仮想通貨は「有価証券」か? ~米国SECによるICOの規制~
最近、ビットコインやイーサ(イーサリアム)など、ブロックチェーン上の記録の書き換えを通じて現金のように転々流通する仮想通貨に対する投資熱が高まっている。新たな仮想通貨を発行し、その対価として既存の仮想通貨の払込みを受けるICO(Initial Coin Offerings)による資金調達も活発に行われている。
こうした中で、日本では2017年4月1日から仮想通貨と法定通貨の売買などを行う交換所に登録制を課す改正資金決済法が施行され、10月2日時点で11業者が登録を受けるなど、仮想通貨の取引をめぐって一定の法規制が行われている。
一方、米国では、証券取引委員会(以下「SEC」という。)が、仮想通貨が証券法の規制対象となる「有価証券」に該当する場合があるという見解を明らかにしている。これは2016年6月に発生したThe DAOと呼ばれるイーサリアム上のプロジェクトに対するサイバー攻撃事件に関する調査報告書で示されたもので、The DAOが行ったトークン通貨の発行は、連邦証券法の規制を受ける「有価証券」の一つである「投資契約(investment contract)」締結の申込みであったと判断したのである(注1)。
この事件は、ドイツ企業 Slock.it UG が立ち上げた投資ファンド組織The DAOが「クラウドファンディング」と称して仮想通貨イーサとの交換によってDAO Token と呼ぶトークン通貨(約1,200万イーサ相当、当時の評価額で約1.5億ドル)を発行したが、サイバー攻撃によって保有資産の3分の1近くの約360万イーサを盗まれ、投資プロジェクトが事実上頓挫したというものである。The DAOの運営者側がブロックチェーンを強制的に分岐(ハードフォーク)することで出資者にイーサを戻す措置を講じたことで、投資家が重大な経済的損失を被る事態は避けられたものの、イーサリアムの分裂と信用低下という深刻な結果を引き起こしたのである。
SECは、The DAOによるトークン発行について、①DAO Tokenの取得がイーサという形態による資金の投資によって行われたこと、②DAO Tokenを購入した投資家はThe DAOが行うと約束した投資プロジェクトを通じて利益を得られるという合理的な期待が存在したこと、③投資プロジェクトの成否が、もっぱらSlock.it 社やその共同創業者達、The DAOの投資対象を選定するキュレーターなど、投資家にとっては他者である者の努力に依存しており、 DAO Tokenの保有者には一定の議決権が付与されたが、事業をコントロールできるほどの権利ではなかったこと、などを指摘しDAO Tokenのイーサとの交換が「投資契約」という証券の発行であったという判断を示したのである。
この判断は、米国連邦最高裁判所の判例が明らかにした、いわゆるHowey基準に基づくものである。同基準は、①資金の出資、②共同事業、③収益の期待、④収益獲得がもっぱら他者の努力によること、の4つの要件を満たす場合には、証券法にいう「投資契約」が結ばれることになるとする(注2)。
SECは、The DAOによるトークン発行が連邦証券法上の登録届出手続を必要とする有価証券発行であったとしたが、関係者に対して証券法違反を理由とする訴訟を提起するといった行動には出なかった。しかし、2017年9月29日には、Maksim Zaslavsky氏が2017年7月から9月にかけて実施した REcoin Group Foundation, LLC(以下「REcoin」という。)及び DRC World, Inc. (別名 Diamond Reserve Club、以下「DRC」という。)によるICOに関して、証券法違反行為を行わないよう命じる差止命令の発給や関係者の資産凍結などを求める提訴を行ったのである。
SECが提出した訴状によれば、Zaslavsky氏は、REcoin及びDRCの社長であり、かつ唯一の所有者であり、両社のICOによって数百人の投資家から30万ドルを超える資金を集めたという。同氏は、ICOの実施にあたって、証券法上の適用除外理由がないにもかかわらずSECに対する登録届出書を提出しておらず、かつ資金集めにあたって様々な虚偽の事実を投資家に対して告げていたとされる。
REcoinとDRCがウェブサイト上で投資家に対して提示した「ホワイトペーパー(white paper)」や「プレスリリース」、ソーシャルメディア上で行った投稿等によれば(注3)、REcoinの発行する仮想通貨は同社が保有する不動産によってその価値を裏打ちされたものであり、DRCの発行する仮想通貨は、同社が保有するダイヤモンドによってその価値を裏打ちされたものだという。両社は、それら保有資産の価値の増加によって、発行された仮想通貨の価格が上昇するという趣旨の説明を投資家に対して行っていた。
しかしながら、SECは、両社が投資家に告げた多数の事実が虚偽または投資家に誤解を生じさせるものであると判断した。SECによれば、①投資家がデジタル情報によるトークンまたはコインを購入することになる、②RECoinのICOによって200万ドルまたは400万ドルを調達した、③REcoinには不動産投資を行う法律家、専門家、ブローカー、会計士のチームがついており、DRCにはダイヤモンドを鑑定する専門家がいる、④REcoinは米国政府によって業務停止に追い込まれた、⑤REcoinは不動産投資によって収益を上げ、DRCは10から15%の投資リターンを期待できる、といった事実は、いずれも虚偽または投資家に誤解を生じさせるものであったという。
また、SECによれば、DRCは連邦証券法の求める登録義務を免れるために、同社による資金集めは「クラブの会員権」を販売するIMO(Initial Membership Offering)であるといった説明も行っていたという。
REcoin及びDRCによるICOは、トークン通貨と呼び得るものが、そもそも投資家に移転されておらず、発行される通貨の価値の裏付けとなるとされた不動産投資やダイヤモンド投資の事業も実際には行われる可能性がほとんどなかったという明白に詐欺的な資金集めであり、正当なICOというよりは、ICOを装った詐欺行為に等しいものだった。
とはいえ、そうした詐欺的な資金集めに対する規制の手段として、証券法の求める証券発行時の登録義務違反の摘発という手法が用いられたことの意義は決して小さくない。差止命令には強力な抑止力が伴うし、SECが違法に集めた資金の没収(disgorgement)を請求して一定の資金を回収し、経済的損害を蒙った投資家に分配するといった救済策を講じることも可能となるからである。今後SECは、類似の詐欺的資金集めについても、証券法違反としての摘発を進めていくことが予想される。
もちろんSECは、すべての仮想通貨が「有価証券」であると考えているわけではない。典型的な仮想通貨であるビットコインのように明確な発行者が存在せず、もっぱら特定の他人の努力によって価値が決まるとは言えないような場合では、Howey基準にいう「投資契約」に該当するとは考えられないからである(注4)。
(注1)"Report of Investigation Pursuant to Section 21 (a) of the Securities Exchange Act of 1934: The DAO", SEC, Release No. 34-81207, July 25, 2017.
(注2)SEC v. W.J. Howey Company, 328 U.S. 293 (1946). 同基準について詳しくは、黒沼悦郎『アメリカ証券取引法』[第2版]弘文堂(2004年)21~24頁参照。
(注3)ICOを実施する際には、仮想通貨を発行する者の事業内容や通貨の仕組みなどを説明する「ホワイトペーパー」と称する文書を作成するのが通例である。
(注4)ビットコインやイーサのように、いわゆるマイニングの報酬として交付される仮想通貨は、資金を拠出して行う共同事業という要件にも該当しないように思われる。
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