フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ NRI JOURNAL パート女性の「働き損」、官民の知恵総動員で克服を

NRI JOURNAL

未来へのヒントが見つかるイノベーションマガジン

クラウドの潮流――進化するクラウド・サービスと変化する企業の意識

パート女性の「働き損」、官民の知恵総動員で克服を

グローバル産業・経営研究室 武田 佳奈
制度戦略研究室 室長 梅屋 真一郎
戦略企画室 佐々木 雅也

#時事解説

#政策提言

2023/02/03

近年、物価高による消費の落ち込みが問題となっています。その解決策として有効なのが、非正規雇用者、なかでもパートタイム労働者の所得増です。
時給は上昇し続けているのに、こうした労働者の年収が上がらないのはなぜなのか。現状を打開し、労働者が自ら年収を上げるにはどうすればいいのか。これを探るため、野村総合研究所(NRI)未来創発センターでは、2022年9月に「有配偶パート女性における就労の実態と意向に関する調査」を実施しました。その調査結果を交えながら、同センターの武田佳奈、梅屋真一郎、佐々木雅也が具体的な解消策を提案します。

「長く働けば損をする」という矛盾

今、日本では、輸入に頼る品目を中心とした物価上昇により、家計の負担は増す一方です。この物価高で想定される家計の負担増は年間10万円規模とも言われており、これは世帯の消費支出の3%程度に当たります。こうした家計への負担増は消費を落ち込ませ、企業の業績悪化や賃金の抑制を生む「負のスパイラル」を引き起こします。その結果として、継続的な経済の縮小にもつながる可能性があり、早急に解決すべき問題です。

こうした状況を打破するのに有効なのが、非正規で働く人の賃上げです。近年働く人が急増する中で、非正規雇用者の人数は30年間で約2倍に増え、全雇用者の3割以上を占めています。こうした非正規雇用者には女性が多く、共働き世帯でも妻は非正規で働いているという家庭が大半です。目先の世帯所得を増やすという観点でも、非正規雇用者の賃上げは避けて通れない課題であることがわかります。

しかし、非正規雇用者の賃上げは一筋縄ではいかない難しさを抱えています。その原因のひとつは「年収の壁」です。「年収の壁」とは、税金や社会保険料の支払い、配偶者の勤め先から支給される家族手当の支払いの対象になるかならないかという境目のことを指します。「年収の壁」を超えて働けば、増えた収入が打ち消されるどころか、かえって世帯収入が減ってしまう「働き損」にもなりかねません。
かといって、これを取り戻すほどに年収を上げるには、労働時間を大幅に増やす必要が出てきます。そのため非正規雇用者、特にパートタイム労働者の大半は「働き損」が生じない範囲に年収を抑えようとします。これが「就業調整」と呼ばれるものです。時給が上がれば「年収の壁」を超えずに働ける時間が短くなります。つまり、事業者が時給を上げれば上げるほど、労働者は働けなくなり、人手不足が加速するという、皮肉な事態になっているのです。

「年収の壁」は、働くほど保育を利用しにくくなるかもしれないという問題も抱えています。「年収の壁」のうちでも最も多くの人が意識する年収100万円を上限とすると、現在の平均時給である1,263円で働けるのは66時間まで。一方で、国が定める保育の利用が可能となる保護者の就労時間の下限は、48時間から64時間のあいだです。このまま時給が上昇していくと「年収の壁」を超えずに働ける時間はさらに短くなり、もう間もなく64時間を割り込みます。国をあげて「もっと働いてください」と呼びかけているにも関わらず、長く働くと「働き損」になり、さらには子どもを保育所に預けられなくなるかもしれない。
「年収の壁」は、夫が働き妻が家庭を守るという考え方が一般的だった時代に、所得のない専業主婦にも年金を受け取る権利を与えようと生まれた経緯があります。しかし、共働き世帯の数が共働きでない世帯の数を上回り、夫婦がともに働いて家計を支えることが珍しくなくなりました。実態の変化に制度の変化が追い付かず、こうした大きな矛盾が生じてしまっているのです。

“働き損”の解消がもたらす、長期的な経済回復効果

「年収の壁」による「働き損」を解消するには、2つの施策が考えられます。1つめは「年収の壁」を越え、社会保険料の支払い負担が増えたことで発生する手取りの減少を補う施策です。2つめは「働き損」につながる家族手当の所得制限撤廃を企業に促す施策です。

これらの施策が実行されて「働き損」がなくなり、仮に非正規で働く妻が労働時間を2割増やしたとすると、100万円だった年収は単純計算で120万円に、500万円だった世帯年収は520万円に増えることになります。これは世帯年収の4%増に相当し、実質的な賃上げと同じくらいのインパクトをもたらすでしょう。20万円の世帯年収増は、物価高による家計負担額である10万円をカバーして余りある金額。こうしたインセンティブを実感できれば、労働者は「年収の壁」を自ら越え、今よりも多く働くようになるでしょう。実際、NRIが「就業調整」を行うパートタイム有配偶女性を対象に実施した調査で、「働き損」がなければもっと働きたいとする人が約8割に及びました。

「働き損」解消の効果は、世帯単位にとどまりません。同様に労働時間を2割増やす場合、パートタイム有配偶女性全体の収入総額は約1.3兆円増加することになります。これによって追加的な生産による収入増が1.3兆円、追加生産による雇用者報酬増が0.3兆円見込め、全体として約2.9兆円もの経済効果が見込めます。これはGDPの0.5%分の経済波及効果に相当します。労働時間を4割増やすことができれば、GDPのおよそ1%分の経済波及効果となり、経済再建効果も期待できるでしょう。

これを事業者側から見ると、社会保険料分の負担増になるという側面もあります。しかし労働力不足が深刻化する中、処遇改善によって一定のスキルを持った人材の労働力を確保できることは、企業にとっても大きなメリットではないでしょうか。労働時間を延長し社会保険を適用するなどの処遇改善を実施した事業者が利用できるキャリアアップ助成金をはじめとする国の制度を利用すれば、事業者の負担を軽減することも可能です。

NRIの試算では、現状のままでは2030年に500万人近い人手が不足します。しかし、パートタイム労働者が今より月17時間長く働き、労働時間が2000年前半と同程度の月96時間になれば、2030年の労働需要を満たせることがわかりました。このとき仮に時給を1,500円とすると年収は180万円、手取りで147万円。「年収の壁」を意識して年収100万円で働く場合に比べて、1.8倍にまで増加します。これが実現すれば、足元の物価上昇に対する経済対策そして新たな労働力の確保に即効的に効果をもたらします。ひいては女性の経済的自立やそれを通じた分厚い中間層の復活にもつながると考えています。

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn
NRIジャーナルの更新情報はFacebookページでもお知らせしています

お問い合わせ

株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

NRI JOURNAL新着