気候変動の「リスク」と「機会」を織り込んだ戦略策定――シナリオ分析で描く長期ビジョン
#サステナビリティ
2020/03/23
近年、異常気象災害の頻度や規模が増大しています。世界で気候変動に対する意識が高まる中、2017年に「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」がその最終報告書において、企業に対し気候関連の情報開示を求める提言を行いました。これに反応して、日本企業の間でも賛同する動きが広がっています。企業は今、気候変動に関してどのような対応を求められ、どのような課題に直面しているのでしょうか。サステナビリティ(持続可能性)やESG(環境・社会・ガバナンス)投資などに詳しい野村総合研究所(NRI)の伊吹英子と新美雄太郎に聞きました。
複数シナリオを想定し、生き残れる戦略を考える
――TCFD提言が出された背景について教えてください。
新美:2008年にリーマンショックが起こり、従来の金融のあり方に疑問符が付く中で、環境や社会に配慮した形で投資活動を行うESG投資がより注目されるようになりました。その後、気候変動が金融市場に与える影響に対する危機感が高まる中、2015年に、G20の要請を受けて金融安定理事会(FSD)がTCFDを立ち上げました。そして、2017年6月に、企業に対して気候変動のリスクや機会に関する情報開示を提言するTCFDの最終報告書が発表されたのです。
――どのような情報開示が求められているのでしょうか。
新美:報告書では「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という観点から11の推奨開示項目が示されています。気温上昇の幅やそれに伴う政策、技術革新など未来の不確実性が高い中で、複数のシナリオを想定し、それぞれについて自社における「リスク」と「機会」を明確にして、気候変動に対する戦略のレジリエンスを示すことが求められています。
伊吹:内容を見ると、二酸化炭素(CO2)排出量削減に向けて各社が検討してきた事項と重なる部分もありますが、従来のCO2削減対策は比較的、短中期の時間軸での対応になりがちです。一方、TCFDでは2030年や2050年など長期の視点で「リスク」や「機会」を捉えます。そのため、例えば、電力をすべて再生可能エネルギーにする、技術革新に合わせて事業を転換させるといったように、将来を見越して思い切った投資の検討がしやすいようです。
長期の姿を描き、事業戦略に落とし込む
――日本企業のTCFD対応は進んでいますか。
新美:2019年10月に日本でTCFDサミットが開催されたことで関心が高まり、経済産業省などが働きかけたこともあって、日本はTCFD提言の賛同企業数で世界一となっています。また、金融機関だけでなく、製造業、食品、商社など非金融セクター企業が多いのも特徴です。ただし、取り組み自体はまだ始まったばかりなので、どの企業も模索中です。特に、11項目のうち「複数のシナリオを活用した分析」は初めて行う企業も多いと思います。単に情報を開示するだけでなく、長期の姿を描き、事業戦略とうまく結びつけることが今後の課題になります。
――シナリオ分析では、どのような検討をするのでしょうか。
新美:日本企業のTCFD対応を支援する業務が増えてきましたが、その際、私たちがよく用いるのが、今世紀末の気温上昇が2度未満になるときと、4度になるときのシナリオづくりです。例えば2度未満シナリオの場合、気候変動の抑制策として炭素税が導入されることが考えられますが、炭素税がどの程度で課せられると、どれだけ電気代が上がるのか、逆に、再生可能エネルギーの価格がどの程度下がり、電力の調達がどう変わるのか、といったように「リスク」や「機会」を評価します。そのうち重要度の高いものは財務的影響を定量的に把握したうえで、気候変動の緩和や適応に向けた対応策を考え、事業戦略に盛り込んでいきます。
伊吹:ここ数年、気候変動とサステナビリティを掛け合わせたプロジェクトを担当することが多くなりましたが、気候変動という切り口にすると、以前のサステナビリティ関連プロジェクトと比べて、より具体的な議論がなされやすいと感じています。例えば海面上昇による自社拠点への影響や、異常気象によるサプライチェーンへの影響など、経営層から事業部門レベルまで皆が自分事として認識できるのです。そして、気候変動を入り口とすることで、サステナビリティや社会的価値といった大きなテーマも考えやすくなると感じます。シナリオ作成や分析にトライすることで、全社的に共通認識を醸成することにもつなげられると思います。
サステナブル経営を推進・深化させるチャンス
――TCFD対応を進める際のアドバイスをお願いします。
新美:金融業界では、「グリーンスワン」、すなわち、気候変動をきっかけとして引き起こされる金融市場への壊滅的な衝撃に対して、中央銀行や金融監督当局だけでは対応しきれない状況になることを強く懸念しています。そのような中、投資家は、投資対象企業がどのように気候変動を捉え対応策を考えているか、という点をより注視するようになっています。事業会社では、気候変動も踏まえた長期の経営ビジョンを描けないと、市場から淘汰される可能性のある時代です。TCFD対応策としては、小手先の情報開示ではなく、シナリオ分析を活用し、長期ビジョンで将来像を描いて事業戦略にきちんと落とし込むことが重要です。私たちもそのご支援ができればと思っています。
伊吹:気候変動に対するリスクや機会を考えることは、自社のマテリアリティ(サステナビリティにかかわる重要課題)を見直すきっかけになります。この気候変動という差し迫ったテーマについて、経営層が積極的に議論することが望まれます。そして事業サイドを巻き込み、サステナビリティ経営を一気に推進・深化させる機運をつくっていけるとよいと思います。
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