ワークライフバランスを実現しつつ、多様な関係者の期待に応える。チームの一員としての役割を果たしながらも、個人としての専門性が認められ、お客さまから指名で仕事を依頼される――これは、ビジネスパーソンにとって一つの理想像です。松下東子は、日本人を取り巻く社会環境や経済状況が消費者の心理や行動にどう影響しているのかを20年以上にわたり調査・研究。生活者動向調査の第一人者として、日々、企業のマーケティング戦略立案・策定や、消費意識に関するコンサルテーションに生かしています。
B2Cマーケティング一筋で専門性を研ぎ澄ます
大学で心理学を学び、消費者心理に興味があった私は、1996年に入社以来、一貫して志望していたB2Cマーケティングに携わってきました。2002年に第一子出産と、夫の渡米に帯同するため、いったん退社しましたが、帰国後の2005年春に復帰することに。それ以来、社内のさまざまな制度を活用しながら業務時間をコントロールし、現場の第一線に立ち続けてきました。
現在は、これまで行ってきたリサーチやコンサルティング業務に加えて、広告効果測定を行うインサイトシグナルの仕事にも関わるようになり、さらに消費者寄りの案件が増えています。部署名は何度か変わったものの、希望した分野で専門性を高めることができたことは、非常に恵まれていたと思います。
指名で仕事を依頼されて意識が変わった
私にとってターニングポイントとなったのは、2000年頃。ある外資系コンテンツ会社から突然、指名でお仕事をいただいたのです。「自分が受けた仕事だ」という意識を明確に持ったうえで、お客さまと相対し、その意図をくみ取り、ご要望に応える。お客さまに満足していただき、リピートのご依頼を受ける。そのすべてを自分事として意識した、初めての経験でした。
入社して最初に配属された社会環境研究部で、「生活者1万人アンケート調査」の立ち上げに関わったことも、大きな出会いだったと思います。これは、日本人の価値観を長期時系列で追いかけていく骨太な調査をしようと、生活価値観、就労観、性別役割分担、親子関係、夫婦関係、消費意識など包括的に調べ、日本人の縮図を切り取ろうという試みです。
分析から得られた示唆は、年末に速報として報道機関向けに開催される「メディアフォーラム」などで発表するほか、論文や書籍にまとめて発表したり、メディアや企業、経営者団体などから取材や講演に対応したりします。1997年以降は3年に一度の頻度で調査を続けてきましたが、回を重ねるごとに価値が増し、注目度や反響も大きくなっているという実感があります。
消費者の変化を踏まえて、複層的に分析する
「生活者1万人アンケート調査」で消費者像をつかむことは、さまざまなお客さま向けのコンサルティング・サービスにも非常に役立っています。お客さま向けのリサーチでは通常、その業界に特化した設問を用いますが、そこで得られた結果だけを見るよりも、背景にある消費者動向の変化を組み合わせたほうが、複層的かつ立体的な分析ができます。
たとえば、リサーチで「店員からの推奨が効果的である」という結果が見られた場合、その業界だけで見ていると、「推奨の参照度が上がった」という事実確認のみで終わってしまいます。しかしその背景に、情報が氾濫する中で選ぶことに疲れて、スマートフォンで簡便に選びたいと思う消費者が増えているのかもしれない。そのような傾向をつかんでいれば、変化に呼応して、世の中が将来的にどの方向に進んでいくのか。だから、企業はどのような対応をとる必要があるか、と考えやすくなります。そのように複層的に見ることで、先読みをした提案が可能になるのです。
B2Cマーケティングのコンサルタントは、分析ツールや測定方法、調査方法、トレンドをしっかり踏まえたうえで、プロの消費者になる必要があります。このため、常日頃から意識を持ちながら生活しています。お店に行けば、なぜそういう陳列をしているのか、どんなトレンドが反映されているかと考える。通勤電車の中でも、乗客の時間の使い方や企業のコミュニケーション手法を観察し、気づいたことは後から手元のデータと照らし合わせて検証する。このように、データ、論理、経験は三位一体だと思うのです。
どれほど長い時間かけて懸命に仕事をしても、お客さまのご要望に応えられなければ零点です。お客さまが本当の望みは何か、それを実現するために何をしたらいいかを把握するためには、お客さまをよく見て、対話し、得られた情報の中からロジックを組み立て、アウトプットにつなげなくてはなりません。そうした力をつけるために、私はなるべく多読・乱読をしています。また、論文や記事を書く仕事や、プレゼンテーションや取材なども積極的に引き受けています。多くの情報を組み合わせて構造化し、結論を導き出す訓練になるからです。
頼られる存在として、生涯一現役を目指したい
