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NRI トップ NRI JOURNAL 地域の未来像について【前編】――デジタルによる社会課題解決と未来創発

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地域の未来像について【前編】――デジタルによる社会課題解決と未来創発

東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 森川 博之教授 
NRI 未来創発センター長 研究理事  神尾 文彦

#価値共創

#政策提言

#DX

#イノベーション

2023/08/21

日本では人口減少に伴う労働力不足が加速度的に進んでいます。今後、社会機能を維持し、競争力を向上させるためには、デジタル技術を組み込みながら、生産性の高い都市や地域をつくっていく必要があります。デジタル時代の社会・地域づくりについて、東京大学の森川博之教授と野村総合研究所(NRI)未来創発センター長の神尾文彦が対談しました。

IT企業の夢と現場のギャップ

――デジタル技術を活用した地域や社会のスマート化はどのくらい進展していますか。

森川 いわゆる「スマートシティ」と聞くと、そこで大企業が事業を起こし、大きな新しい市場が生まれそうな期待感があります。しかし現実には、ゴミの回収システムなどの小さな事例はあるものの、必ずしも経済的に大成功しているとは言い難い。『スマート・イナフ・シティ』(ベン・グリーン著)という本は、グーグルなどのIT企業が謳う夢と現実との乖離について、歯切れよく指摘しています。例えば、自動運転を紹介するビデオに横断歩道は登場せず、要するに生活する人のことを考えていないのです。みんながそのギャップに気付きはじめ、より現場の実態に即してデジタルを利用しなければと意識することが大切です。

労働力人口が減る中で、地方の企業経営者は強い危機意識を持っています。働いていただける方がいないので、デジタルを使わなければ現場が回っていきません。まずはデジタルに親近感を持っていただき、デジタルを何らかの形で使おうと考えていただく方を増やすことが大切です。

神尾 生活者の視点は重要です。例えば東北のとある自治体では、街なかから道の駅までを、一般道ではなく廃線跡のサイクリングロードを使って自動運転の実証実験を行ったところ、利用者からの評判は上々でした。冬場は雪が降るので車の運転には不安があるが、街なかから道の駅まで他の交通手段がない。この町では、自動運転の車は昔のいわばローカル鉄道の代わりと認識されました。市民のイメージに沿ったサービスが展開されることで、デジタル活用は進みます。

私はかねてより、地方創生にはデジタルによる「ローカルハブ」(地方圏の活力を牽引する拠点)の形成が必要だと提案してきました。活力のある町を増やすためには、テクノロジーありきではなく、活力あるコミュニティと空間において、小さく試してポテンシャルがあればデジタルを構築するという進め方が重要だと思います。

生活圏として輝きを持つローカルハブ

――「ローカルハブ」とは、どのくらいの規模の都市を指しますか。

神尾 人口や経済の規模ではなく、生産性や事業創発など、質の面で一芸に秀でた街をイメージしています。このような街はビジネスだけでなく、生活圏としても輝きを放つ何かを持っています。ドイツにある生産性の高い地方都市と同じように世界とつながる求心力のある産業が息づき、新たな事業が次々と生まれる、そのような街の姿を思い描いています。

森川 日本の地方の経済規模は、海外と比べると、実は非常に大きいのです。県内総生産で最下位の鳥取県でも、天然資源が豊富で高い経済水準と充実した社会福祉を実現しているブルネイと同等です。道州制にしたら、欧州小国と同じくらいの経済規模になることもあるので、日本の地方都市はもっと存在感を高めて欲しいです。現状では、自治体の予算は国の補助金で補填されるので税収を増やすためのインセンティブが働きにくく、そこから見直す必要があるかもしれません。

個々人が自分事としてデジタル活用を考えよ

――地域や社会のデジタルを組み込むためには何が重要でしょうか。

森川 デジタル化と聞くと、難しくて自分にはわからないという感覚を多くの人が持っています。そこで重要になるのが、必要な時に「こんなことをデジタルで実現できるのか」と質問できる相手がいること。全員がデジタル人材になったり、プログラミングを学んだりする必要はありません。テクノロジー活用のヒントやきっかけは現場にあります。現場の一人ひとりが既成概念を取り払い、デジタルを使って何が実現できるのかを自分事として考える。それが地域のデジタル化につながっていくと思います。

神尾 私は最近、北海道帯広圏(帯広市、音更町、芽室町、幕別町)のデジタル戦略の立案に関わっているのですが、議論の中でデジタルという言葉はほとんど出てきません。帯広圏が誇る食・農業は出発点として、どうすれば街の人たちが幸せになり、その裾野を広げながら外から人を誘致し、一緒に働けるようになるかと、街のビジョンやあるべき姿を熱く語り合っています。まさに帯広圏で人々の幸せに関する何が得られるのか、ということです。単にデジタル化の総合計画をつくることだけを目的にするのであれば形骸化し、魂はこもりません。やはり、地域の将来像あってのデジタル化です。構想立案を支援し、さまざまな識者・プレーヤー・パートナーの連携を仲介する役割が企業(特に大企業)にあると思います。信頼関係を作りつつ、ビジネスにもつなげるべく活動を展開しているのです。


対談者プロフィール

森川 博之(もりかわ・ひろゆき)氏 東京大学大学院工学系研究科 教授。
東京大学工学部電子工学科卒。1992年、同大学院博士課程修了。博士(工学)。2006年、東京大学教授。2017年より現職。モノのインターネット/ビッグデータ/DX、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究に従事。著書に「データ・ドリブン・エコノミー(ダイヤモンド社)」「5G 次世代移動通信規格の可能性(岩波新書)」など。

神尾文彦(かみお・ふみひこ) 未来創発センター長・研究理事。
1991年にNRI入社。官公庁、地方自治体、公益団体などの調査・コンサルティング業務に従事。専門は都市・地域戦略、公共政策、社会インフラ戦略など。2022年に未来創発センター長に就任。多様な領域で活動する同センターのメンバーとともに、世の中から頼られ続ける存在となるべく、NRIのシンクタンク機能の再強化を進めている。

次のページ:地域の未来像について【後編】――デジタルによる社会課題解決と未来創発

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株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

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