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フェア・ディスクロージャー・ルールとエンゲージメント~英国機関投資家の見方~

2017/07/31

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2017年5月に成立した金融商品取引法改正で、上場企業が投資判断に重要な影響を及ぼす未公表情報を証券会社のアナリストや機関投資家に対して伝達することを禁じるフェア・ディスクロージャー・ルール(FDルール)が導入されることになった。同ルールは来年春にも施行されるが、上場企業と機関投資家との建設的な対話、いわゆるエンゲージメントにネガティブな影響を及ぼすことはないのだろうか。エンゲージメント先進国の英国で機関投資家や法律実務家の見解を尋ねた。

FDルールが上場企業の対応次第では、エンゲージメントなどのスチュワードシップ活動に対してネガティブな影響を及ぼしかねないという認識は、英国の機関投資家にも共有されている。基本的にはクローズドな場での対話であるエンゲージメントにおいて、上場企業が、既に公表された情報にしか触れないという姿勢を徹底して表面的な対応に終始すれば、FDルールに反する未公表の重要情報の漏洩は起こり得ないからである。

しかし、英国の機関投資家の多くは、FDルールが機関投資家のスチュワードシップ活動に対してネガティブな影響をもたらす懸念が払拭されないとしても、実際に効果的なエンゲージメントが妨げられているとは思わないと強調する。

その前提として、FDルールやインサイダー取引規制の対象となる「内部情報(inside information)」(市場阻害行為規則7条)とは何かという点について、機関投資家と上場企業との共通理解が成立しており、「公表」手続きを伴わないやり取りの中では、内部情報を原則として取り扱わないという実務が確立しているとの認識が存在するのである。

もっとも、規制上の内部情報の定義自体は、それほど明確ではないとの指摘が多い。欧州の規制では、内部情報とは①未公表の確定的な(precise nature)情報であること、②公表されれば株式等の価格に著しい影響(significant effect)を及ぼす蓋然性があること、という二つの要件を満たすものであり、②の株式等の価格に著しい影響を及ぼすとは、③合理的な投資家が投資判断の基礎の一部として利用する蓋然性があることを意味するとされる(市場阻害行為規則7条1項、2項、4項)。

結局のところ、具体的にどういう情報が該当するのかについての判断は、ケースバイケースと言わざるを得ない。しかも、インサイダー取引規制違反の摘発などに表れる当局の解釈も次第に変化しているといった見方がある。上場企業の情報開示に携わる立場からは、「この事実は市場阻害行為規則上の内部情報に該当するか?」と当局に問い合わせても肯定も否定も得られず、「当局は非協力的だ。」といった愚痴めいた声も聞かれた。

そうした限界はあるものの、英国の機関投資家は、何が規制対象となる内部情報であるかについて上場企業との間での大まかな共通理解があるという前提に立っている。その上で、実務的には、上場企業が、機関投資家とのエンゲージメントにあたって、必要な場合にはまず、「あなたは内部情報を受領する用意がありますか」という確認を行った上で、対話をするという対応がとられている。他方、多くの機関投資家は内部情報の受領についての方針をあらかじめ定めており、一日から数日程度の短期間であれば受領することもあり得るとした上で、内部情報を受領した場合には直ちに社内のコンプライアンス部門に報告し、関連銘柄の売買を停止するという実務を確立している。

そこで問題となるのは、情報を伝達された機関投資家側がFDルールやインサイダー取引規制上の内部情報に該当する情報だと考えているのに、情報を伝達した上場企業側ではそこまで重要な情報だと考えていないといった場合である。規制上の内部情報の定義に曖昧さが残る以上、そうした事態は頻繁にではないにしても起こり得る。とりわけ、情報が「確定的」であるかどうかや株式等の価格に「著しい」影響を及ぼすかどうかについては、判断が分かれやすいだろう。

内部情報を受領したと考える機関投資家は、関連銘柄を社内の取引停止リストに載せて売買を控えるわけだが、この規制が解除されるのは、問題の内部情報が公表された時点においてである。ところが伝達した企業側がその情報が内部情報に該当するとは判断していない場合、特段の公表措置はとられないという可能性がある(注1)。その場合、機関投資家側ではいつまでも取引停止が解除できないという状況に陥るので、機関投資家側から上場企業に対して、自社が受領した内部情報の公表を求めるという措置を取らざるを得なくなる場合がある。これは、証券会社等を通じて情報を伝達された場合にも生じ得る問題である。

