2020/07/06
新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が発令中の4月29日、出光興産は経営陣25人による「オンライン役員合宿」を実施しました。前例のない取り組みを支援した野村総合研究所(NRI)の松田真一は「経営陣開発」(経営陣の組織開発、チームビルディング)に長年携わってきたエキスパート。同社のこの取り組みがウィズコロナ、アフターコロナの企業経営に与える示唆について聞きました。
前例のない「10時間オンライン漬け」の1日に挑む
――まず出光興産が「オンライン役員合宿」開催に至った経緯を教えてください。
昨年4月に出光興産と昭和シェル石油が経営統合した同社ではこの1年、意図的にあらゆる階層で多様なコミュニケーション機会をつくってきました。なかでも執行役員層はオフサイト形式の終日合宿を定期的に開催し、NRIはその運営を支援してきました。しかし新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、当初2月に予定していた合宿を一旦延期した上で、4月にオンラインでの開催に踏み切りました。
同社の丹生谷副社長は、その当時の思いを次のように語っています。
「これまで対面形式でやってきた時のようなコミュニケーションが、オンラインで実現するかどうかは分かりませんでした。しかし、役員合宿を通じて育んできた経営陣の信頼関係と変革へのモメンタム(勢い)を途切らせてはならないと考え、オンライン開催を決断しました」
――具体的に「オンライン役員合宿」はどのように進めたのでしょうか。
合宿の議題や内容について言及することは差し控えますが、その進行プロセスは対面形式の時と全く同じで、シンプルな合意形成の3つのステップです。
(1) ペアワーク …1対1の対話を通じて相互理解(参加者総当たり)
(2) グループワーク …その場で挙がったテーマ別にグループに分かれて議論
(3) 全体ディスカッション …グループ発表に対する質疑応答を通じて合意形成
オンライン運営上は下記の通り、2つの通信端末・アプリを併用しました。
実は合宿前まで、ほとんどの役員がZoomの利用経験はなく、Teamsのビデオ通話も自ら接続した経験がありませんでした(秘書や部下からの接続を受ける形で利用していた)。そのため、事務局が個別に事前の接続テストを行い、当日を迎えました。
――前例のない取り組みだったのですね。当日の様子はどうでしたか。
合宿の開始時刻は朝9時からだったのですが、8時過ぎには参加者が徐々にZoomの画面に登場し始め、「おはよう」「久しぶり」と挨拶を交わしていきました。その光景はオフサイトで合宿会場に集合した時の雰囲気とまるで同じでした。画面上の参加者が増えるにつれて「〇〇ちゃん、ミュートになっていて聞こえないよ」「その背景画面、いいねぇ」といった、和気あいあいの雑談が始まり、良いアイスブレークとなりました。
定刻に木藤社長が画面に登場して議論をスタート。役員同士がZoomやTeamsの操作を教え合って「挙手」や「資料共有」などの機能を使いこなすようになり、対面の時よりもかえって整然かつ生産的な議論が進みました。
最後は「オンライン飲み会」と称して、軽く乾杯して全員で振り返り。そこで木藤社長は「我々はオンラインでも『Heart to Heart』のコミュニケーションができると実感した」とその手応えを語りました。終了したのは夜7時。昼食も「オンライン・ランチ」をとりましたので、まさに「10時間オンライン漬け」の1日でしたが、Zoom画面上の25人には「心地よい疲れ」とともに達成感の笑顔があふれていたのが印象的でした。
今こそ役員合宿を「オンライン」に切り替える好機
――出光興産の「オンライン役員合宿」の取り組みが示唆することは何でしょうか。
大きく2つあると思います。1つは先行き不透明な「ウィズコロナ」の今こそ、経営陣がオンラインでコミュニケーションを取る姿を示すことで、社員に安心感、連帯感をもたらすということです。出光興産では合宿直後から、役員間のオンライン会議が(秘書等を介することなく)随時セットされ、頻繁に行われるようになりました。また、社内誌やイントラネットを通じて、合宿で議論した内容を25人が「マルチボイス」で情報発信し始めています。
もう1つは、「アフターコロナ」を見据え、経営陣がオンライン・コミュニケーションを率先すべきだということです。イノベーションや働き方改革などの変革を進めるには組織のタテ・ヨコ・ナナメのコミュニケーションの活性化が鍵ですが、これまで地理的・時間的な制約が障害となってきました。出光興産ではすでに、合宿で挙がったテーマごとに役員間で部門横断の議論(ヨコ)をオンラインで重ねており、今後はさらに部室長クラスを巻き込んだ議論(ナナメ)に展開、発展させる計画が進んでいます。
出光興産は必ずしもデジタル化が進んだ企業というわけではありません。これまでも対面形式のコミュニケーションを重視してきた一般的な日本企業です。つまり、こうした前例のない挑戦ができるかどうかは、経営者の判断次第なのです。
すべての企業経営者にとって、今こそ役員合宿を「オンライン」に切り替える好機だと思います。
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