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金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内 登英

2026年5月15日にFRB(米連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長が任期を終えます。トランプ大統領によって後任の議長に指名されたケビン・ウォーシュ氏は、4月29日に米上院の銀行・住宅・都市問題委員会で賛成多数により承認されました。間もなく上院本会議でも承認され、新議長に就任する見通しです。しかし、パウエル議長は議長職を退任しても、2028年1月まで任期を残す理事職に当面とどまる考えを表明しています。金融政策を巡るパウエル議長とトランプ大統領との間の激しい対立は、なおも続くことになりそうです。

パウエル議長は理事職にとどまりFOMCでの金融政策決定に関与を続ける

パウエル議長が議長職として最後の参加となった可能性が高い4月28日、29日のFOMC(米連邦公開市場委員会)では、政策金利の据え置きが決定されました。据え置きの決定はこれで3会合連続となります。声明文では、中東情勢の不確実性がより高まっているとの判断が示されました。
政策金利の据え置きは予想通りの決定でしたが、予想外だったのは4人の反対が出たことです。金融緩和推進派のミラン理事は0.25ポイントの利下げを主張し、政策金利の据え置きに反対票を投じました。他の3人は、「フェデラル・ファンド金利(米国の民間銀行が資金を融通し合う際に適用される短期金利)の誘導目標レンジの据え置きは支持したものの、今回の声明に緩和バイアス(次回の政策金利変更が利上げよりも利下げ方向に傾いていることを示す金融政策上のシグナル)を含めることを支持しなかった」として、声明文の文言に異議を唱えました。
パウエル議長は、この3人の反対意見について、「FOMCにおける金融政策の中心的な見方が(緩和的から)より中立的な方向に移りつつあるという事実を反映している」と説明しています。これを受けて金融市場では先行きの利下げ観測がほぼなくなり、2027年にかけて政策金利の見通しはほぼ据え置きとなりました。
今回のFOMCで最大の注目点となったのは、パウエル議長の去就でした。パウエル議長は、FRBの本部改修工事を巡る自身への米司法省の捜査をトランプ政権によるFRBへの不当な政治介入と受け止め、捜査が終了するまでは理事職にとどまり政権との対決を続ける考えを示していました。
4月24日に司法省は捜査の打ち切りを発表しましたが、首都ワシントンの連邦地検の検事正が必要に応じて捜査を再開する可能性があるとしたことから、パウエル議長は当面は理事職にとどまり、「適切だと判断した時点で退任する」と記者会見で説明しました。こうしてパウエル議長は、議長としての任期終了後も理事としてFOMCでの金融政策決定への関与を続けることになります。

FOMCが分裂状態になるリスクも

パウエル議長は「理事としては目立たない形で職務を果たすつもりだ」と述べ、新議長に就任するウォーシュ氏との対立を避ける考えを示唆しました。
しかし、パウエル議長が理事職にとどまりFOMCへの参加を続ければ、FOMC内に、いわゆる2トップ状態が生まれる可能性があります。金融緩和を強く望むトランプ大統領の意向を受けたウォーシュ次期議長が「ハト派」の議論を主導し、金融緩和重視派が同氏のもとに集結する一方、今回、FOMC声明文の表現に反対した3人を中心に、金融緩和慎重派が「反ハト派」のパウエル現議長のもとに集結して、FOMCが分裂するような事態となる可能性が出てきたのではないかと思われます。
ウォーシュ氏が新議長に就任して以降も、イラン情勢で物価上昇リスクが高まった現在の経済環境の下では、政策金利は当面据え置かれる可能性が高いと思われます。しかしこの先、金融政策を巡って2つのグループを軸に議論が大きく分かれる可能性も考えられます。その場合、FOMCの金融政策は混乱しているとの受け止めから、通貨の信認が低下し、ドル安と債券安が進むリスクが出てきます。
さらに、利下げに慎重なパウエル議長に対するトランプ大統領による激しい攻撃が今後も続き、トランプ大統領が同氏の理事職を解任する動きを見せる可能性もあります。こうしたFRBへの露骨な政治介入も、ドル安と債券安のリスクを高めるでしょう。

