
トランプ米政権は2026年7月に、日本を含む60か国・地域に新たな関税を発動しました。2月には米最高裁の相互関税を違法とする判決を受け、相互関税が失効しましたが、トランプ政権は別の法律に基づいて代替関税を発動し、それを引き継いだのがこの新関税です。司法の網をすり抜けるように、トランプ政権は様々な関税措置を通じて他国に圧力をかける戦略を続けています。これは日本経済と世界経済の不確実性を高めます。
強制労働で作られた輸入品への対応不備を理由に、日本に12.5%の新関税を発動
トランプ政権は7月23日に、日本を含む60か国・地域に新たな関税を発動すると発表しました。関税率は10%または12.5%と国・地域によって異なり、日本には高い12.5%が適用されました。
この決定は、ほぼ事前に予想された通りでした。USTR(米通商代表部)は6月に新関税の原案を示し、広く意見を募っていましたが、最終的にはそれに近い内容となりました。
強制労働で作られた輸入品への対応の不備の程度に応じて、10%と12.5%の2種類の関税が各国・地域に課せられましたが、不備の程度が大きいとして、日本には12.5%の関税が適用されました。EU(欧州連合)や台湾などには10%の関税率、韓国、スイスなどには日本と同じ12.5%の関税率が課されました。
今年2月以降の一律(鉄鋼、アルミなどの分野別関税は除く)10%の関税、いわゆる代替関税と比べ、税率の上昇幅はわずか2.5ポイントです。12.5%への関税率引き上げは日本の名目GDPを1年間で0.06%、4,020億円程度押し下げると試算できます。その影響は比較的軽微と言えるでしょう。また、昨年7月に日米間で合意された相互関税の税率は15%でしたが、それを下回る関税率です。
また、昨年7月の日米関税合意では、相互関税を既存の関税に単純に上乗せしない、という取り決めがなされましたが、それがこの新関税にも踏襲されました。つまり、既存の税率に新関税の税率12.5%を上乗せしてそれ以上の税率とすることはないとされたのです。これは、米国向け輸出に対して従来から高めの税率が課されている、牛肉などの農産物の日本の輸出業者にとっては朗報です。
また、負担軽減措置も盛り込まれ、新関税の免除対象は2,000品目を超えました。このような点を踏まえても、新関税が日本経済に与える追加的な打撃は、やはり軽微と言えるでしょう。
司法の壁に阻まれるトランプ関税
新関税は、相手国の不公正貿易慣行への制裁措置として関税の発動を認める、米通商法301条に基づいています。今回は、強制労働で作られた輸入品に対する対応が十分でないことを理由に関税を課すものですが、それは後付けの理由であり、実際には、今年2月に米最高裁の判決によって違法となり失効した相互関税の復活を狙った措置のように思われます。
2月に相互関税が失効して以降、150日の暫定措置として米通商法122条に基づく10%の代替関税が課せられていました。トランプ政権は、この暫定的な代替関税を通商法301条に基づく恒久的な新関税に替え、相互関税を実質的に復活させたのです。
昨年4月に導入されたIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく相互関税は、約10か月後の今年2月に米最高裁によって違法判決が下され失効しました。それに代わる通商法122条に基づく代替関税にも、多くの訴訟が起こされました。
トランプ政権は、通商法301条は過去に多くの訴訟に耐えてきたことから、それに基づく新関税には違法判決は下されない、と考えています。しかし、今年2月に下された違法判決では、議会の承認を得ない大統領による関税措置全体に対して違法の疑いが示唆されたと考えられます。
また、通商法301条に基づく制裁関税は、相手国の不公正貿易慣行を綿密に調査することが求められています。今回は、60か国もの国・地域からの輸入品の大半に対して、150日間で十分な事前調査がなされたとは考えられません。この点から、事前調査の不十分性も、通商法301条に基づく新関税の法的な正当性を疑わせるものとなるでしょう。
こうした点を考えると、通商法301条に基づく新関税も、いずれ最高裁の違法判決を受けて失効する可能性があるのではないでしょうか。また、関税はコスト高、物価高を生むため、米国企業や国民には総じて不評です。このような司法の壁、世論の壁を受けて、トランプ関税は今後行き詰まるリスクを抱えています。
トランプ新関税第2弾はあるか?
しかし、通商法301条に基づくこの新関税には、まだ第2弾が実施される可能性が残されていると考えられます。今回の新関税の関税率は10%~12.5%であり、失効した相互関税と比べ依然として低水準です。そのためトランプ政権は、相互関税の復活を目指して、さらなる関税率の引き上げを実施する可能性は残されていると考えられます。
通商法301条に基づく関税発動のために、強制労働で作られた輸入品への対応について調査するのと並行して、USTRは3月11日から過剰生産の調査を続けてきました。この過剰生産に関する調査は、16か国を対象としています。
現時点ではトランプ政権は、過剰生産を理由にした通商法301条に基づく追加関税の実施については言及していませんが、調査の進展を受けて、今後発表される可能性は残されているでしょう。
過剰生産への対応は、トランプ政権の「米国製造業基盤の復興」という経済戦略の中核となっており、この点が追加関税導入の根拠として今後使用される可能性があります。
トランプ政権が過剰生産の問題を指摘してきたのは、主に中国とEUです。中国を追加関税の対象にするかどうかは、中国との関係悪化や中国がその報復としてのレアアースの輸出規制を行うリスクなどを踏まえて、最終的には慎重に判断されるのではないでしょうか。
EUについては、15%の相互関税率で合意していました。強制労働で作られた輸入品への対応を理由にした新関税は10%であったことから、過剰生産を理由に追加で5%の関税を課して、合計で15%と相互関税と同水準になる可能性があるのではないでしょうか。
日本についても、仮に過剰生産を理由にした追加関税の対象になるとしても、日米で合意した相互関税の15%を超える可能性は低いでしょう。その場合、日本に対する関税率が2.5ポイント引き上げられ、通商法301条に基づく新関税率は合計で15%になる可能性が考えられます。
他国を翻弄する新たな関税をなお繰り出してくる可能性
通商法301条に基づく今回の新関税についても、多くの訴訟にさらされ、最終的には相互関税と同様に違法判決が下される可能性が考えられます。しかしそれまでには1年以上の時間がかかると見られ、トランプ政権は様々な関税措置を通じて他国に圧力をかける戦略をなお続けるでしょう。
新関税の導入に前後して、トランプ大統領は、7月20日にカナダの乳製品、アルコール、自動車部品に対して50%の追加関税を発表したほか、ブラジルに25%、後発医薬品(ジェネリック医薬品)には最大200%の関税を発表しています。
分野別関税の根拠となっている通商拡大法232条や通商法301条は、それぞれ調査や意見提出などの手続きが定められていますが、カナダへの新たな関税の根拠となる通商法338条はそうではありません。米国に対して差別的な扱いを行う国からの輸入品について、最大50%の追加関税の措置を取る権限を大統領に認めています。
トランプ関税は国民からの批判と司法の壁に阻まれて、全体としては行き詰まりつつあると考えられます。それでもしばらくの間は、トランプ大統領は法律の抜け穴を探し出し、他国を翻弄する新たな関税をなお繰り出してくる可能性があります。それは、日本経済と世界経済の不確実性を高める大きなリスクです。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。