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木内登英の経済の潮流――「新型肺炎で高まる日本経済のリスク」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2020/02/14

中国の湖北省・武漢で発生した新型コロナウイルスによる肺炎(新型肺炎)は日々拡大を続け、現在のところ終息のめどは立っていません。世界経済そして日本経済に与えるその影響を考える上では、2003年に蔓延したSARS(重症急性呼吸器症候群)の経験が参考になるでしょう。

SARSと比べて経済への悪影響は格段に大きい

SARSが蔓延した2003年4-6月期に、中国の実質GDP成長率は前年同期比+9%程度と、前期の同+11%程度から一時的に2%ポイント程度低下しました。同様のことが今回の新型肺炎で生じる場合、世界経済への影響は当時と比べて格段に大きくなるはずです。それは、世界経済の中での中国経済の規模が、この間に大幅に高まったからに他なりません。
IMF(国際通貨基金)の統計によると、中国の名目GDPが世界のGDPに占める比率は、2002年の4.3%から2019年には16.3%へと、4倍近くにまで高まっています。
仮に今年1-3月期の中国のGDPが、SARSの時と同様に2%低下する場合、世界のGDPは直接的に0.33%程度押し下げられます。加えて、中国経済悪化の影響が、他国に波及する効果も考慮に入れる必要があります。SARS以降、中国が世界のグローバル・バリューチェーンに深く組み込まれたことから、中国での生産停止の影響はより大きく他国の生産活動に及ぶことも考えられます。
こうした点を含め、中国のGDPが2%低下する場合には、世界のGDPは0.4%~0.5%押し下げられると推測されます。ちなみに中国のGDPが2%低下した場合には、日本のGDPは1年間で0.1%押し下げられると見込まれます。
これらは、中国のGDPが今年1-3月期に2%低下したまま、1年間戻らない場合の、2020年の世界及び日本の年間GDP成長率に与える影響の試算です。SARSの時のように、経済の顕著な落ち込みが概ね四半期程度で終わる場合には、年間の成長率への影響はそれぞれ4分の1程度となります。

メインシナリオで日本の2020年GDPは0.14%低下

今回の新型肺炎が日本経済に与える影響で、最も重要な経路となるのは、訪日観光客数の減少によるインバウンド需要の悪化です。中国政府は、日本を含む団体海外旅行を1月末から禁じました。中国からの日本向け旅行では、団体旅行が全体の4割程度を占めると見られます。また、日本政府も中国の一部地域に滞在歴がある外国人(中国人を含む)の入国を制限しています。
SARS発生後の2003年5月単月の数字を見ると、中国からの訪日観光客数は前年同月比-69.9%、訪日観光客数全体では同-34.2%と大幅に落ち込みました。しかし当時は、落ち込みから数か月程度で持ち直し傾向に転じています。今回、仮に当時と同程度の割合で訪日観光客数が減少するとしても、日本経済に与える打撃はより大きくなることは間違いありません。それは、2002年と2019年の間に、中国からの訪日観光客数は21.2倍、訪日観光客数全体では6.1倍にも増加したためです。
新型肺炎の影響により、2020年における年間の訪日観光客数が当時と同じ割合で減少(前年比約-15%)するとした場合、それは日本の2020年GDPを7,760億円、0.14%押し下げる計算となります。現時点では、これが現実的な想定なのではないかと思われます。
中国経済が今年1-3月期に2%低下し、4-6月期には持ち直す場合の日本経済への影響をこれに加えると、日本の2020年GDPは0.2%程度押し下げられる計算となります。日本経済が深刻な景気後退に陥る事態は回避され、持ち直し基調が維持されるでしょう。これが現時点でのメインシナリオです。

リスクシナリオではGDPの0.45%下落も

他方で、SARS発生後の訪日観光客数の急激な落ち込みの程度が、その後1年間続くと仮定し(前年比約-49%)、新型肺炎の影響を再び計算してみると、2020年の日本のGDPは2兆4,750億円、実に0.45%も押し下げられる計算となります。
中国経済が1-3月期に2%低下し、1年間持ち直さない場合の日本経済への影響をこれに加えると、2020年の日本のGDPは0.6%程度押し下げられる計算です。この場合、日本経済は深刻な後退局面へと陥る可能性が高くなります。ただし、現状ではこの想定は悲観的過ぎることから、いわゆるリスクシナリオの位置づけと言えるでしょう。
ところで、インバウンド需要の拡大は、日本経済の潜在成長率向上に繋がることが期待される、重要な政府の成長戦略の一つです。昨年来の日韓関係の悪化の影響に続き今回の新型肺炎の影響によって、インバウンド需要は二重の打撃を受けることとなってしまいました。これが一時的な現象で終われば問題ありませんが、先行き、新型肺炎の影響が薄れていく中でも、インバウンド需要に従来の勢いが戻らない場合は、成長戦略に大きな狂いが生じることになります。
新型肺炎の影響は、短期的な経済への影響よりも、日本経済の中長期展望にどのような影響を与えるのか、という点がより重要となるでしょう。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

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