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米国トランプ政権の税制改革と金融規制改革

2017/11/07

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税制改革法案の提出

2017年11月2日、米国のトランプ大統領の目玉政策として注目を集めてきた税制改革に関する法案が、議会下院に提出された。法案は「2017年減税及び雇用法(Tax Cuts and Jobs Act 2017)」と題されており、その主要な内容は次の通りである。

  1. 現在35%となっている法人税の最高税率を20%に引き下げる。
  2. 一定の要件を満たす個人事業主やパートナーシップなどの形態で事業を営む者に対しては、個人所得税ではなく25%の事業税を課す(パススルー税制)。
  3. 米国外子会社からの受取配当について100%の益金不算入を認めるなど、法人課税の方式を従来の全世界所得課税(worldwide tax system)から源泉地国主義(territorial system)に改める。
  4. 個人所得税の税率区分を7段階から4段階に簡素化するとともに各種控除を廃止・縮小する。最高税率は現行の39.6%を維持するが、適用される所得金額の下限を引き上げる。
  5. 相続税の控除金額を大幅に引き上げ、2024年に相続税を廃止する。

この税制改革案について、トランプ政権に対してもっぱら批判的な姿勢をとってきた主要新聞等は、金持ちを優遇する改正だなどと否定的に報じている。しかし、筆者がワシントンで面談した比較的中立的な有識者は、税制を簡素化して租税回避を防ぐことにつながる上、短期的にも富裕層だけでなく中間層にも恩恵の及ぶ内容になっていると評価していた。適用される所得金額が引き上げられるとはいえ、所得税の最高税率を引き下げないとしている点も、金持ち優遇批判に一定の配慮をした内容になっているとも指摘していた。

議会通過は厳しい

もっとも、この税制改革が円滑に進むかどうかについては、その内容を肯定的に見る論者を含め、懐疑的な見方が強い。トランプ大統領は、これまで税制改革で大胆な減税を実施すると強調し、法案の名称についても “The Cut Cut Cut Act” とすべきだなどと述べてきたが、そのこと自体が法案の円滑な成立の妨げになるというのである。

法案が議会を通過するためには、上下両院で可決されることが必要だが、与党共和党は定数100名の上院で52議席と半数をわずかに上回っているに過ぎない。しかも、共和党は基本的には小さな政府志向の色合いが濃く、財政赤字を嫌う財政保守主義的な考え方の強い議員の中からは、10年間で1.5兆ドルという巨額の財政赤字を生み出す税制改革法案は受け入れがたいという声が既に出ている。現在の内容のままで、法案が共和党上院議員全員の賛成を得ることは極めて困難な見通しである。

他方、民主党議員の中にも税制改革自体には賛同する声があり、かつ上院議員は党派にこだわらない投票行動をとることが多い。とはいえワシントンの有識者からは、上院通過を実現するための根回し・調整には、本来トランプ大統領自身が積極的に乗り出すべきだが、大統領は、いわゆるオバマ・ケア廃止法案をめぐって与党共和党の一部議員をツイッターで罵倒するなど調整能力の低さを露呈しており、税制改革法案の上院通過は期待薄だとの声が聞かれた。

税制改正ゼロはない

トランプ政権は、発足直後に打ち出した大統領令による特定国からの入国禁止政策が裁判所に差し止められるなど移民政策で大きな失点を蒙り、次に取り組んだオバマ・ケアの見直しでも制度改正が頓挫する事態となった。重要な法改正は全く進んでおらず、選挙戦で公約に掲げてきた目玉政策は何も実現していないと言わざるを得ない。この上、税制改革で何の成果も見られないのでは政治的なダメージは大きく、大統領を支えるべき立場にある共和党も深い傷を負うことになりかねない。

それだけに税制改革法案をめぐっては何らかの妥協がなされ、今回明らかになった法案がそのままの形で通過するのは難しいとしても、一定の改正は行われるだろうとの見方が強い。

ある政治アナリストは、その場合、源泉地国主義への移行など、改正の意義が一般には理解されにくく、感覚的に大企業優遇批判にさらされやすい法人税改革よりも個人所得税の簡素化や中間層にも恩恵の及ぶ減税などの方が政治的には支持されやすいだろうとの見通しを示す。税制改革法は、2017年の所得申告が始まる2018年4月までに成立させることが必須である。今のところ下院は11月中にも現在の法案を可決する見通しで、その後上院の対案が示され、2018年1月から3月にかけて政治的な駆け引きが活発に繰り広げられるものと予想される。

これまで米国の株式市場では、法人税の大胆な減税が企業業績の更なる改善につながるとの見方が株価上昇を牽引する一つの要素となってきた。仮に、法人税改革を断念する方向で税制改革に関する妥協が成立するようなことがあれば、市場のセンチメントに対してはネガティブな影響を与えるかも知れない。いずれにせよ、今後の展開が注目されるところである。

