2023/10/06
ChatGPTの登場は、生成AI産業に大きなインパクトを与えました。特に中国は国家レベルでAIの開発を支援するなど、世界に先駆けた技術獲得を目指しています。中国の生成AIサービスはどのような特徴があり、世界に先行してAI規制を策定した政府の思惑はどのようなものか、本テーマに詳しい未来創発センターの李 智慧エキスパートに聞きました。
急速に発展する中国の生成AI産業
中国の生成AI市場は今、急速に成長しています。2023年のChatGPTブームを受けて、その勢いはさらに加速しました。現在ではメガテック企業であるBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)に加え、ベンチャー企業から産業分野向けのサービス企業、大学・研究機関まで、幅広い組織がこの市場に参入しています。その結果、金融・医療・教育・ECなどさまざまな分野での実装が進んでいます。
中国の生成AIサービスは、大きく3つのタイプに分けられます。1つめは「エコシステム構築型」です。既存の自社サービスとの融合などによって自社に優位な分野でエコシステムを形成し、業界横断的な汎用AIプラットフォームを構築しているのが、このタイプの特徴です。企業との共同開発を掲げる検索エンジン大手のバイドゥ、エコシステムパートナーとの共創を推進するEC大手のアリババなどが代表例です。
2つめは「インフラ建設型」です。北京智源人工知能研究院はその代表例です。開発した生成AIモデル「悟道」をオープンソース化し、中小企業の開発を支援する方針を打ち出しました。米国による中国への高性能チップの輸出規制の中、自主開発を重視して、国産チップの採用割合を極力高めることで、開発の持続性を図り、中国の人工知能の発展を後押しします。
3つめの「業界特化型」は、特定の業界に向けたAIモデル開発で大手との差別化を図ることを特徴としています。音声認識や機械翻訳の先端企業iFLYTEK、中国初の医療業界向けモデルを発表した成都医雲科技が例としてあげられます。
中国の生成AIの急速な発展は、ChatGPTブームの前から、AI産業が既に一定の基礎を築いてい たことが背景にあります。その発展には、政府の支援策の後押しも大きく寄与しています。それを象徴するのが、2030年に中国のAI産業を世界トップレベルにまで成長させることを目的とした「次世代人工知能発展計画」です。また、近年中国はAI関連研究に力を入れ、2022年に世界各国のAIイノベーション指数ランキングで米国に次ぐ2位につけたほか、2021年にはAI関連の論文発表数で米国を上回るなど、その成果は現れはじめました。さらに同年上海で開催された「2023世界人工知能大会(WAIC2023)」において、概念や用語の定義、システムのフレームワーク標準化、データの共有化などを目的とした国家標準を策定する検討が始まりました。これにより、官民一体の取り組みにより強い推進力が生まれることは間違いありません。
「規制」と「イノベーション」を両立する工夫
一方で、生成AI技術の急速な発展はリスクももたらします。情報バイアスによる偏見と差別情報の生成リスク、アルゴリズムによる不公平な意思決定のリスク、また、個人情報の乱用や詐欺の横行、肖像権の侵害といった従来あるリスクも、さらに深刻になっていくでしょう。
生成AIの発展に伴うリスクはすでに世界各国で顕在化しており、中国も例外ではありません。近年急速に普及している顔交換技術を悪用し、他人になりすますなどの詐欺事例が発生しています。
中国は他国に先駆けてAI規制を導入し、こうしたリスクに備えています。2023年7月10日には違法や差別的コンテンツの防止やデータ・アルゴリズムの取得元の合法性担保、利用者と双方の権利義務の明確化などを定めた「生成AIサービス管理暫定弁法」を発表しました。ただし、リスクを恐れるばかりでは、革新的なアイデアは生まれません。中国政府は規制を強化する一方で適用範囲を限定するなど、安全性の確保と自由な技術発展の両方を重視する姿勢を明確にしています。
中国独自のAIプラットフォーム、グローバルでの勝機は
米中対立に伴う人材・資金・技術面の制限下で、中国はこれからも自主技術開発を強化していくでしょう。すでに中国では国内における独自の生成AI市場が形成されつつあり、これによって新たな展望が広がっています。豊富な利用シーンと巨大な市場を背景にサプライチェーンが形成され、川上のデータアノテーション産業や川下のコンテンツの配布と審査産業など、今後AI産業の水平分業型市場の発達が見込まれます。
中国国内の生成AI市場は既に多くの企業が参入され、その激しい競争状態は「百モデル大戦」と形容されるほどです。高度な技術と人材、豊富な資金、独自のエコシステムを有する強者であるメガテック企業は、将来的に生き残る可能性がより大きいでしょう。
グローバルの視点では、OpenAIをはじめとした米系企業の独走状態が続いています。中国のAI企業が短期間でOpenAIに追いつくことは、難しいと言わざるをえません。また、中国から提供されるサービスに対してデータの安全性に関する懸念を抱く国があることも、海外展開のハードルになることは否めません。一方で、TikTokやTemu、Lazadaなど、以前より広く海外展開している中国系プラットフォームとの連携を通じた海外展開の可能性は残っています。中国のデジタルサービスを既に受け入れている国への展開において、中国のコスト競争力や強い実装力も、その追い風となるでしょう。
専門家情報
李 智慧
未来創発センター 戦略企画室
中国出身。神戸大学大学院経済学研究科博士前期課程修了後、大手通信会社を経て2002年に野村総合研究所に入社。専門はデジタルエコノミー、デジタル通貨、日本と中国の金融制度の比較研究、中国のメガテックのビジネスモデル、フィンテック、ブロックチェーンやAIなどの先端企業の事例研究。
主な出版物
【書籍】
- 「チャイナ・イノベーション2~中国のデジタル強国戦略」(日経BP社 2021年)
- 「チャイナ・イノベーション―データを制する者は世界を制する」(日経BP社 2018年)
- 「FinTech世界年鑑」(日経BP社 共著 2015年~2019年)
【寄稿】
- 週刊エコノミスト「中国の生成AI開発」(2023年9月)
- 日中経協ジャーナル「中国デジタル経済の転換点」(2023年8月号)
社外活動
- NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ! マイ!Biz トレンド」出演
- 財務省財務総合政策研究所 中国研究会 講師
- 金融庁 中国金融研究会 講師 など
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