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木内登英の経済の潮流――「緊急事態宣言と緊急経済対策」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2020/04/08

新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるため、日本政府は4月7日に、新型インフルエンザ特措法に基づく緊急事態宣言を発令しました。そして同じ日に、政府は事業総額108兆円の大型経済対策を閣議決定しています。

実効性の鍵を握るテレワークの拡大

緊急事態宣言の期間は、5月6日までの1か月です。対象区域に指定されたのは、東京、埼玉、千葉、神奈川、大阪、兵庫、福岡の7都府県ですが、その経済規模は国のGDPの47.5%と、ほぼ半分に達します(内閣府「2016年県民所得計算」による)。
首相は、宣言発令の狙いとして、「人と人との接触を極力減らし、医療提供体制を整えるため」と説明しています。医療体制が患者対応のキャパシティを超える、いわゆる「医療崩壊」への強い懸念も、政府が緊急事態宣言を発令した背景にあります。
東京都や大阪府などは、政府による宣言の発令以前に、週末の外出自粛要請を強く打ち出しており、既に相応の効果が確認されています。問題は平日の対応ですが、緊急事態宣言の発令を受けて、今後、対象となる都府県知事がテレワークの推進を企業に一段と強く要請していくことになるのではないかと思います。その際、企業は業務への相応の支障を覚悟の上で、テレワークの推進を加速させていくことになるでしょう。
そうなれば、経済活動への悪影響はかなり強まり、事態は欧米の状況に近付くのではないかと思われます。

7都府県で個人消費は6.8兆円減少と推定

そうした事態も考慮に入れて、緊急事態宣言の発令が日本経済に与える影響を考えてみたいと思います。緊急事態宣言に基づいて東京都で強い外出自粛要請などが打ち出される結果、個人消費のうち不要不急の約56%部分が減少すると仮定します。その場合、1か月間で東京都の個人消費は2.5兆円減少し、日本の1年間のGDPを0.4%押し下げる計算となります。
一方、緊急事態宣言の対象区域となる7都府県全体でも厳しい外出自粛要請などが打ち出されると、同様の計算で、個人消費は全体で6.8兆円減少することになります。これは1年間のGDPの1.2%に相当する、非常に大きな規模です。
緊急事態宣言が1ヶ月で終わらずに延長される可能性、また緊急事態宣言が終わっても外出自粛要請が続く可能性なども考えておく必要があります。その場合、経済への悪影響はさらに大きくなります。
ただし当面の経済を悪化させることになるとしても、感染の拡大を抑制し、医療崩壊を回避することを通じて国民の健康と生命を守るためであれば、緊急事態宣言の発令が正当化されることは言うまでもありません。

2020年度補正予算の規模に注目

同じ4月7日に政府が閣議決定した経済対策は、事業総額108兆円と非常に大規模となりました。これは、GDP比で約2割にも達するものです。
しかし、これによって未曽有の景気浮揚効果が生じる、と考えるべきではないでしょう。この108兆円には、既に昨年年末に決定された事業総額26兆円の経済対策が含まれており、また、資金繰り支援策、総額26兆円の税・社会保険料の猶予、なども盛り込まれています。そうした施策がなければ、企業の破綻や家計の生活の困窮化から経済はもっと悪くなっている、という意味では、こうした対策からもプラスの経済効果は生じます。
しかし、追加的な財政措置によって、経済がどの程度刺激を受けるのか、を推し量る場合には、2020年度補正予算に注目する必要があるでしょう。2020年度補正予算の規模は、16兆8,057億円です。その財源には、建設国債2兆3,290億円、赤字国債14兆4,767億円の新規発行が充てられます。

補正予算の大まかな内訳は、以下の通りです。

  1. 感染拡大防止策と医療提供体制の整備・治療薬の開発に1兆8,097億円
  2. 雇用の維持と事業の継続に10兆6,308億円
  3. 次の段階として官民を挙げた経済活動の回復に1兆8,482億円
  4. 強靭な経済構造の構築に9,172億円
  5. 新型コロナウイルス感染症対策予備費に1兆5,000億円
  6. 国債整理基金特別会計への繰り入れに999億円

景気浮揚効果はGDP0.9%程度と推定

そこで今度は、経済対策の景気浮揚効果を概算してみましょう。上記6項目のうち、新型コロナウイルス問題の収束後に支出される(3)は、当面の景気浮揚効果を発揮しないため控除して考えます。また、支出されるかどうか不明な(5)と、景気浮揚効果を生じさせない(6)も控除します。その場合、残りの財政支出は13兆3,576億円となります。
他方、建設国債発行の2兆3,290億円が建設投資関連の支出とみなすと、それ以外の財政支出が11兆286億円となります。建設投資関連については、土地収用分などを除いて、その7割がGDP押し上げに寄与すると仮定すれば、その額は1兆6,303億円となります。
企業や家計への給付金を中核とする11兆286億円については、消費や投資に回る比率は必ずしも高くないでしょう。その比率を3割と仮定すると、GDPの押し上げ効果は3兆3,085億円となります。
以上の2つを合計すれば、金額は4兆9,388億円です。これはGDPを0.90%押し上げる効果を発揮する計算となるのです。

重要なのはセーフティネットの拡充

このように、事業総額108兆円という規模からイメージされるほど、実際の経済対策の景気浮揚効果は大きくありません。緊急事態宣言の発令で強められる外出自粛要請などによって生じる経済の急激な悪化を、この経済対策で打ち消すことは到底できないのです。
しかし、今回の経済対策では、新型コロナウイルス問題で大きな打撃を受けた企業や家計を救済し、問題の収束後には元の経済活動に復するようにするための、いわばセーフティネット(安全網)の拡充が最も重要な点なのです。経済対策は、そうした面での役割は相応に果たしていると言えるのではないでしょうか。
ただし、新型コロナウイルス問題がいつ収束するか分からない中、セーフティネットの拡充は、今回の対策でも十分ではないでしょう。日々変わる事態に柔軟に対応する形で、政府は今後も追加の措置を打ち出していくことになるはずです。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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