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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「逆風が強まる暗号資産ビットコイン」

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木内登英の経済の潮流――「逆風が強まる暗号資産ビットコイン」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2021/06/10

昨年から高騰を続けてきた暗号資産(仮想通貨)ビットコインの価格が、足もとでにわかに調整色を強めています。5月19日には一時、前日比30%(ドル表示)もの急落を見せました。5月1か月間の下落率は33%となり、2018年3月以来、3年2か月ぶりの大きさとなりました。

環境負荷など社会的な課題が浮かび上がる

価格急落の直接的なきっかけとなったのは、中国の規制当局が国内金融機関に対して「仮想通貨に対するサービスを提供することを禁じる」と通告したことです。また、米EV(米電気自動車)メーカーであるテスラのマスクCEO(最高経営責任者)が、「ビットコインを同社のEVの購入代金として受け入れる」とした今年2月の方針を急遽撤回したことも、下落の要因となりました。
これらに加えて、ビットコインの社会的な課題にも注目が集まるようになっており、それも価格下落を引き起こしている要因と考えられます。その第1は、詐欺、マネーロンダリング(資金洗浄)など、犯罪に利用されてしまうことです。FTC(米連邦取引委員会)によると、2020年10-12月期から2021年1-3月期の半年間で、暗号資産詐欺で8,200万ドル近くの個人の資産が失われました。これは前年同期に比べて10倍近い金額です。FTCの統計は詐欺の被害者による自己申告によるもので、また対象は概ね米国内に限られるため、世界全体での被害総額はもっと大きいはずです。
第2の問題は、マイニングによる電力消費という環境負荷の問題です。テスラのマスクCEOがビットコインによるEVの購入を認める方針を急遽撤回した際に、その理由に挙げたのが、ビットコインによる膨大な取引記録を処理し、その報酬にビットコインを得るマイニング(採掘)の作業に、大量の電力を消費するという問題でした。CO2を排出しない再生可能エネルギー等によって発電された電気を利用すれば、環境への負荷はかかりませんが、それに切り替えるには追加のコストがかかるケースが多いでしょう。ビットコインは環境にやさしくない、との印象が広まってしまったのではないでしょうか。

個人投資家の損失問題も

第3の問題は、個人投資家の損失問題です。コロナ禍のもとでビットコインの取引が増加した背景には、デリバティブ(金融派生商品)取引の拡大があります。今年に入ってから、ビットコインのデリバティブ取引は、スポット取引を上回っているとされます。そこでは、借金によってリターンを増幅させるレバレッジをきかせた投資が行われているのです。規制の緩い米国の暗号資産取引所では、主要取引所に比べて高いレバレッジが許容されています。
高いレバレッジのビットコイン投資は、うまくいけば大きな利益を上げることがある一方で、価格下落時などには巨額の損失を投資家にもたらすことになります。これは、大きな社会問題へと発展する可能性も秘めているでしょう。
以上の3つの社会的課題は、投資家がビットコイン取引を控える要因として重要性を増してきているでしょう。少なくとも、機関投資家はそうした傾向が強く、ビットコインが株式、債券などと並んで伝統的な投資対象(アセットクラス)としてその地位を定着させる道は、かなり遠のいたのではないかと思われます。

本質的な価格のボラティリティの高さ

ところで、ビットコインの価格の高いボラティリティ(変動幅)の底流にあるのは、そもそもビットコインの価値が不明確であることです。ビットコインを支える分散型元帳技術のブロックチェーンは非常に利用価値が高いものですが、ビットコインだけではそうとは言えません。価値が明確でない資産は、いわゆる価格発見機能が低く、何らかのショックで価格のボラティリティがひとたび高まると、それを収束させるメカニズムが働きにくいのです。
ビットコインは株式や債券のようにキャッシュフローを産みません。その点ではコモディティ(商品)に近いのですが、金(きん)のように宝飾用、工業用に利用される明確な価値もありません。
ビットコインの唯一の価値は、銀行送金などと比べてより安価な送金を可能にすることですが、実際にはその価格変動の激しさなどが制約となって、支払い手段としてはほぼ使われていないのが現状です。

コロナ問題の緩和も逆風に

ビットコイン価格は、個人投資家の影響を強く受けて、最近まで大きく押し上げられてきた面があります。年初にみられた米国株の一部銘柄での価格乱高下を主導したのは、オンライン証券ロビンフッドのアプリを利用するロビンフッダーら個人投資家でした。彼らは、ヘッジファンドなど機関投資家の権威に反発して、株式市場の民主化運動を行っていると自認しています。ビットコインも、通貨を中央銀行などという権威の管理から解き放つ、とのコンセプトで生み出されたもので、共に権威への抵抗という点で共通しているのです。そのため、彼らはビットコインの投資にも積極的、と考えられます。
そして、昨年来のビットコインの価格高騰は、コロナ禍の影響を受けている可能性が考えられます。コロナ対策で米政府が個人に支給した給付金、支援金の一部が、株式市場とともにビットコイン市場にも流れ込んだ可能性があります。また、コロナ禍で巣籠もりを強いられる中、個人は株式投資とともにビットコインの投資にも時間を割いてきた、と考えられます。
そのため、ワクチン接種の広がりを受けて米国経済が回復に向かい、個人が自宅にいる時間が短くなると、それはビットコイン市場には逆風となるのです。同じことは、個人投資家の影響力が大きい株式市場についても言えることです。
コロナ禍で形作られた米国株式市場のいわゆる「コロナ相場」は、経済活動の再開によってむしろ終焉を迎える可能性があるのではないでしょうか。足元でのビットコイン相場の急落は、その前兆と言えるのかもしれません。

木内登英の近著

決定版 リブラ

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世界を震撼させるデジタル通貨革命

プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

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