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デジタル産業における日中連携、その可能性と方向性

未来創発センター 李智慧

#DX

#政策提言

2023/03/13

中国デジタル経済の規模は年々拡大し、2021年すでにGDPの4割近くを占めており、経済社会の発展の大きな原動力となっています。工業、農業、サービス業等既存産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するために、デジタル技術、デジタル製品やサービス、インフラならびにソリューションを提供する「デジタル産業」は、デジタル経済の発展を後押しします。
日中におけるデジタル産業の特徴を比較すると、要素技術を含むデジタル部品・機械設備等のスマート製造分野では、日本が相対的な優位性を維持している一方、中国では国内の巨大な消費者市場を背景にデジタル技術の社会実装が進み、アリババやテンセントのようなメガ・プラットフォーマーを輩出し、AI(人工知能)やクラウド・コンピューティング等のデジタル技術応用分野の産業が急速に成長しています。両国は異なる領域でそれぞれ優位性を持っていることから、各領域における補完関係を発揮し、これまで、日中両国の企業は多様な連携スキームを通じ、スマート物流、スマート介護等様々な分野で連携を実施してきました。
野村総合研究所(NRI)は、中国のICT分野で著名な中国信息通信研究院との共同プロジェクトの中で、デジタル産業における日中の連携スキームや成功要因について研究しています。その結果を踏まえ、未来創発センターの李智慧が日中デジタル産業連携の方向性を提言します。

日中デジタル産業を取り巻く環境と連携事例

日本と中国のデジタル産業連携を取り巻く政策・規制の環境はより厳しいものに変化しています。ハイテク分野の技術輸出規制の強化は、企業などに対してコンプライアンス・リスクに配慮した国際事業展開を求めるようになりました。データの流通と保護について国家間で考え方が分かれ、有効な国際的枠組みが未整備の状況下で、ハイテク分野等の連携では、日中両国の企業が慎重姿勢をとる傾向があります。
しかし、このような状況下においても、日中デジタル産業に補完関係があることから、日中デジタル企業がお互いの強みを発揮し、これまでに多様な連携事例が生まれました。その一例として、ソフトウエア応用技術のローカルカスタマイズ・ソリューションがあります。中国の51WORLDは日本の大手企業に対して、デジタルツイン技術を活用した人流シミュレーションのソリューションを提供しています。これは日本企業の本社の建物内部やその周辺地域をデジタルツイン技術で再現し、災害発生時の人の流れを可視化してシミュレーションすることで、避難時のルール設計を最適化する取り組みです。

この取り組みは、51WORLDから、デジタルツインの標準化テンプレートなどの製品やサービスの提供だけでなく技術の輸出も行うものであり、日本企業の公共空間の可視化や災害時の人流の分析・管理の高度化に貢献しているとともに、日本企業のDXの加速化にも寄与しています。

サービスを提供する際に、51WORLDはあくまでも自社プラットフォームの利用環境、標準化テンプレートやツールのみを提供するため、データそのものは提携先の日本企業によって生成・管理され、日本国内に保存されます。先端ソフトウエア応用技術の活用における日中連携のひとつの成功例だと言えるでしょう。

日中デジタル産業の9つの連携スキーム

これまで日中デジタル産業連携において、物流業、建設業、観光業等の分野を中心に、多くの事例が生まれました。本研究ではそれら先行事例を調査分析し、日中デジタル産業の連携スキームを9つのパターンに分類しました。(図1)
従来多く見られた「デジタル製品の直接供給」と「標準化ソフトウエア・ソリューションの直接輸出」のみならず、最近では、「ソフトウエア応用技術の共同開発」や、「プラットフォーム・サービスの共同開発」を含めた高付加価値の創出に発展する事例も見られ、日中デジタル産業は多様な連携スキームを有しています。従来の単純な製品供給に比べて、自動運転技術の共同開発のようなデータ流通を伴う連携は、サービス・ソリューションの高付加価値化と高い経済波及効果が期待できます。

