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木内登英の経済の潮流――「悪い長期金利の上昇と八方塞がりの金融政策」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

木内 登英

時事解説

2021/03/10

各国中央銀行にとって頭の痛い問題となってきたのが、最近の長期金利の大幅上昇です。それは、株価の下落なども伴って、コロナショックからようやく立ち直りつつある経済に水を差してしまう可能性があります。長期金利上昇の主な震源地は米国です。米国の10年国債の金利は年初には1.0%を下回っていましたが、3月に入って一時1.6%台まで上昇しました。そこで、FRB(米連邦準備制度理事会)の対応が特に注目を集めているのです。

「良い金利の上昇」から「悪い金利の上昇へ」

米国経済がコロナショックから立ち直り、改善を続け、そのなかで物価上昇率も先行き高まっていく、との観測が米国での長期金利上昇の背景にあります。バイデン政権による1.9兆ドル(200兆円超)規模の巨額の経済対策も、そうした観測をさらに強めています。
金融市場の物価上昇率見通しを反映するとされる物価連動国債(5年物)から算出されるブレーク・イーブン・インフレ率は、3月に入ってFRBの2%の物価目標を上回る2.5%まで上昇しました。これは実に、2008年以来の高い水準です。
長期金利の上昇も、景気・物価情勢の改善を反映しており、また経済や金融市場全体の安定を損なわない場合には、それは「良い金利の上昇」と言えます。確かに当初は、長期金利の上昇は株価の上昇と足並みを揃えて進んでいて、「良い金利の上昇」だったのです。
ところが2月後半以降は、長期金利の上昇が株価の下落をもたらす局面が目立つようになってきました。金融市場全体の安定を損ね、また景気情勢の改善にも水を差しかねない、いわば「悪い金利の上昇」に転じてきた感があります。
実際には、金融市場の物価上昇見通しは行き過ぎているように思います。しかし、仮にそうだとしても、顕著な長期金利上昇や株価下落が実際に生じれば、それは経済を悪化させてしまうため、中央銀行としては黙認できないのです。また、安全資産である国債の金利上昇は、証券化商品、社債など様々なリスク性資産の価格調整も誘発します。それは金融機関に大きな損失をもたらし、金融不安に繋がる可能性もあるでしょう。

「テーパー」なき「タントラム」

足もとでの長期金利上昇は、かつての「テーパータントラム(Taper tantrum)」を思い起こさせます。「テーパータントラム」とは、2013年5月にFRBのバーナンキ議長(当時)が、金融緩和の修正を意味する、資産買入れ額の縮小を示唆したことをきっかけに、金融市場が大きく動揺した出来事を表現したものです。テーパーは「縮小」、タントラムは「癇癪(市場の動揺)」の意味です。特に新興国市場では米国からの投資資金が引き上げられるとの懸念から、通貨安と債券・株式市場の混乱が生じたのです。
これは、リーマンショックの打撃から米国経済が立ち直ってきたタイミングで起こりました。この点、今回の長期金利上昇の背景と重なる面があります。ただし今回は、FRBが資産買入れ額の縮小を示唆しないなかで、長期金利の上昇や金融市場の動揺が生じている点が大きく異なります。「テーパー」なき「タントラム」なのです。

FRBの物価目標政策の枠組み修正も一因か

米国で物価上昇懸念が高まり、長期金利が上昇している背景には、昨年FRBが発表した物価目標政策の枠組み修正があるのではないかと思います。FRBは、「物価上昇率がしばらく2%の目標水準を下回った後には、目標水準を上回る物価上昇率を一定期間容認して、物価上昇率が中長期間の平均で2%程度になることを目指す」、としたのです。物価上昇率が目標値を上回る、いわばオーバーシュートを容認するこのハト派色の強い新たな政策方針が、足もとでの市場の物価上昇率見通しの上昇、長期金利上昇の一因となった可能性が考えられます。
この新たな政策方針によって、将来的に物価上昇率が加速してコントロールできなくなる、との懸念が市場に浮上しているように思います。実際にそうなれば、いずれは遅れて大幅な政策金利の引き上げが実施される、との観測から長期金利が上昇するのです。
FRBがこの新たな方針を撤回して、早期に短期の政策金利を引き上げる可能性を示唆すれば、市場の物価上昇観測は抑えられ、長期金利の上昇も一服するかもしれません。
しかし、昨年鳴り物入りで導入したばかりのこの新たな枠組みを撤回することは、まさに朝令暮改となり、金融政策に対する信認を低下させてしまう恐れがあるため、実際には難しいでしょう。また、仮にそうした政策方針の修正を行なっても、長期金利の上昇が抑えられる保証はありません。

各国の金融政策は八方塞がりに

事情は他の中央銀行でも概ね同様です。政策金利の引き上げを直ぐに行わないとのメッセージを市場に送っても、物価上昇観測が高まって、逆に長期金利は上昇してしまう可能性があります。他方、政策金利を早期に引き上げる可能性を示唆しても、長期金利はまた上昇してしまう可能性があるのです。
ECB(欧州中央銀行)内では、長期金利の上昇を抑えるため、国債の買入れ額を増やすことも議論され始めた模様です。しかし、それは金融緩和の強化に他ならないことから、景気過熱観測や物価上昇懸念を煽り、やはり長期金利の上昇を後押ししてしまう可能性があるでしょう。
未曽有のコロナショックを経て、現在、各国の経済情勢は微妙な局面に差し掛かっています。その中で、各国の中央銀行はともに難しい金融政策運営を強いられているのです。しばらくの間は、「打つ手がない八方塞がりの状況が続く」のではないでしょうか。
長期金利の上昇を受けて、バイデン政権が財政拡張路線を大きく修正することや、株価の急落が市場の景気過熱懸念を冷やす、などの大きなイベントが生じない限り、中央銀行の政策だけで長期金利の上昇を抑え込むのは、当面は難しいかもしれません。
過去1年間、各国中央銀行はともに新型コロナウイルス問題による経済環境の悪化への対応に、全力を尽くしてきました。そうした政策がようやく功を奏してきたかに見えるこのタイミングで、各国中央銀行はまた新たな試練に直面しているのです。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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