デジタル時代を生き抜くためのデジタルトランスフォーメーション(DX)では、単に最先端のテクノロジーを駆使するだけでは不十分です。多様なデバイスを用いて、高度なスキルがない人でも、簡単かつ効果的にITシステムの恩恵を受けられる状態にすることが要求されます。野村総合研究所(NRI)の高井厚子は、まだテクノロジーを導入することが目的だった頃から、それを使う人の体験価値の向上にこだわって仕事をしてきました。
体験価値を媒介にすれば、同じ目線で課題に向き合える
NRIにはキャリア入社しました。前職は地図事業会社で、ウェブサービスの企画や運用を担当していました。ユーザーの反応やアクセス・ログ、届けられる声を見ていく中で、もっと利便性が高められないかと感じるようになりました。「使う人の利用品質にこだわったモノづくりがしたい」。それを幅広い業種業態向けに提供して活動の幅を広げたいと思い、お客様が多岐にわたるNRIに転職しました。
現在は、タブレットやスマートフォンなどデバイスの種類が増え、ITシステムの利用シーンや利用者も多様になっています。そのため、UI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)の重要性が広く理解されていますが、私がNRIに入社した当初のシステム開発の状況は違いました。特に、バックオフィスを支える業務システムでは、決まった要件に基づく画面設計が重視され、少々難解でも、使う人に慣れてもらえばいい、という考え方が主流だったのです。そこでNRI社内で、ユーザーの観点を取り入れたモノづくりの重要性を啓蒙。プロジェクトの提案や要件定義の段階といった、上流から参加させてほしいと売り込んだのです。その一方で、私自身もNPO団体の人間中心設計推進機構など社外の場を通じ、海外の事例や産学の取り組みについて情報収集をしながら 、UI/UXの知見を深めました。
その甲斐あって、ユーザー価値を起点としたモノづくりの醍醐味を味わえたのが、ある企業の海外現地法人DXプロジェクトです。紙やパンフレット、計算機を使ったアナログな営業手法から、タブレット上で必要な情報を取り出し、その場で商談できる業務フローへと変更しました。プロトタイプを作り、現場の反応を見て改良するために10カ月間で5回も東南アジアを訪問。高速で検証と改良を重ねる中で、顧客企業の担当者や現地のマネジャー、スタッフとNRIのチーム内も同じ目線になり、より良いものをつくろうと、一体感が生まれました。ユーザーの体験価値を触媒にすれば、共通のゴールが定まり、立場や利害の違いを超えて協働できることを実感しました。
デジタル時代に欠かせないプロデュース力を発揮したい
DX文脈の中で、何か新しいことをやりたい。ソリューションは揃っているので、何かしなくてはならないと、モヤモヤした思いを抱えているお客様が増えています。その中で、一緒にどんなユーザーに体験価値を届けられるのか、ひざを付き合せて議論し、形にすることが、私たちに期待されているミッションです。グループマネジャーとして、「アジャイルUX」の冠の下、ユーザー体験価値をスピーディーに提供できるように、実行支援型のサービス創出から成長までを伴走できるチームを目指してきました。また、その実現に向けて専門スキルを磨き、テクノロジー動向や流行に常にアンテナを高く張り、引き出しを増やすように努めています。
NRIでは、金融、保険、産業系、流通系など業界業種をはじめとして、顧客企業の課題やニーズ、仕事の内容も多様です。自分の知らない専門知識や先端分野について、社内を探せば必ず詳しい人が見つかり相談できることは、NRIの良さだと感じます。一方、幅広い仕事を通じて、自分の専門分野であるユーザー中心設計のプロセスや手法が普遍的に適用できることもわかりました。現場で観察を重ねていくと、カスタマージャーニーマップや業務フローに描ききれない実態が見えてきます。それを踏まえてオペレーションの流れを整理し、ユーザーのペインやニーズを可視化する。その結果、顧客企業の担当者も気付かなかった改善点が見つかり、解決に向けて支援できたときには充実感があります。
同じ会社のアプリや同じ機能なのに、サービスごとに全く違う使い方や体験になってしまう背景には、たいてい部門間で壁があり、共通のデザインをマネジメントしきれないという社内事情があります。しかも最近は、より幅広い価値観やテーマでデジタルサービスを実現するために、多様なスキルを持った人材やパートナーを集めて、プロジェクトを組む機会が増えています。その結果、従来のように顧客企業とベンダーの二者間では解決しきれない問題も多発します。だからこそ、使う人の体験価値を中心に社内外の関係者の目線を揃えて、NRIだからできるパートナーとの座組み、価値を掛け合わせる目利き力、プロデュース力を追求したいと思っています。
UI/UXでデジタル格差を解消し、幅広い人に恩恵を届けたい
UI/UXというと、視覚的な要素やシステムのありようを指し、そのための部品や道具を揃えるのが主な仕事だと思うかもしれません。しかし、本当の意味で体験価値を追求するには、自分たちなぜそのサービスを手掛け、誰を幸せにしたいのかという経営ビジョンを明らかにすることが大切です。それを共通の拠り所とした上で、ユーザーの反応を見ながら、PDCAを回してスピーディーに施策を投入し、異なる顧客接点でも同じ体験になるように組織間のコミュニケーションを図る。それで初めて、統一感のあるUI/UXが実現します。1つのサービスで終わらせず、経営の中に顧客起点での価値を採り入れる仕組みづくりにまで深く関わる仕事をしていきたいと考えています。
さらに社会全体に目線を広げると、デジタルの力を借りることで、日々暮らしがより豊かになったり、幸福感を持ったりすることが可能になる一方で、デジタルをうまく使いこなせる人とそうでない人の間で格差も広がっています。このような問題を解決する鍵は、「使いやすさ」にあります。難解な知識や複雑な操作を伴わずに、簡単に使えるものであれば、誰もが当たり前に日常生活の中でデジタルの恩恵を享受できるはずです。デジタルを活用して世の中や暮らしを豊かにするサービスを生み出すのと同時に、それを当たり前に使いこなせる世界になるように、今後も利用品質や体験価値にこだわって専門性を極めていきたいと思います。
サービスデザインコンサルティング部
高井 厚子
Profile
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地図事業会社に入社後、2001年NRIに入社。
ソリューション部門に在籍中、UI/UXを重視した多業態にわたるシステムの要件定義、設計開発を経験。UI/UX品質を導くためのユーザーフロントフレームワークを構築し弊社標準開発プロセスとして公開。UI/UX評価コンサルやPMOでのアドバイザリ、サービス企画などを実施。現在は、幅広くUI/UXデザインコンサルティングに従事。Hcd-net人間中心設計専門家認定。
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