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NRI トップ NRI JOURNAL 地域の未来像について【後編】――デジタルによる社会課題解決と未来創発

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地域の未来像について【後編】――デジタルによる社会課題解決と未来創発

東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 森川 博之教授 
NRI 未来創発センター長 研究理事  神尾 文彦

#価値共創

#政策提言

#DX

#イノベーション

2023/08/24

都市や地域がローカルハブとして、生産性と事業創造力(イノベーション)を向上させるためには、地域間連携や人材育成、公的機関と民間の支援企業をつなぐエコシステムの組成など、地域の特性を活かした活動が必要です。そこでは、デジタルの可能性をどのように捉えて、活用していけばよいのでしょうか。前編に引き続き、デジタル時代の社会・地域づくりについて、東京大学の森川博之教授と野村総合研究所(NRI)未来創発センター長の神尾文彦が対談しました。

前のページ:地域の未来像について【前編】――デジタルによる社会課題解決と未来創発

デジタルで何が起こるかは見通せない

――デジタルは社会にどのようなインパクトをもたらしますか。

森川 過去を振り返ると、洗濯機の発明は大きな社会的イノベーションでした。家事労働の負担を減らすだけでなく、同時に衛生観念が変わり、毎日着替えて洗濯することが習慣化し、衣料品市場が一気に拡大したのです。しかし、洗濯機の普及当初、これから衣料品市場がチャンスだと予見できた人はいませんでした。

デジタルといったテクノロジーも同じで、今は生産性を高めるものとみなされていますが、もっと新しいものが生まれてくるはずです。デジタルで物事は確実に変わるけれど、どう変わるかはわからない。それを前提に、身近なところから始めてみることが大切です。

神尾 地域や社会の課題では、何でもデジタルで解決できるという考え方になりがちです。人口減少はゆっくりと進み予測しやすいのに対し、デジタル化は非常にスピードが早く不確実性が高い。デジタルで意識的に変えるものと、無意識的に変わるものを切り分けて捉える必要があります。

森川 変わることを強制されると、人間はつらいものです。そういう人に響くのが「変わらないために変わり続ける」という言葉です。変わらないのは企業でいうパーパスや存在意義、変わり続けるのは事業を成功させる方策です。「変わらない」という接頭語があると、新しい試みを受け入れやすくなるのでしょう。

「人間力」を発揮して現場と協働する

――デジタル化の推進の要となるのは、どのようなことでしょうか。

森川 現場を動かす「人間力」のある仲介者の働きです。デジタルに詳しい技術者である必要はなく、共感力の高い方が向いています。そういった方がコミュニケーション能力を発揮して、デジタルが普及していない現場の心をつかみ、テクノロジー活用のアイデアまで引き出している事例も実際に起きています。デジタルの起点は現場にあるのです。私はよく、企業やテクノロジーをパーツとしてテトリスのように組み合わせることで価値が生まれると説明しますが、重要なのはテトリスのパーツを回転させてくっつける力です。共感力の高い人はその機能を担えるのです。

神尾 私は、高等専門学校の存在にも注目しています。もっとも、高専の卒業生の多くは大都市圏の企業や有力大学の大学院に流れる傾向にあります。しかし、彼らはデジタル・テクノロジーの能力を活かして地域企業の生産性向上や新規事業開発に貢献できると考えます。地域には、社会課題に関連する多くのデータが把握できるのです。地域には高専生が活躍できる環境が整っているのです。

――企業は外部の存在で、かつ短期的な利益が求められるので難しい立場にありますが、デジタル化にどう向き合えばいいでしょうか。

神尾 民間企業のビジネスサイクルは短いので、ともすれば長い時間を要する社会課題に関わるビジネスに取り組みづらいです。特に、ローカルハブのプロジェクトで生産性を向上させていくのは相当な時間を覚悟しなければなりません。どのレベルまで地域活性化に貢献するのか、ある種の事業継続の基準(撤退の基準)を設けて取り組むことが必要ではないでしょうか。

森川 私は、将来がわからないものにKPIを設定しても意味がないと考えていましたが、実態に合わせて定期的にKPIを変えながら進めて、ある程度試して駄目ならやめるという使い方をすべきだというのが最近の主張です。やめるにも度胸が必要で、KPIはそのきっかけになります。うまくいかなかった理由をしっかりと分析して、失敗も成果と捉える。それを繰り返して蓄積された知見が次につながります。

神尾 あるべき姿は変えず、ツールであるKPIは柔軟に変えてよい、ということですね。

失敗を活かして前向きに進める

――地方創生に取り組む企業や地域社会の方々にメッセージをお願いします。

森川 デジタルの取り組みは不確実性やリスクが高いからこそ、失敗を恐れず前進しようとする人たちを周囲が盛り立てていくことが大切です。

今年4月に米国の宇宙企業スペースXが開発中の巨大ロケット打ち上げに失敗した時に、現場を見守っていた社員たちが歓声をあげている様子が中継されていました。そして、「これで素晴らしいデータがとれたので、次が楽しみだ」と、皆の表情が明るかったのが印象的でした。エジソンは「私は失敗したことがない。 ただ、1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ」と語っています。このような姿勢を取り入れて、失敗を次につなげてほしいと思います。

神尾 地域のデジタル化には多くの企業が興味を示しますが、各社の持ち分など別の論理が働いて、うまく座組みがつくれないことがあります。もっとも、これからはこれまでの「マーケットイン(市場には入り込んで市場を創る)」から「イシューイン(社会課題にコミットすることでビジネスの種を見つける)」へのシフトが進みます。目指す将来像を念頭に置きながら、ある程度腰を据えて、地域社会や社会の声を聞いて取り組むことが、遠回りでもビジネスにつながると思います。多少の失敗はあっても、継続していけばチャンスは出てくるので、前向きの精神で地域に向き合うことが重要です。


対談者プロフィール

森川 博之(もりかわ・ひろゆき)氏 東京大学大学院工学系研究科 教授。
東京大学工学部電子工学科卒。1992年、同大学院博士課程修了。博士(工学)。2006年、東京大学教授。2017年より現職。モノのインターネット/ビッグデータ/DX、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究に従事。著書に「データ・ドリブン・エコノミー(ダイヤモンド社)」「5G 次世代移動通信規格の可能性(岩波新書)」など。

神尾文彦(かみお・ふみひこ) 未来創発センター長・研究理事。
1991年にNRI入社。官公庁、地方自治体、公益団体などの調査・コンサルティング業務に従事。専門は都市・地域戦略、公共政策、社会インフラ戦略など。2022年に未来創発センター長に就任。多様な領域で活動する同センターのメンバーとともに、世の中から頼られ続ける存在となるべく、NRIのシンクタンク機能の再強化を進めている。

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株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

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