2021/09/02
「フィジカルインターネット」による物流改革に、欧米企業が取り組み始めています。これは輸送手段や倉庫をシェアすることで、トラック運転手不足に対応すると同時にエネルギー消費を抑制し、持続可能性を高める考え方であり、物流課題が山積する日本でも注目を集めています。米国でロジスティクスを学び、日本におけるフィジカルインターネットの第一人者である野村総合研究所(NRI)の水谷禎志が、新たな物流革新の手法について語ります。
今のままではモノが運ばれなくなる
物流業界は、ネット通販の普及に伴う小口配送の増加で輸送業務効率が低下するという悩みを抱えています。昨今はコロナ禍による通販需要の急増で、この問題がさらに悪化しています。その外にも物流業界は多くの問題に直面しています。人手不足、トラック運転手の高齢化、長時間労働、デジタル化の遅れ……。水谷は物流業界の深刻な状況を説明します。
「物流量は増えていますが、小ロット化や配送時刻指定の増加で、トラックの積載率は直近20年間で実は20%近くも下がっているのです。トラック運転手不足が叫ばれているのに、こうした状況が改善されなければ、いずれ私たちの日常生活にも支障をきたすことになるでしょう」
この危機的事態を回避する手法として、注目されているのが「フィジカルインターネット」です。トラックや倉庫をシェアすることで、物流に関わる資源(人・車両・施設・エネルギー)の使用効率を高める仕組みとして期待されています。
インターネット回線のように輸送手段を共有する
水谷が説明を続けます。
「モノを運ぶには、トラック、鉄道、船、飛行機など、さまざまな輸送手段があります。例えば、荷主であるメーカーが製品を出荷する際、物流会社に委託したり自社でトラックを手配したりして、顧客に指定された場所・日時に製品を届けます。ところがフィジカルインターネットでは、極論すれば荷主が決めるべきは「何をいつまでに届けるか」のみ。荷主は輸送手段や経路を気にする必要はありません」
水谷は、私たちが利用するインターネットを例に挙げます。
「インターネットでは、データがパケット(小包)に分割され、共有された複数の回線・ルーターを最適なルートをたどって瞬時に送信者から受信者に届けられます。インターネットを利用する私たちがデータを送るとき、どの回線をどうたどるかを気にすることはありません。この仕組みを物流にあてはめたのがフィジカルインターネットです。輸送手段や倉庫を関係者がシェアして効率的な物流を実現する。まさに物理的(フィジカル)なインターネットなのです」
日本でも、一部の企業同士で共同輸送が始まっています。これらは、フィジカルインターネットの萌芽事例と考えてよいのでしょうか。水谷は答えます。
「確かに、複数の企業が協力して共同輸送を行っています。しかし、これは参加できる企業が限定されたクローズドなものです。フィジカルインターネットが狙うのは、基本的なルールさえ守れば誰もが利用できる、究極のオープンな共同輸送です」
米国で学んだ物流、そしてサプライチェーン改革支援の経験
水谷がフィジカルインターネットを初めて知ったのは2018年、アトランタにあるジョージア工科大学を訪れたときでした。
「たまたま、フィジカルインターネットセンターという看板を目にしました。そこにはP&Gなど有名企業のロゴが並んで表示されていました。気になって調べていくと、フィジカルインターネットは日本が直面する物流問題の解決に寄与する可能性があること、私のこれまでの経験を活かせる分野であることがわかり、フィジカルインターネットにのめり込んでみようと思いました。アトランタに行った目的は物流ソリューションの最新情報収集だったのですが、そこでフィジカルインターネットに遭遇したのは想定外の収獲でした」
水谷はNRIに入社当初は、交通・物流分野の調査研究に携わりました。その後、米国に留学してロジスティクスを学び、帰国後はサプライチェーン改革のコンサルティングプロジェクトに従事しました。
「カリフォルニア大学バークレー校に留学し、なるべく少ない人数の運転手で配達時間帯指定を守りつつモノを運ぶ経路を見つける『組み合わせ最適化』に取り組みました。指導を仰いだカルロス・ダガンゾ教授の著書『ロジスティクスシステム分析』の影響を受け、サプライチェーンに関心が広がりました。留学を終えNRIに戻ってからは、製造業・流通業のサプライチェーン改革をお手伝いしました。その中には、離散事象シミュレーションという手法を使って、『どの工場でどの製品を作るか、そのために必要な製造設備にどれだけ投資するか』といった経営意思決定を支援するプロジェクトがありました。こうした経験はすべてフィジカルインターネットにつながるものでした」
ゼロエミッションの実現手段に
水谷は現在、ヤマトグループ総合研究所の客員研究員として、フィジカルインターネットの考え方を日本に広めるため、シンポジウムや研究会等の運営や情報発信活動を続けています。その貢献が認められ、2021年6月に開かれた第8回国際フィジカルインターネット会議において、Physical Internet Builder Awardを受賞しました。
【画像】第8回国際フィジカルインターネット会議での授賞式の様子。人物上から、ALICE 事務局長のFernando Liesa氏、NRI水谷、パリ国立高等鉱業学校のEric Ballot 教授、P&G社Research Fellow のSergio Barbarino氏
フィジカルインターネットは現在、欧米で学術界が牽引しながら進んでいます。欧州で物流改革に取り組む非営利団体ALICEが、EUが目標として定めた2050年のゼロエミッションを意識し、2040年にフィジカルインターネットを実現するロードマップを策定しました。フィジカルインターネットに率先して取り組んでいる代表的企業はP&Gです。 「同社は2020年12月に『2030年に輸送に伴う地球温暖化ガス排出量を2020年基準の半分に減らす』という目標を掲げました。オープンイノベーションを進める仕掛けを活用し、社内はもちろん、社外とも協力しながらフィジカルインターネットを進めるP&Gの姿勢には、大いに学ぶべきところがあります」
サービスレベルの高い日本ならではのフィジカルインターネットを
一方、日本は「フィジカルインターネットに関心を持つ企業が増え始めている」状態だと水谷は話します。
「フィジカルインターネットだけに限らないのですが」と前置きして、日本企業が抱える課題を水谷は次のように指摘します。
「物流やサプライチェーンの変革に迫られたとき、経営者の意思決定を促すには、変革の目標を定めた上で、業務プロセスの選択肢として何があるのか、選択肢それぞれのメリット・デメリットは何か、どれほどの投資対効果を期待できるのかを示し、合意形成を図る必要があります。それに役立つ知識がオペレーションズ・マネジメントです。しかし、日本企業にはオペレーションズ・マネジメントを習得した人材が少ないのです。また、チーフ・ロジスティクス・オフィサー(CLO)やチーフ・サプライチェーン・オフィサー(CSCO)が設置されている日本企業は少数派です。物流やサプライチェーンの責任者が経営意思決定で影響力を発揮できているかというと、それは限定的であると観測しています」
知恵の獲得と地位の向上が、フィジカルインターネット実現に必要と水谷は考えています。
欧米が先行するフィジカルインターネットですが、「日本から発信できることはある」と水谷は言います。
「欧米に比べて日本は狭い土地に多くの人が住んでいますから、貨物の発生密度が高いです。また、消費者が物流サービスに求めるレベルも高度です。さらに物流現場には多くのノウハウが蓄積されています。かつて日本で生まれたトヨタ生産方式は、米国で『リーン生産方式』として形式知化され、世界中に広まりました。日本の物流現場で培われたノウハウを形式知化し、日本ならではのフィジカルインターネットの姿を研究して海外に発信すれば、日本に対する関心が高まるのではと期待しています」
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