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NRI トップ NRI JOURNAL 地域を魅力的に変えるイノベーター集団をつくる 前編――ユニークな人と事業を生み出すNRIのイノベーション・プログラム

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地域を魅力的に変えるイノベーター集団をつくる 前編――ユニークな人と事業を生み出すNRIのイノベーション・プログラム

NRI未来創発センター「イノベーション・プログラム」チーム
リージョナルDX研究室長 齊藤 義明(イノベーション・プログラム開発者)
同室 坂口 剛(沖縄プログラムのリーダー、全地域におけるアドバイザー)
同室 駒村 和彦(新潟プログラムのリーダー、ほかに十勝、鶴岡のプログラムも推進)
 ※写真は左から、駒村、坂口、齊藤(手前)、未来創発センター 戦略企画室長 中島済(全地域におけるアドバイザー)

#価値共創

#イノベーション

#政策提言

2023/10/26

野村総合研究所(NRI)の未来創発センターは、地域産業の創出を目指す「イノベーション・プログラム」を9年間に亘り実施しています。5地域で展開するなか、現在までに700名を超える起業家、150以上の新事業構想、25の新会社が誕生しています。そこでは、「ニーズではなくウォンツ」「単独ではなくチーム」での事業創造を何よりも大切にする。その独特なアプローチから、起業家集団の土壌が各地に生まれています。

大切なのは事業のタネをつくること

NRIのイノベーション・プログラムは、日本各地で革新を起こすローカル・イノベーターを育成し、地域産業の創出を目指す。その特徴は、30~50名の参加者が、5カ月に亘り10数種類のセッションを通じて、チーム単位で新規事業の構想を練り上げるというものだ。2023年10月現在で、北海道十勝、沖縄、山陰、新潟、山形県鶴岡の5エリアで展開し、すでに700名超の起業家、150以上の新事業構想、25の新会社を生み出した。NRIの「100人の革新者」プロジェクトの成果をもとに、齊藤義明が中心となってこのプログラムを開発した。

齊藤:2012年から3年かけて日本各地で創造的な起業をしている革新者と会って話すうち、彼らの着眼点、実践手法、生き方は、既成のビジネス概念とはかなり異なると気づきました。彼らのあり方は、これからの働き方や生き方に悩む若い世代に大いに刺激になるし、革新者のような人たちを日本各地に増やせたら、地域はもっと面白く魅力的に変わると思いました。地方創生が社会的なテーマとなっていたことから、もがき楽しみながら事業を創出する場を地域につくろうと考えたのが、このプログラム開発のきっかけです。
世の中には多くの起業支援プログラムがありますが、そのほとんどは、できあがった事業構想を磨き上げるタイプの支援です。急成長を目指すベンチャー育成や世界的規模で活躍するユニコーンの創出を目的にしています。ところが地方では、そもそも事業自体のタネがない。ゼロから事業のアイデアを引き出し、カタチにしていかなければ、地方創生は始まらないのです。ですから私たちはこのプログラムで「地域に暮らす普通の人たちが、群(むれ)として創造的起業家に変わる」ことを目指しました。

坂口:地域のごく普通の人たちまでも起業家に変えるプログラムは、世の中にあまりないでしょう。私たちのプログラムの参加者には多様性があり、例えば中学生や80代の方もいました。東京のスタートアップコミュニティにいるぎらぎらした若手たちが盛り上がっている光景とは、大きく異なります。

継続のための「ウォンツ」と「チーム」

参加者の属性にも見られるように、地域の活力創出に重きを置く本プログラムは、世の中の一般的な起業支援プログラムと、多くの点で一線を画している。中でも特徴的なのは「ニーズを探すのではなく、ウォンツを創造する」こと。また、個人ではなく、共同創業者2名以上からなる「チーム構想主義」を重視する点だろう。

齊藤:一般的に、事業アイデアは、社会課題や市場ニーズを探して考えるものといわれています。一方、私たちのプログラムでは、事業アイデアの原点を参加者たちが抱える欲求(ウォンツ)に求めています。ウォンツとは「あなたが人生をかけて取り組みたいテーマ」。一般的な社会課題の解決といった動機ではなく、自分が「好き」「やりたい」という想いです。これがベースにあると、起業後に直面する困難に対しても折れにくく、取り組みを粘り強く継続できる。また、時代のトレンドとは関係のない、オリジナルで尖ったアイデアが生まれます。

坂口:私たちが出会ってきた革新者たちはウォンツ起点で事業を考え、これまでにない新しいビジネスを生み出しています。プログラムでは「革新者刺激セッション」を用意していて、革新者がウォンツベースで事業化した話を参加者に披露する。ウォンツから事業をいかに飛躍させてきたのか実体験をもとに聞けるのは、参加者にとって大きな刺激になるし、やはりウォンツが大事だという意識づけにもなっています。

齊藤:「チーム構想主義」は、プログラム開発当初から決めていました。単独の起業家支援はしない、と。なぜならこのプログラムは、参加者全員がつながって、地域活性を促す起業家集団の育成を目指しているからです。そのため参加者は、必ず誰かとチームを組みます。この過程がなければ、参加者は自分のアイデアを広げたり、殻を破ったりすることはできないでしょう。もがきつつも、互いに相手を知ろうとする力が働いて、集団全体の一体感が生まれ、関係が長く続きます。地域において創造的起業家の集団をつくるうえで、とても大切なポイントだと思っています。

駒村:私たちのプログラムが面白いのは、参加者の母集団が「起業家になりたい」という人ばかりではないところだと思います。極論すると、一般の人が起業家になる、そのプロセスを楽しむことができる。だからこそ、ウォンツ起点や、チーム形成方式をとることに意味がある。参加者の特性とプロセスの特徴が、うまく機能していると思います。