図1 日中デジタル産業の連携スキームと日中間の新しい協力関係の可能性

図1の「ソフトウエア応用技術の共同開発」(C1)領域における事例を紹介します。自動運転技術のスタートアップPony.ai社(中国名:小馬智行)は、2016年に米国のシリコン・バレーに設立された企業であり、米国と中国のAI人材を活用して、自動運転に必要なセンシング・ハードウエアの設計および制御アルゴリズムの開発を中心に取り組んでいます。中国と米国での自動運転の公道実験を進め、両国の運転シチュエーションに適合した自動運転ソリューションの開発に自社の強みを確立しつつあります。
Pony.ai社の自動運転技術を評価したトヨタ自動車は、19年8月に同社と提携し、中国で自動運転の公道実験を共同展開することを発表しました。初期段階としては、トヨタ傘下であるレクサスブランドのSUVを土台にPony.ai社のシステムを搭載して実証実験を行い、翌20年2月には、トヨタ自動車がPony.ai社に4億ドルを出資しました。22年11月8日、両社が上海で開催する輸入博覧会で、トヨタ自動車のロボタクシーに向けた車両(Siena Autono-MaaS)にPony.ai社が開発した第六世代L4自動運転システムを搭載した自動運転タクシーを公開し、23年の前半をめどに中国でビジネス展開する計画を発表しました。
中国はかつて、自動車技術を海外から手に入れるために「市場をもって技術と交換する」方策を取り、外資系自動車メーカーを誘致しながら中国系資本との合弁を多くつくりましたが、近年は中国での自動運転技術の向上に伴い、新しい連携スキームが生まれました。自動車の製造で長年ノウハウを蓄積してきたトヨタ自動車がPony.ai社との連携により自動運転領域を共同展開していこうとする姿勢から、日中間の新しい協力と補完関係の可能性を見て取れます。

日中デジタル産業連携の「3つの方向性」

ただし、日中のデジタル産業連携には懸念点もあります。目下の国際情勢の影響、日中両国のデータセキュリティ等にかかる政策・制度の違いなど、幾つかの不確定要素が連携の制約要因とならざるをえません。特に、地政学リスクや日中間信頼を醸成できる連携環境の未整備といった外部要因が、両国のデジタル産業連携に制約をもたらしているのです。

上記の懸念点を踏まえて、当面における連携の方向性としては、データの越境移転を伴わない前提で、競合関係が形成されにくい分野から取り組み始めることが現実的です。今後の日中デジタル産業連携には3つの方向性があると考えます。1つめは、製品・技術の共同開発とプラットフォーム・サービスの共同イノベーションです。製品の直接共有やデータローカライゼーション、一国内に限った企業間データ流通による共同開発など、データの越境移転を伴わない連携が想定されます。

2つめは、社会課題への対応です。日中共通の社会課題である少子高齢化や防災・防疫などの分野について両国が蓄積してきた知識・経験を、デジタル製品やアルゴリズムの開発などを通して相互に輸出することで、両国国内における社会課題解決を促進できます。

3つめはグローバル課題への共同対応です。たとえばカーボンニュートラルの実現は、世界各国の共通課題です。その中で日中は、双方が認めた形でカーボン・フットプリントに関連するデータの越境流通の仕組みを作り、グローバル企業向けにサプライチェーン全体の炭素排出管理を支援するといった連携が可能です。

いずれの方向性でも、日中デジタル産業連携を促進するには、互いへの信頼の醸成が重要です。その実現にあたっては、企業向けのトラスト環境整備とデータ流通の仕組み構築を推進し、産業政策の活用による実証実験を通じ、関連の制度や仕組みを整備していくことが重要です。特に信頼を醸成するための企業向けのトラスト環境整備では、シンガポールのような外国企業との信頼関係の醸成につながる制度や仕組みも参考となります。(図2)
今後、日中両国間においても、民間の友好団体を中心に、対話と交流を通じ、まずは企業のトラスト環境整備のあり方を検討していくことを提言します。

図2 デジタル産業分野におけるシンガポールと中国の連携モデル

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