ウォーシュ新議長の金融政策運営はトランプ大統領の意向を強く反映するか

4月21日にウォーシュ氏は、上院の公聴会で証言を行いました。最大の注目点は、ウォーシュ氏が新議長に就任した後、同氏を指名したトランプ大統領に配慮して金融緩和に前向きな政策を実施する考えか、という点でした。
民主・共和両党の上院議員は、指名に際してトランプ大統領から政策金利について確約を求められたかどうかについて、ウォーシュ氏に繰り返し質問をしました。これに対してウォーシュ氏は、「大統領は、いかなる特定の金利判断についても確約するよう求めたことは一度もない。仮に求められたとしても私は同意しなかっただろうが、そもそも求められたことはない」と返しました。
こうしたウォーシュ氏の発言は予想通りでした。仮にトランプ大統領の意向を反映して利下げを進める考え、と発言すれば、上院での承認は危うくなります。
しかしトランプ大統領は金融緩和を強く望み、さらに、パウエル議長のように「自身の方針に反対するものは決して議長になれない」とする『トランプルール』をSNSで宣言するなど、かつての指名を「失敗」と断じ、同じ轍を踏まない決意を鮮明にしています。そうしたトランプ大統領に指名されたウォーシュ氏は、やはりトランプ大統領の意向に沿って緩和的な金融政策を行うと考えた方が良いでしょう。
金融政策に関連してウォーシュ氏は、「AIによる生産性向上が財・サービスの価格を抑制し、FRBが金融緩和を行う余地を生む」と示唆する発言をしてきました。この点についても議会証言で問われましたが、ウォーシュ氏は、現在の局面を「数世代に一度の重大な転換点」と述べ、AIによる生産性向上によって物価上昇圧力は抑えられている、との認識を改めて示しました。この点は、議長就任後に、FRB内でウォーシュ氏が、「インフレリスクを過大評価すべきでない」と主張する際の根拠の一つとなるでしょう。
一方でウォーシュ氏は、現在のFRBの金融政策について、痛烈な批判を展開しました。「FRBは経済・物価の安定という使命を果たしていないため信頼を失っており、そのために政治的な思惑が入り込んでくるのは当然のこと」、とトランプ大統領のFRBへの政治介入を援護するかのような発言もしています。

ウォーシュ氏は金利政策では「ハト派」、バランスシート政策では「タカ派」か

ウォーシュ氏は、金融緩和に慎重な「タカ派」として長らく知られてきました。2006年から2011年までFRB理事を務めた際には、当時のバーナンキ議長が進めた量的緩和に反対して辞任したとも言われています。ウォーシュ氏はその後も、FRBの巨額の資産保有は金融システムを歪めているとして、バランスシートを縮小すべきだと主張してきました。
このようにタカ派寄りの主張を繰り返してきたウォーシュ氏が議長に就任すれば、トランプ大統領からの利下げ要求を撥ね付け、FRBの独立性を守ってくれると期待する市場・金融関係者が少なくありません。しかし、それは希望的観測に過ぎないのではないでしょうか。
ウォーシュ氏が議長に就任した後、手のひらを返すようにトランプ大統領の意に沿わないタカ派的な政策を実施すれば、現在のパウエル議長と同様に、トランプ大統領から人格を否定するような発言も含めて激しい攻撃を受けるはずです。ウォーシュ氏はそれを受け入れられるでしょうか。
一方でウォーシュ氏は、金利ではなく量を調節するバランスシート政策については、自身の考えに沿って運営する可能性があります。金利政策と比べると、トランプ大統領はバランスシート政策についての関心は高くないと考えられるためです。
ウォーシュ氏は、FRBが市場機能と政策信認を損ねる政府の国債管理政策への協力をやめ、バランスシートの縮小に動くべきと考えているようです。ただし、FRBが単純に保有する債券の削減を進めれば、長期金利の上昇を招いてしまう恐れがあります。それは住宅ローンの金利上昇をもたらし、経済に打撃を与えるとともに国民からの批判を招いてしまいます。トランプ大統領もそれは許さないでしょう。
そこで、FRBがバランスシートを大幅に削減しても、長期金利が上昇しない工夫をする必要が出てきます。例えば、FRBが保有する債券の平均残存期間を徐々に短期化し、長期国債を短期国債(TB: Treasury Bills)に入れ替えたうえで、それを償還に従ってバランスシートから外していくことなどです。
ウォーシュ氏は、金利政策についてはトランプ大統領の意向に沿って緩和的な「ハト派」の政策を進める一方、バランスシート政策については、慎重な「タカ派」の政策を進めるという離れ技を演じるつもりかもしれません。
しかし、金利政策で過度に緩和的な政策をとれば、中長期の物価の安定、通貨の安定が維持できなくなると金融市場は判断し、長期金利は上昇してしまう可能性があります。また、バランスシートの縮小を急速に進めれば、長期金利の上昇リスクはさらに高まり、経済、金融市場の安定を損ねることになります。このように、ウォーシュ氏の金融政策については、不確実性がかなり大きい状況です。
FOMCの分裂、トランプ大統領によるFRBへの政治介入、ウォーシュ氏の新たな金融政策など、FRBの行く手には大きな不確実性が広がっており、それらが金融市場と経済の不安定化を増幅する可能性がある点に注意しておきたいと思います。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。