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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「サプライサイドの経済政策が重要」

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木内登英の経済の潮流――「サプライサイドの経済政策が重要」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2020/09/11

新型コロナウイルス問題を受けて、国内経済は急激に悪化しています。2020年4-6月期GDP統計(二次速報)で、実質GDPは前期比年率-28.1%と戦後最大の下落幅を記録しました。これが一時的な悪化にとどまらず、日本経済の潜在力をさらに低下させてしまうことが懸念されます。

国内経済の潜在力低下に歯止めがかからない

国内経済は、安倍政権の発足直前の2012年11月を底に、2018年10月の山(暫定)まで71か月間と、戦後2番目の長さの景気回復を実現しました。世界経済の長期回復が、その強い追い風になったと思います。
しかしこの間、日本経済の潜在力は低下傾向を辿ったのです。日本銀行の推計によると、技術進歩などに基づく生産性上昇率を示す全要素生産性(TFP)上昇率は2010~11年をピークに低下傾向を続け、足もとでの潜在成長率の押し上げ寄与度は年率+0.1%程度にまで低下しています。それを背景に潜在成長率も、足もとで年率+0.1%程度まで低下しています(図表1)。
潜在成長率が低下傾向を辿る下では、国民は日本経済の将来に明るい展望を持つことはできないでしょう。また、労働生産性上昇率が低下傾向を辿る下では、国民は自らの将来の生活に明るい展望を持つことはできません。労働生産性上昇率は、個人の購買力を決める実質賃金の上昇率に大きな影響を与えるためです。
需要を刺激することを通じてデフレを克服しようと、国債発行で賄う形で財政支出を拡大すれば、日本経済の潜在力を一段と低下させてしまう可能性があります。国債発行の増加は将来の需要を前借りし、また次世代の負担を増やすことになるため、企業は中長期的な成長期待を低下させ、設備投資の拡大、雇用の増加や賃金の引き上げにより慎重になってしまう、と考えられるためです。

生産性向上策が最も重要

こうした点から、潜在成長率を高め、生産性上昇率を高める施策が、日本では最優先の経済政策だと考えます。生産性上昇率の向上は実質賃金上昇率の向上をもたらし、広く国民が自らの将来の生活に明るい展望を持てるようになるでしょう。
リーマンショック後と同様に、コロナショックをきっかけにして経済の潜在力がもう一段悪化してしまう可能性も否定できません。しかし、コロナショックというという逆風をいわば逆手にとり、経済の効率を高め、国民生活をより豊かにすることに繋げることは可能ではないでしょうか。以下では、その施策の例として2点挙げたいと思います。
第1は、他国と比べて日本が大きく遅れをとっていたデジタル化を、これを機会に前進させることです。
政府が7月17日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2020(骨太方針2020)」では、行政手続きのデジタル化、「デジタル・ガバメント」の構築を、一丁目一番地の最優先課題として位置付けています。e-Government(電子政府)は、クラウドサービス、e-Learningと並んで、日本が最も遅れているネット・サービス利用の分野です。OECD(経済協力開発機構)が2017年に発表した報告書によれば、OECD加盟36カ国中、日本はe-Governmentの利用で35位でした。行政手続きのデジタル化が進めば、民間のデジタル化を促す効果も期待できます。
また新型コロナウイルス問題は、図らずも、海外と比べて大きく遅れている日本のキャッシュレス化、決済分野でのデジタル化を前進させるきっかけともなっています。今や日本の消費者は、現金支払いに関わる衛生面での問題を強く意識するようになりました。米国のタフツ大学の研究チームの試算によると、米国での現金利用にかかる年間コストは、名目GDP比で1.2%にも達します。キャッシュレス化が経済効率を高める効果は大きいと考えられます。
骨太の方針には、中央銀行が発行する中銀デジタル通貨を検討する方針が盛り込まれました。民間が提供するスマートフォン決済などのデジタル通貨に比べて、より信用力が高い中銀デジタル通貨の発行によって、スマートフォン決済の利用が広がり、キャッシュレス化が進むのであれば、その発行も検討に値するでしょう。
キャッシュレス化の進展を入り口に、国民が広くデジタル社会を受け入れていくことになれば、経済の効率化効果は非常に大きいものとなるのではないかと思います。

サービス業の生産性向上を

第2は、サービス業の生産性向上です。新型コロナウイルス問題で最も深刻な打撃を受けた小売業、飲食業、宿泊業などのサービス業種は、海外と比べて日本の生産性が著しく低い、と長らく指摘されてきた代表的な業種です。日本生産性本部の「産業別労働生産性水準(2017)の国際比較」によれば、2017年の宿泊・飲食業の労働生産性水準は米国を100とすると僅か36.3、卸・小売業は32.3です。
感染リスクへの警戒が長期化することで、消費者はこうした分野での消費水準を従来よりも低下させるでしょう。現時点では、深刻な打撃を受けたこうした分野の企業や雇用を、給付金などを通じて救済するのが正しい政策だと思われます。しかし、売り上げが元の水準には戻らないとすれば、来年以降は、消費行動の変容を背景とする産業構造の変化を先取りする形で、こうした業種での企業の業種転換、労働者の転職を促す政策へと大きく転じていくことが、求められるのではないでしょうか。
そうした政府の取組みや企業の自助努力などを通じて、宿泊・飲食業、卸・小売業の4業種での生産性水準が、それを大幅に上回る米国の水準との格差の4分の1を縮小することができると仮定した場合、単純な計算によれば、日本の生産性全体は一気に8.3%も上昇することになります。
上記の2つの生産性向上策を進めることは、決してやさしいことではありませんが、コロナショックの強い影響が残る今だからこそ、大きな効果を上げることが可能なのではないかと思います。
新政権は、前政権の経済政策の効果と副作用を十分に検証した上で、デフレ克服を目標にする需要創出策から、日本経済の生産性を高めるサプライサイド(供給側)政策へと、一気に舵を切るべきではないでしょうか。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

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