
生成AIの登場によって爆発的に広がっていったビジネス領域でのAI活用。その一方でアカデミズムにおけるAI研究も、かつてなかったスピードで進みつつあります。しかし、「技術革新を追求するだけでは世の中に本当の価値を生み出すことはできない」そう語るのは、野村総合研究所(NRI)でAIコンサルタント・サービス開発の最前線に立つ蔭山智です。NRIと東京大学の松尾・岩澤研究室の両方に所属し、理論研究に根差した専門性と、現場とともに歩む実務者としての視点を持ち、「アカデミック」と「産業」の架け橋としてのAI活用のリアルを伺いました。
AIへの探求心から東大・松尾研へ、研究者としての新たな挑戦
「自分の研究は純粋な興味から始めましたが、そこで得た知見は業務や現場の改善にも役立っています」と語るように、蔭山の出発点は学術的な探求心にあります。大学院修士課程では物理学を専攻し、超電導の数理的研究を行った経験に加え、この頃からAI分野に強い興味を持っていました。NRIでの最初の配属はシステムコンサルティング事業本部で、AIの社内研修の企画づくりの他、この頃は、コンサルティング業務やシステム開発の現場まで幅広く経験。「データセンターでランケーブルの抜き差しなど、地道な作業もやりました。理論だけではなく手を動かすことの重要性を痛感しました」と振り返ります。
やがて、東京大学でディープラーニングなどを研究している、松尾・岩澤研究室(松尾研)の寄附講座に出会い、講義の最終回で松尾先生が「興味のある人はぜひ松尾研で研究を続けてほしい」と話され、それを機に東京大学の博士課程を受験。2018年4月から東京大学松尾研究室で社会人博士課程へ進学しました。AIモデルのスクラッチ開発や応用研究、ディープフェイク検知の論文を発表し、「Kaggle」のコンペにも参加。「TalkingData AdTracking Fraud Detection Challenge」のゴールドにも入賞し、研究を深めてきました。
“仕組み”で終わらせない生成AI活用プロジェクト
これまで、製品マニュアルに基づくQ&Aチャットボットや自動車事故分析モデル、最近ではAIエージェントによる業務自動化など、多様なプロジェクトを推進してきました。常時3~4件のプロジェクトを並行して進める中で、感じているのが「アカデミズムとビジネスのギャップ」です。
精度かコストか、アカデミズムとビジネスとのギャップ
その一方で、アカデミズムでの精度を追求する先端的な知見も、ビジネスに十分適用されているとは言えません。2023年当時、蔭山が取り組んだRAG構築は先行した事例のひとつであり、世の中にもまだ情報が少ない時代でした。大きく4種類の手法が研究されていましたが、ビジネス領域ではその一部しか活用されていないのが実情でした。
主要な4つの手法とは、ベクトル検索(データを数値化して類似性をもとに検索する手法)、HyDE(Hypothetical Document Embeddings:仮想文書を生成して検索精度を高める手法)、キーワード検索(従来型のキーワードによる検索手法)、ハイブリッド検索(キーワード検索とベクトル検索を組み合わせる手法)が挙げられます。当時も、これ以外の手法は存在していましたが、精度、運用性などさまざまな観点から、最終的にこれらを候補として採用しました。コストとレスポンスに優れるベクトル検索、高精度が期待できるHyDE、コスト・レスポンス面でメリットのあるキーワード検索、そしてそれらの特性を組み合わせたハイブリッド検索と、それぞれの手法には一長一短があります。業務ニーズや運用条件によって適するものが異なりますが、RAGのビジネス適用では、こうした個々の特徴を十分に吟味した上で選択がなされるケースはまだ多くありません。
最近注目されているAIエージェントについても、アカデミズムでは活発な研究が進んでいます。たとえば、生成AIモデルに人間の記憶構造を参考にして、長期・短期に分けたエピソード記憶を実装し、それぞれの関係性をグラフ構造で表現する手法が研究されています。こうした技術は、「人に寄り添うAIエージェント」を目指したものであり、もしビジネス現場での活用が進めば、世の中を大きく変える可能性があると考えています。
社会に根付くAIへ、研究とビジネス現場の架け橋になる

蔭山は、「本当に使い続けられるAI、そして、業務で定着する仕組み。それが一番重要だ」と考えています。現場や顧客との対話で「研究者」の立場と「コンサルタント」の立場の違いを感じることも多く、どちらか一方に偏れば課題解決につながりません。「両者にはギャップがあり、間を繋ぐ仲介役が必要です。私自身は “現場に軸足がある”存在だと思っています。実際に社会を動かすなら、現場からアプローチするのが最も効率的と考えているからです」。
そこでいま目指しているのが、アカデミズムとビジネスのギャップを埋める架け橋になることです。研究だけでなく、「新しい技術を現場で検証し、必要なら研究コミュニティにフィードバックして学術的議論に戻す」というサイクルにも挑戦しようとしています。博士課程やAIスタートアップとの連携にも関わりながら、「現場から次の技術改革につなげる」姿勢を大切にしたいと考えています。
「AIスタートアップや産学連携プロジェクトではNRIの柔軟な企業文化にも助けられています。専門性を磨くことにも、上司や周囲の同僚も温かい目で見てくれるので、挑戦しやすい環境です」。また、「自宅でくつろいでいる時に思いついたアイデアが、実際に特許申請され、製品や社会の変化につながる瞬間は本当にワクワクします。世の中を自分が変えていく実感を持てるのがこの仕事の魅力の一つです」と蔭山は語ります。
「AIは仕組みとして動くだけでは意味がなく、現場で使われ続けてこそ価値が生まれると考えています」。そうした現場主義が、NRIのAI活用における強みです。アカデミズムとビジネスの双方が真摯に向き合うことで、社会に根付くイノベーションが生まれてきますが、その際には、体系的な技術知見とビジネスの“掛け算”こそが、AIと社会をつなぐ新たな価値を生み出すと蔭山は確信しています。
プロフィール
-
蔭山 智のポートレート 蔭山 智
TMXコンサルティング部
京都大学大学院修士課程を修了後、2016年NRI入社。システムコンサルティング事業本部にてAI/データ分析を専門としたコンサルティング事業に従事。AIを用いたサービス検討やシステム構築・PoCなどのコンサルティング業務に携わる。東京大学大学院工学研究松尾研究室にて博士課程所属。
NRI認定データサイエンティスト。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。