自分をさらけ出すセッション

プログラム参加者は、5カ月の間、12~15回のセッションを受ける。その過程でチームをつくり、事業アイデアを考え、事業構想を発表してゴールを迎える。セッションの多くを、チームの組成とウォンツの思索を深める内容にあてているのも、本プログラムの特徴になっている。

坂口:普段、ウォンツなど考えたこともない人に「あなたのウォンツは何か?」と聞いたところで、なかなか答えられません。だからウォンツの深掘りに、かなりの時間を割いています。また、ウォンツが明らかになると、その人の資質や特異性が見えてきます。その段階からようやくチーム組成に入ります。プログラムの前半は、人を知る、人の想いを理解することに時間をかけた配分にしています。個々人の背景にある想いに共感してチームになることが重要で、それがあってこそ創造的起業家集団の群(むれ)を作ることができるからです。

駒村:序盤は個人をさらけ出す時間。自分のやり遂げたい想い、怒り、許せないことなどを個人ベースで共有します。大人になって、そんなことを他人と共有する機会はほとんどないでしょう。こうした体験が、つながりを強固にしていき、いずれ自律的な活動に発展する基盤となるのです。

坂口:後半にはビジネスをつくり込む時間をしっかり設けています。NRIのメンバー、地域の各支援機関の専門家たちがチームに張り付いて、事業の中身を徹底的に詰めていきます。

駒村:ハッカソンのように、集まって事業構想を練って発表、というだけなら2~3日あれば可能です。ですが本プログラムは、事業をつくることと同じくらい、コミュニティの醸成に重きを置いています。だからプログラムが終わっても、事業創出の活動が続いていく。言い換えれば、地域の資産となる起業家集団を核とした地域コミュニティを育てていくプログラムでもあるのです。

地域の人たちの目に見えた変化が継続的な支援を引き出す

イノベーション・プログラムの実績として、馬車BAR(ばんえい競馬で活躍した馬が曳く馬車ツアー)、Fant(狩猟者とジビエ購入者をつながぐプラットフォーム)、エアシェア(小型航空機のシェアリングサービス)など、事業化を実現したユニークな会社が生まれている。本プログラムの実施には、参加者はもちろん、地域の自治体や企業などとのつながも欠かせない。プログラムが継続しているのは、地元の人たちの熱量や実行力が(プログラムを通じて)目に見える形で(劇的に)変化したことにあると、メンバーはとらえている。

駒村:私はこのプログラムが始まった当初からチームアドバイザーや地域の自治体、金融機関の調整役として関わってきました。この活動がもたらす効果や実績が全くなかったのに、なぜ続けられたのかと改めて考えると、私たちのプログラムに対する、地域からの要請や期待があったからだと思っています。具体的には、地域の市長や、スポンサーとなっていただいた地元金融機関の方々の熱量です。

齊藤:確かに、実績が現れたのは数年たってからでした。1期目のとかち・イノベーション・プログラムを振り返れば、起業家でもないごく普通の人たちが、プログラムの最後には、練り上げた事業構想について熱いプレゼンをしていました。その様子を見ていた市長と金融機関のトップが、発表のクオリティーと迫力に驚いていました。「すごい、十勝にこんな熱い想いを持つ人たちがいたのか」と。それが引き金になって、プログラムが何年も継続しているのです。また、十勝の様子を見学した沖縄や新潟の人たちが、自分たちの地域でも実施したいとの思いを持ち、行動に移してくれたことによって、このイノベーション・プログラムが各地に広がっていきました。

駒村:その1つの鶴岡市でも、市役所の方から、「参加メンバーにこんなすごい人たちがいるとは知らなかった、驚いた」という言葉をいただきました。起業などに全く縁のない人たちが、プログラムを通じて事業構想を堂々と発表する。その様子と、今までにない劇的な変化への驚きが、本プログラムへの評価につながっていると感じます。

坂口:これまでは、事業を起こすとは思えなかった地域に普通に暮らすさまざまな人たちが起業家候補になりえることが、イノベーション・プログラムを通じて可視化されたことが大きいと思います。プログラムが終了後も参加者同士がつながって、私たちNRIの手を離れても、新しい事業を始めたり企画を立てたりして、起業家集団のコミュニティは確実に育っています。

齊藤:イノベーション・プログラムは、9年かけて5地域で展開し、卒業生は700名を超え、25の新会社も設立されましたが、動きとしてはまだまだ足りないと思っています。日本の各地域に挑戦者たる人たちがもっと増えて、面白い事業で競い合っているような状況を地域に根差していくことがビジョンです。大企業に就職したい、公務員になって安定を得たい、という人生観もあるでしょうが、「あのおじさん面白い仕事している」「私も何か事業を始めてみたい」と思う人たちが地域に増えていけば、人の生き方は前向きで楽しくなるのではないか。そんな世界を実現していけたらと思っています。

次のページ:地域を魅力的に変えるイノベーター集団をつくる 後編
――NRIのイノベーション・プログラムで体験した現場のリアル

関連書籍

『日本の革新者たち』

野村総合研究所 齊藤 義明 [著]
ビー・エヌ・エヌ新社 発行

100人の革新者(イノベーター)たちにみるイノベーションのキラースキルを分析し、「成功していく起業家の実像」に迫る。

『イノベーターはあなたの中にいる』

野村総合研究所 齊藤 義明 [著]
東洋経済新報社 発行

地域に創造的起業家(革新者)を育成・増殖させるために開発した“イノベーション・プログラム”実践の虎の巻。

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