コンサルタントの仕事の醍醐味は、毎回常に新しい発見や喜びがあること。それから、お客さまに喜んでいただき、リピートにつながることが、私の一番のモチベーションとなっています。「社内の人よりも、あなたはうちの会社を知っている」、「一緒にミーティングするのが毎回楽しみだ」と言われたり、お客さまと一緒に考えたコピーやパッケージが実際に商品に採用され、売上予測モデルやシミュレーション結果がお客さまの戦略に反映されたり、PDCAを回すお手伝いができる時にも充実感が得られます。
もちろん、仕事ではうまくいかないことも起こります。けれども、悩んでいる暇があるなら、反省すべき点は反省し、そこから解決策を考え、失点を挽回するための努力をする。そして、この失敗があったからこそ、より良い結論に至ったと大団円で終われるようにしたほうがいい。現実には、仕事と家庭、どちらも納得がいくまでやり尽くすには時間が足りないと感じることも多く、1日が36時間であればと感じることもあります。ですが、すきま時間をうまく使いながら、仕事も家庭も、どちらも楽しく前向きに取り組むよう心がけています。
アインシュタインは「It’s not that I’m so smart, it’s just that I stay with problems longer.(私は、それほど賢いわけではない。ただ、一つのことに人よりも長く向き合ってきただけだ)」という言葉を述べています。あきらめないで解を探し続けることが、成功や発見につながります。ですから、年齢や経験を重ねても安穏とせず、お客さまとの新しい刺激に満ちた現場に常に身を置きたい。生涯一現役で職人としてこの道を究めて、「この分野のことは、松下さんに聞いたらいいよ」と言ってもらえる存在になりたいですね。
関連サイト
マーケティングサイエンスコンサルティング部 プリンシパル/
未来創発センター 生活DX・データ研究室
松下 東子
Profile
- 1996年 野村総合研究所に入社
一貫して消費者の動向について研究し、企業のマーケティング戦略立案・策定支援、ブランド戦略策定、需要予測、価値観・消費意識に関するコンサルテーションを行う。日本人の意識と行動を実証的に分析・提示する「生活者一万人アンケート調査」(1997年~)を初回の実施から担当。
共著に『なぜ、日本人は考えずにモノを買いたいのか?』(東洋経済新報社)などがある。
活動実績
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2022年10月号 知的資産創造 2022年10月号
特集 コロナ禍で日本の生活者はどう変わったか
コロナ禍が日本の生活者にもたらしたもの
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2022年10月号 知的資産創造 2022年10月号
特集 コロナ禍で日本の生活者はどう変わったか
消費の重点分野と消費意識の変化
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2022年10月6日発行
日本の消費者はどう変わったか?
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2021/11/19
生活者1万人アンケート(9回目)にみる日本人の価値観・消費行動の変化
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2019年10月号 知的資産創造 2019年10月号
特集 価値観の変化とマーケティング
増加する子育て共働き男性の特徴と課題
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2019年9月5日発行
日本の消費者は何を考えているのか?
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2018/11/06
生活者1万人アンケート(8回目)にみる日本人の価値観・消費行動の変化 -情報端末利用の個人化が進み、「背中合わせの家族」が増加-
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2018/01/30
NRI「生活者年末ネット調査」からみる5年間の変化
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2017/01/17
NRI「生活者年末ネット調査」からみる4年間の変化
生活者動向
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2016年11月10日発行
なぜ、日本人は考えずにモノを買いたいのか?