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金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内 登英

2026年7月末の為替市場で、日本はドル売り・円買い、米国はユーロ売り・円買いの日米協調介入を実施しました。日米協調での為替介入実施は、東日本大震災で円高が急速に進んだ2011年以来15年ぶり、円買いでの協調介入は、金融危機への対応に迫られた1998年以来28年ぶりのことになります。また、自然災害や金融危機などが発生した有事の際ではなく、平時に行われるのは異例です。

迷走を続けたトランプ政権の経済政策

トランプ米政権が円安阻止に取り組む日本政府に今回協力したのは、貿易赤字を削減するというトランプ政権の経済政策上重要な目標を実現するため、という側面も小さくなかったのではないかと思われます。
トランプ米大統領は、米国が自由貿易や通貨で世界のリーダーであるという地位を他国が逆手に取り、長年、米国に対して不利益を押し付けてきたと考えているようです。その不利益の象徴が、巨額の米国の貿易赤字です。
他国の不公正貿易慣行と、基軸通貨であるドルの宿命とも言えるドル高傾向の双方が、米国企業の輸出競争力を損ね、貿易赤字を拡大させてきたと考えるトランプ大統領は、一貫して貿易赤字の縮小を目指してきました。
貿易赤字縮小のためにトランプ大統領は関税を発動しましたが、相互関税は今年2月に最高裁で違法判決が下されるなど行き詰まりもみられ、また、関税だけで貿易赤字を解消することが困難であることも明らかになっています。さらに、関税は米国の企業や家計の負担となることから、米国内での批判も高まっています。
そのため、トランプ大統領はドル高修正を通じて貿易赤字の縮小を目指す方向に、軸足を移しつつあるようにみられます。しかし当初、政権内で検討された、主要国による協調介入を通じたドル高修正策(マールアラーゴ合意)には、他国の協力が得られないことは明らかでした。
そこでトランプ大統領は、FRB(米連邦準備制度理事会)の新議長に自らの息のかかったウォーシュ氏を充て、利下げを通じてドル高を修正する戦略を検討した可能性が考えられます。しかし、米国によるイランへの攻撃後の原油価格高騰の影響からインフレリスクが高まり、利下げの実施は当面難しくなってしまいました。
このように、貿易赤字の縮小を目指すトランプ政権の経済政策は、迷走を続けてきたように見えます。

トランプ政権は日本の経済政策への要求を強めるか

トランプ大統領の経済政策は迷走を続けた末に、今回の日米協調介入にたどり着いた感があります。
トランプ大統領は、​「日本は円安が進み、少し助けを求めていた」、「米国が日本による円相場の下支えを支援しているのは友好の証で、世​界経済を支援する​ためだ」と述べました。
しかし実際には、前述のように、日本の円安阻止の取り組みに協力することで、米国の貿易赤字縮小に寄与するドル高修正を図ることや、円安に伴う日本の長期金利の上昇が米国の長期金利の上昇へと波及し、米国経済・金融に悪影響を与えることを回避するといった、米国側の事情もあったのではないかと思います。
それでも、トランプ政権が日米協調介入を実施したことは、円安に苦しむ日本を助けることになることから、トランプ政権は日本に対して、いわば貸しを作ったと考えるでしょう。そしてその見返りのようなものを日本政府に求めてくる可能性が考えられます。
経済政策の面では、トランプ政権は日本政府に対して、為替市場や債券市場の安定に資する経済政策を実施するように、今まで以上に強く働きかける可能性が考えられます。
具体的には、円安や債券安(長期金利の上昇)に繋がらないような慎重な財政政策運営と、円安修正に資する日本銀行の利上げの容認を求める可能性があります。
日米協調介入実施の直後にベッセント米財務長官は、「介入によって市場にシグナルを送ることはできても、相場の流れを変えるのは政策だ」、「(植田日銀総裁は)必要なことを実行すると信じている」と述べ、日本銀行の追加利上げへの期待を示唆しました。
こうした経緯から、今回の日米協調介入の実施によって、トランプ政権による日本の経済政策への影響力が強まり、それが日本銀行の利上げを後押しして、利上げペースが加速するきっかけの一つとなる可能性が出てきました。
日本銀行は、9月17日~18日に開催される次回金融政策決定会合で、追加利上げを実施する可能性が高いとみられます。6月の金融政策決定会合で、日本銀行は利上げを決めましたが、仮に9月に利上げが決定されれば、3カ月程度の間隔での利上げ実施となります。従来の利上げの間隔が平均で半年強であったことを踏まえれば、それは利上げペースの加速を意味します。
その利上げペースの加速を後押しするのは、中東情勢の緊迫化を受けた原油価格高騰による物価上昇率の上振れが主な要因と考えられますが、トランプ政権からの働きかけの影響もあるのではないかと思います。

日米協調介入は日本経済と金融市場の転機となるか

また、日本の国債市場では9月1日に10年国債利回りが3%を超え、約30年ぶりの水準に達しました。過去1年間で10年国債利回りは約1.4ポイントと大幅に上昇しました。原油価格上昇によるインフレ懸念の高まりやAI関連投資ブームによる大手企業による巨額の資金調達の影響などが、世界規模で長期国債利回りを押し上げている面があります。
しかし過去1年間での米国での10年国債利回りの上昇幅は日本の半分程度であることを踏まえると、日本の10年国債利回りの上昇は国内要因によるところが大きいと推察されます。特に、財政悪化懸念の影響が大きいように思われます。
10年国債利回りが3%を超えたことや、トランプ政権からの働きかけを受けて、政府は財政悪化のリスクに従来以上に配慮した、より慎重な財政政策への修正を行う可能性があると考えられます。実際それが行われれば、円安・債券安(長期金利上昇)の修正につながる可能性が出てきます。
日米協調介入の実施だけでは、円安・債券安の連鎖の流れを変えることは難しいと思われますが、それをきっかけにして、トランプ政権が日本政府や日本銀行の政策に働きかける姿勢を強め、実際に、その影響が一定程度表れる可能性があります。
その場合、日米協調介入の実施は円安・債券安の連鎖の流れを変え、物価高に苦しむ日本経済の正常化に資する大きな転機となるのではないでしょうか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。