また、上場企業といっても、成熟した大企業から創業間もないベンチャー企業まで様々であり、FDルールやインサイダー取引規制に対する理解度、すぐに相談できる顧問弁護士の存在やIR部門の態勢などには大きな幅がある。それだけに、機関投資家の側では、すべての企業がきちんとした対応をしてくれるものと仮定することはできないといった意見もある。

エンゲージメントでFDルールやインサイダー取引規制上の内部情報の授受が起こり得るのは、上場企業が増資を行う場合の事前調査(market soundings, test the water)や具体的なM&A案件に関する意見の聴取、TOB(株式公開買付)や会長選任等の重要人事をめぐる支持の取り付けなど、上場企業が機関投資家に対して内部情報を伝達する必要を感じる場面が決して稀ではないためである。

ただこの点についても、とりわけ法律家からは、2012年のグリーンライト事件(内部情報を受領しないという意思を表明していた投資ファンドに未公表の増資情報が伝達され、それに基づく売買が違法なインサイダー取引として制裁金の対象となった事件)以降、内部情報を受領しない意思を表明しただけではインサイダー取引規制違反のリスクを完全には回避できないので慎重に対応すべきとの声が聞かれる。

多くの機関投資家からは、そもそもエンゲージメントの過程で、株価に直ちに影響するような新しい情報を得ようなどとは全く考えていないので、規制上の深刻な問題は起こり得ないとの指摘がなされた。

「長期投資」を標榜する機関投資家が強調するのは、彼らが得ようとする情報はあくまで長期的な観点に役立つものであり、規制の対象となる内部情報は、今期の業績、増資、M&A、経営陣の選解任、といったあくまで短期的な内容のものに限られ、一見同じようなテーマを扱うとしても、それらはお互いに全く異なるというのである。具体的には、例えば取締役の選解任について、エンゲージメントでは取締役に望まれる資質や能力、属性などについて議論をするが、特定の人物を選任することの是非について話すわけではないといった具合である。

それでは彼らは一体、投資先企業の経営陣とのエンゲージメントを通じて、具体的に何を得ようとしているのか。この点で、機関投資家の口から何度も聞かれた印象的な表現は、confidence(自信、確信)、assurance(確認、確証)というものである。

つまり英国の機関投資家は、投資先企業が公表している経営戦略やビジョンを一通り理解した上で、実際に経営者に会って、それら公表されている戦略やビジョンが通り一遍のものや経営者の意思というよりも周囲でお膳立てしたといったものではなく、しかも経営者には、そうした戦略やビジョンを推進し、成果を出す意思と能力が備わっているということを確認したいと考えているのである。

機関投資家の中には、そうした確認、確証を得るために、エンゲージメントの場での経営者の話し方や表情に注目するという者もある。また、経営者の戦略やビジョンが、いわば本物であることを確認するためにも、独立社外取締役とのエンゲージメントを行うことが重要だという声も聞かれた。

独立社外取締役というと、経営者の不正や暴走を食い止めるブレーキ役という印象が強いが、経営者と戦略やビジョンを心底から共有し、アクセルを踏むような役割もあると考えているのであろう。日本が目指す「稼ぐ力」を高めるためのガバナンス改革を実のあるものとするためには、そうしたタイプの独立社外取締役を増やしていくことが重要であろうし、また海外機関投資家も、そのような独立社外取締役が選任されているのかどうかを自ら確かめたいと考えているということだろう。

(注1)日本の場合、インサイダー取引規制上の重要事実とFDルール上の重要情報との概念が異なるので、FDルール上の重要情報であってインサイダー取引規制上の重要事実ではないような情報を受領して当該情報に関連する株式等を売買しても、インサイダー取引には該当しない。また、FDルール上の重要情報についても、上場企業が意図せずして機関投資家等に伝達してしまった場合には自社ホームページへの情報掲載などの公表措置がとられるはずであり、欧州で論じられているような問題は生じないとも考えられる。

執筆者情報

  • 大崎貞和

    大崎 貞和

    未来創発センター

    未来創発センター

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