進展する金融規制改革

一方、金融規制改革も一定の進展をみせている。トランプ大統領は、2017年2月に署名した大統領令で金融規制改革に関する「中核的原則」を明らかにし、財務省に対して2008年以降の世界金融危機後に制定されたドッド=フランク法を初めとする現行の金融規制が同原則に合致したものとなっているかどうかを検討し、改善策を提言するよう命じた(注1)。

これを受けて、6月には財務省から銀行規制に関する報告書が提出された。また、10月に入って、資本市場と資産運用業及び保険業に関する2本の報告書が提出されている(注2)。資本市場規制に関する報告書には、ベンチャー企業等の資本市場での資金調達を促進するような方策が数多く盛り込まれ、資産運用業及び保険業の規制に関する報告書では、労働省が進めていた証券ブローカー・ディーラー等へフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)の適用を拡大するルールの施行延期を求めていることなどが注目される。

米国財務省は現在、一連の報告書の最後のものとなる、いわゆるフィンテックを含むノン・バンクに対する規制に関する報告書の作成を進めている。フィンテック・ベンチャーに対してどのような規制を及ぼすべきかといった難しい問題もはらむだけに、報告書の提出時期は、2018年第1四半期にずれ込む可能性もあるという。

金融規制改革の見通し

金融関係者からは、財務省による一連の改革提言に対して、金融危機後に規制強化の方向へ振れすぎた振り子を適正な位置に戻そうとするものだとして評価する声が多く聞かれる。今後の展望についても、財務省当局者から、例えば銀行規制に関する報告書の提言内容の3分の2は議会による立法を必要とせずに実施可能だとして、順調に進展するとの見通しが語られた。

もっとも、そうした肯定的、楽観的な見方に対して、やや距離を置こうとするような指摘もみられた。例えば、ある専門家からは、提案されている改革の多くが議会の関与なしに実施できるという点について、議会の立法を必要とする残り3分の1の部分にこそ重要性の高い改革が含まれている上、いわゆるボルカー・ルールを廃止せずに適用対象金融機関を限定するという提案のように、本音では財務省も法改正が必要だと考えているのに、それが難しいとの判断から行政的な対応だけにとどめているものもあるといった指摘がなされた。

ドッド=フランク法の大幅な改正については、既に法案が下院を通過しているものの、今後上院での審議が順調に進み法改正が実現するという楽観的な見通しは一般的でない 。オバマ政権下で成立したドッド=フランク法を大きく変えることに対する民主党の抵抗は根強い。上院での審議が始まれば、フィリバスター(議事妨害)の活用も予想される。

政策転換のリスク

しかも、こと金融規制改革については、そもそもトランプ政権がどこまで現在の方向性にこだわるかが疑問視されているという事情もある。今回、ワシントンでしばしば耳にしたのは、トランプ大統領は transactional (取引を重視する)大統領で、イデオロギーには関心がないという指摘である。その点がとりわけ強く感じられるのが、金融規制をめぐる政権の取組みなのである。

もともとトランプ氏は、自身を中小企業や労働者の味方と位置付け、ウォール街の大手金融機関を敵視するような姿勢が強かった。選挙戦では、対立候補だったヒラリー・クリントン元国務長官がウォール街と癒着しているという批判も繰り返していた。それにもかかわらず、大手金融機関が歓迎する「ドッド=フランク法の全面廃止」を主張するのは、オバマ前政権の政策を否定するために過ぎないとも言える。実際、トランプ氏は、ボルカー・ルールを含むドッド=フランク法の廃止を掲げるのと同時に、同ルールよりも厳しく銀行による証券関連業務を制限するグラス=スティーガル法の「21世紀版」を目指すと述べるなど、金融規制のあり方や思想という観点から見れば、その主張には一貫性の欠ける面がある。

それだけに、トランプ大統領が、金融規制緩和を進めようとしてもそれほどの成果は期待できず、むしろウォール街を公然と敵に回すことが自身に対する支持を強化するという判断に至れば、これまでの姿勢を一変させるというリスクが否定できない。実際、ある有識者は、金融関係者に対して、そのようなリスクを念頭に置いておくことの必要性を説いていたのである。

(注1)https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2017/fis/osaki/0206
(注2)https://www.treasury.gov/press-center/news/Pages/Financial-System-Creates-Economic-Opportunities.aspx
https://www.treasury.gov/press-center/press-releases/Pages/sm0193.aspx

執筆者情報

  • 大崎貞和

    大崎 貞和

    未来創発センター
    戦略企画室

    未来創発センター 戦略企画室

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