確保及び財政の健全化を同時に達成する観点から、消費税の使途の明確化及び税率の引上げを行う」と規定されました。
2026年度政府予算案で、国の社会保障関係費は39.1兆円です。一方、消費税収(国税分)は26.7兆円で、社会保障関係費を12兆円以上も下回っています。本来であれば消費税収をさらに増やして社会保障制度を支える必要がある中で、逆に減税を進めることは問題と考えられます。
消費税は税収の使途が法律で特定の目的に限定されている税金、いわゆる目的税ではありません。そのため、消費税の税収が減少しても、社会保障支出が自動的に削減されることにはなりません。
しかし、社会保障の基礎的財源と位置付けられている消費税収を減税措置によって削減すると、将来、社会保障制度が維持できなくなる、あるいは年金給付額などの社会保障費の大幅削減が実施されるなどの不安が、国民の間に生じる可能性が考えられます。つまり、社会保障制度の信頼性が損なわれかねないのです。そうなれば、国民の将来不安は高まり、消費活動にも悪影響が及ぶ可能性があるのではないかと思います。
なぜ消費税が社会保障の基礎的財源と位置付けられているのかについても、改めて考えてみる必要があります。消費税の税収は法人税や個人所得税などと比べて変動が小さく、年々着実に増えていく社会保障費を賄う安定財源として適している、という面があります。さらに、福祉国家の柱である社会保障制度を、幅広い世代が協力して支えていくのが適切だ、という理念もあるのです。
仮に大幅な消費税減税を行えば、社会保障費は法人税、個人所得税によって賄われる構図が強まります。社会保障制度の財源を主に企業が担うというのはおかしいですし、また、個人所得税によって賄われるとすれば、現役世代に負担が集中することになってしまいます。

抜本的な物価高対策は税と社会保障の一体改革

以上の点から、消費税減税は、それによるプラス面が大きなマイナス面に見合わない政策ではないかと思います。また実際のところ、消費者が消費税減税の実施を強く望んでいるかについても、確かではないでしょう。1月26日付の日本経済新聞によると、食料品の消費税率ゼロが物価高対策として「効果があるとは思わない」との回答が56%と、「効果がある」との回答の38%を上回りました。
さらに、消費税について「財源を確保するために税率を維持すべきだ」との回答が59%と、「赤字国債を発行してでも税率を下げるべきだ」との回答の31%を上回っています。
国の将来と政権の枠組みを決める衆院選で、各党がもっと議論すべきだったのは、一時的な物価高対策に過ぎない消費税減税ではなく、物価上昇といった環境変化に柔軟に対応して中・低所得層の生活を支えることを可能にする、「給付付き税額控除制度」などの税と社会保障制度の一体改革だったのではないかと思います。
過去数年の歴史的な物価高は、中・低所得者を中心に家計に大きな打撃を与えました。日本の税制、社会保障制度、そして企業等の賃金決定制度などが、物価高に柔軟に対応できなかったことが問題の本質だと思います。そのため、そうした制度を見直す抜本的な改革こそが今求められているでしょう。
そうした改革の一つが、多くの政党が支持している「給付付き税額控除制度」の導入です。それは、将来の物価変動などの環境変化から中・低所得者層の実質所得を守り、生活を支える柔軟な仕組みと言えます。
衆院選では、各党間の消費税減税の違いを議論するのではなく、「給付付き税額控除制度」を含めた税制・社会保障制度の一体改革について議論を深めるべきでした。今後は、そうした制度改革の議論が加速することを期待します。

各党は中長期の成長戦略を議論せよ

一方、国民の生活を持続的に改善させるには、所得分配に関わるこうした政策だけでなく、成長率と生産性上昇率を高める政策、いわゆる成長戦略を進める必要があります。
物価高などの環境変化から中・低所得層の生活を守る「給付付き税額控除制度」などが、重要な「守りの政策」とすれば、この成長戦略は「攻めの政策」と位置付けられます。この2つを両輪として経済政策を前に進めていくことが重要です。
ただしこの成長戦略についても、残念なことに衆院選では大きな議論の対象とはなりませんでした。高市政権は、「危機管理型投資・成長投資」を中心とする成長戦略を以前より掲げてきました。各党にはその是非をもっと論じて欲しかったと思います。
高市政権の「危機管理型投資」は、自然災害、海外からの軍事的脅威、エネルギー・食料の安定調達を脅かすリスク、重要物資の海外の輸出規制のリスクなどの諸課題に対応するために、政府が投資を拡大させるというものです。それが成長率を高め、税収の増加に結びつくことで財政環境が改善するというもので、なかには“災い転じて福となる”型の楽観的な見通しも含まれています。
実際には、政府の投資は非効率で無駄が多く、政府債務の増加に繋がりやすいことが懸念されます。また、政府が投資や補助金などで産業の成長を促そうとすると、企業は政府により依存するようになり、むしろイノベーションが阻害されてしまうことも懸念されます。
さらに、危機管理型投資には、経済安全保障の観点から、重点産業の国内回帰を促す狙いがあります。しかし、そうした取り組みは、輸入品を国産品に広範囲に代替する動きであり、日本の国是である自由貿易を阻害する面もあると考えられます。
海外からの安価で質の高い製品を国産品に置き換えると、生産コストが高くなり、物価高をもたらします。従来よりも高い価格で製品を買わなければならなくなるのは日本国民です。
経済の主役はあくまでも民間であり企業であるべきでしょう。政府は、企業の活動を側面から支援する役割を果たすべきと考えられます。安倍政権以降、歴代政権が掲げてきた成長戦略は、規制緩和、少子化対策、労働市場改革などを通じて政府が企業の設備投資を引き出し、それを成長力や生産性上昇率の向上に繋げるものでした。高市政権が掲げる成長戦略は、政府の投資拡大が中核であり、今までの成長戦略とは異質のものです。
政府投資の拡大という需要側の経済政策に重きを置く高市政権には、従来型の成長戦略である供給側(サプライサイド)重視の政策にもっと目を向けて欲しいと思います。
いずれにしても、衆院選後には、こうした「守りの政策」と「攻めの政策」の双方が、与野党間でしっかりと議論されていくことを期待したいと思います。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。