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ドイツと英国の取引所経営統合計画

2016/02/26

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2016年2月23日、ドイツ取引所(DB)とロンドン証券取引所グループ(LSE)との経営統合計画が明らかとなった。その概要は、次の通りである。

  1. 両社は、新たな持株会社の下で対等合併する。DBの株主には1株当たり1株、LSEの株主に1株当たり0.4421株の新持株会社株式が交付される。これにより、新持株会社の株主構成は、現DB株主が54.4%、現LSE株主が45.6%となる。
  2. 新たな持株会社の役員会(board)はドイツ型の監査役会と取締役会を置く二層構造ではなく一層構造をとり、DB出身の取締役とLSE出身の取締役がそれぞれ同数を占める。
  3. 英国の企業買収ルールである企業買収・合併に関するシティ・コードの規定に従い、3月22日17時までにDBまたは新持株会社が正式な買収提案を行うか、買収を行わず6ヵ月間は再提案を行わないかのいずれかを明らかにしなければならない。

DBは、この経営統合計画の実現によって、欧州に本拠を置くトップクラスのグローバルな市場インフラストラクチャー企業が生まれることとなり、両社にとっては業界のリーダーとしての位置付けを強化する素晴らしい機会となると主張する。また、この統合による具体的な成長機会や顧客にとってのベネフィットとしては、上場デリバティブ及び店頭デリバティブにおけるクロス・マージンの提供や売上げと費用の両面におけるシナジーの発揮などが期待できるという。

今回の経営統合計画が実現すれば、両社、とりわけDBにとっては、いわば「四度目の正直」ということになる。DBは、将来の経営統合も視野に入れながら1998年にはLSEとの相互注文回送による業務提携を試み、2000年にはiX構想と呼ばれる両取引所の合併構想を提示した。更に2004年12月には正式の買収提案を行ったものの、LSE経営陣による拒否と自社株主の反対に遭って翌年3月に買収提案を撤回するに至っている。その後、DBは、2011年2月、NYSEユーロネクスト(当時)との経営統合合意を発表したが、欧州関連のデリバティブ市場で独占に近い状態が生まれることを懸念するEU委員会競争政策局の反対によって、統合断念に追い込まれた。

一方、LSEは、以前から様々な取引所による買収のターゲットとされてきた。DBによる経営統合の申し入れや買収提案のほか、iX構想が浮上した際にはOMグループ(現ナスダックOMX)も買収提案を行った。また、2005年12月にはオーストラリアの投資銀行マッコーリー、2006年3月には米国の取引所ナスダックが買収提案を行ったが、いずれも頓挫している。同時期には、ユーロネクストとの経営統合協議が行われていたことも明らかとなっている。その後、LSEは、2011年2月、カナダのトロント証券取引所等を運営するTMXグループと経営統合で合意したが、カナダ国内の強い反発を受けて統合を断念した。

DBとLSEは、それぞれドイツと英国を代表する取引所運営会社であり、とりわけ欧州最大の株式市場を擁する英国の象徴的な取引所であるLSEは、現物株式取引の中心的存在というイメージを抱かれているかも知れない。しかし、実際には、欧州で最大の取引量を扱う株式市場は、規制上は取引所ではなくMTF(日本のPTSに相当する取引所外の電子取引システム)であるBATSチャイエックス・ヨーロッパの運営するCXE(取引シェア約18%)であり、LSEは、その後塵を拝しているのである(取引シェア約12%)。また、DBは、ドイツの株式市場の規模がそれほど大きくないこともあり、もともと現物株式の取引での存在感は決して大きくない。

もっともLSEは、世界的に注目度の高い株価指数であるFTSEシリーズの提供会社であるFTSEグループとラッセル指数の提供会社であるラッセル・インベストメント・グループを傘下に有しており、現物株式取引をめぐる情報サービスでは、強い競争力を有している。

一方、近年、各国の取引所運営会社にとって競争力の源泉と捉えられているデリバティブ市場の運営については、DBは世界最大級のデリバティブ取引所であるユーレックスを傘下に有するが、LSEのデリバティブ市場は、英国株、ロシア株、ノルウェー株の個別株オプションや先物が中心で、決して競争力が強いとはいえない。ロンドンにおける金融デリバティブ取引の中核を成すトレーディング・プラットホームであるLiffeは、米国のICE(ニューヨーク証券取引所も傘下に置く)の傘下にある。

むしろ今回の経営統合計画で注目されるのは、DBとLSEが、ともに取引の場や情報の提供から清算・決済までを一貫して行う垂直統合モデルとも言うべきビジネス・モデルを追及している取引所グループであり、競争力の強い清算・決済機関を傘下に有しているという事実である。ユーロ建て証券の取引で大きな役割を担い、欧州最大の清算機関であるLCHクリアネットは、LSEの子会社である。一方、DBの子会社であるクリアストリームは、ユーロクリアと並ぶ国際決済機関であったセデルを合併によって取り込んでおり、欧州最大の決済機関となっている。DBが、今回の経営統合に期待される効果として、デリバティブ市場におけるクロス・マージンの提供という一見地味な内容を強調しているのも、そのためである。

2010年の秋から2011年初めにかけて世界の有力取引所による国際的な経営統合構想が相次いで発表されたものの、その多くは、ナショナリスティックな感情的反発と独禁法の壁によって頓挫させられた。その後、2012年6月の香港取引所によるロンドン金属取引所(LME)の買収、2012年12月のインターコンチネンタル取引所(ICE)によるNYSEユーロネクストの買収という二つの大きなディールが実現したが、2013年以降は国際的な取引所再編の動きはいったん沈静化していた。

DBとLSEという組み合わせは、かつての国際的な統合計画を阻んだ要因の一つであった独占禁止政策との兼ね合いでは深刻な問題に直面する可能性は大きくなさそうである。現物株式の取引やデリバティブにおいて、新グループが独占的な地位を占めるとみられる可能性は低く、清算・決済についても、国際決済機関としての有力なライバルであるユーロクリアが存在することを考えれば、直ちに独占的と評価される可能性は高くない。

しかし、今回の構想が、とりわけ英国におけるナショナリスティックな感情による抵抗を受ける可能性は排除できない。おりから英国では、EUへの残留の可否をめぐる国民投票が行われることとなっているということもあり予断を許さない状況にある。

今回の計画が実を結ぶのかどうか、また、この動きが他の取引所を巻き込んで更なる国際的な再編構想へと波及していくのかどうかなど、今後の展開が注目される。

執筆者情報

  • 大崎貞和

    大崎 貞和

    未来創発センター

    未来創発センター

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