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緊急事態宣言後に浮上した休業要請と補償の問題

2020/04/09

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緊急事態宣言の前後で対立が続く政府と東京都

4月7日に政府は緊急事態宣言を発令したが、その後、休業要請の対象業種を巡って、政府と東京都との間で意見対立が表面化している。そのため、緊急事態宣言に基づく感染拡大防止の具体策が、なかなか確定しない状況にある。中央政府と地方政府との間で対策の方針に違いがあり、両者の連携がうまくできていない状況は、新型コロナウイルス対策で実効性のある対策を期待する国民に、少なからず不安を与えるものとなっている。

緊急事態宣言の発令以前の段階でも、政府と東京都との間には軋轢が見られていた。東京都での感染者数増加を受けて、法的根拠に基づく実効性の高い感染抑制策を独自に講じたい小池都知事は、政府に対して緊急事態宣言の発令を強く迫ったのである。

これに対して、緊急事態宣言発令の経済的・社会的影響に配慮する政府は、慎重姿勢をとっていた。ひとたび緊急事態宣言を発令すると、東京都など地方政府が、強い感染抑制策を講じ、それが経済活動に大きな悪影響を与えることを怖れた面があったのだろう。

緊急事態宣言の枠組みの欠点が露見か

緊急事態宣言の発令は政府が決めるが、ひとたび発令された後は、具体的な措置の権限は、政府が指定した対象区域の都道府県知事に移る。政府は、基本的対処方針を示すが、それを都道府県知事に強制する法的権限はない。

このように、緊急事態宣言の発令と具体的措置の執行で、権限が政府と地方とに分かれていることが、緊急事態宣言発令前後の政府と東京都との間の軋轢の底流にあるだろう。それは、緊急事態宣言を規定する新型インフルエンザ特措法の法体系上の問題である。

権限を中央政府、あるいは地方政府のどちらかに一元化させることが、この構造的な問題を解消し、混乱を防ぐためには一案となる。しかし、わざわざ法改正をしなくても、緊急事態宣言が発令されれば対象区域となる可能性が高かった東京都と政府との間で、事前に具体策を綿密に議論し、意見調整を進めておけば良かった話だ。それができなかったのである。

休業要請対象業種の選択で2つの基準

政府と東京都は、休業要請の対象とする業種の選択で揉めている。東京都は理美容とホームセンターを対象に含める考えであるのに対して、政府は双方ともに日常生活に必要な事業であることから、当面は休業要請の対象とすべきでない、との考えである。

特定業種を休業要請の対象とすべきかどうかを判断する際の基準は、第1に、日常生活で欠かせないサービスであるかどうか、である。この点から、飲・食料品を販売するスーパー、コンビニ、銀行、郵便局、公共交通機関などが対象から除外される。第2の基準は、感染リスクの高さである。この点から、カラオケ、バーなどが休業要請の対象となる。この2つの判断基準に照らして、不要不急のサービスを提供している業種であり、かつ、感染リスクが大きい業種が休業要請の対象となるのである。

理美容とホームセンターの扱いで政府と東京都の意見が分かれているのは、それらの業種は、2つの基準に照らした評価が難しいためだ。理美容とホームセンターが、生活にとって極めて重要なサービスを提供しているのか、あるいは不要不急のサービスを提供しているのかは不確実だ。また、この2業種が、過去に感染拡大の舞台になったとの明確な証拠はなく、感染リスクが高いのか低いのかも不確実だ。

生活に欠かせないサービスかどうかは消費者が判断

法的には、東京都知事が最終的に休業要請の対象を決めることができるが、現状では、政府の考えのように2業種を休業要請の対象とはせず、感染リスクが高いかどうか、あるいは全体の感染者の動向等を2週間程度見守っても良いのではないかと思われる。

ある消費者向けサービスが、生活にとって欠かせないものか、あるいは不要不急であるかは、最終的には消費者の判断によって決まるのではないか。政府あるいは東京都から強い外出自粛要請が出される中でも散髪に行く人が多く出れば、散髪は生活に欠かせないサービスということになり、それを休業要請の対象とすることには慎重にならねばならない。

逆に、多くの人が散髪を不要不急のサービスと考えるのであれば、強い外出自粛要請のもとでは、散髪に行くことは控えるだろう。その場合、顧客が減ることで、理美容での感染リスクは下がる。また、自主的に休業を決める理美容も増えていくだろう。

休業補償が難しい東京都以外の府県

休業要請の業種の指定に関して、もう一つの争点となっているのが、休業補償の問題である。緊急事態宣言の対象区域となった7都府県のうち、特定業種に対する休業要請を行う見込みなのは、感染者数が突出する東京都だけであり、それ以外の府県は、現時点では見送る方向だ。その背景にあるのが、休業補償の問題だ。

休業要請について東京都と足並みが揃わない理由として、他の都府県知事が挙げるのは、休業補償を実施することが難しいという点だ。休業要請はその後の企業への補償問題へとつながり、自治体の財政の圧迫を招くという懸念が強くある。神奈川県の黒岩祐治知事は、「6府県の知事の間で、補償には財政的な余力がない」との認識で一致したことを明らかにしている。

東京都の小池知事は、休業や営業時間の短縮に協力した小規模店に、「感染拡大防止協力金」を支給する考えを明らかにしている。ただし、その規模は明らかではない。この措置に対して、大阪府の吉村知事は「府にはそのような財政力はない。都の財政力は別格」と語る。また千葉県の森田知事も「都と千葉県の財政には雲泥の差がある」と述べている。

政府は休業補償を明確に否定

政府が休業要請の対象業種に対して休業補償を行うのであれば、東京都以外の都府県でも、特定業種に対して休業要請を出しやすくなる。しかし今のところ、政府は休業補償を行わないと明言している。

政府が休業要請の対象業種に対して休業補償を実施しない理由として、安倍首相は、休業要請で影響を受ける業種と補償の対象業種との間にずれが生じる、という点を挙げている。例えば、バーやカラオケ店に休業要請をした場合でも、その影響は、バーやカラオケ店に納品をしている他業種へと幅広く及ぶ。新型コロナウイルス問題で打撃を受けた企業を救済するには、政府が7日に閣議決定した経済対策の中の給付金制度を活用する方が良い、との説明である。

その説明に納得できる部分もあるが、政府が休業補償を強く否定している最大の理由は、ひとたび休業補償を実施すれば、補償を求める企業が次々に現れて、収拾がつかなくなる、その結果、財政負担が急激に膨れ上がってしまうことを、強く怖れているからではないか。

緊急事態宣言のもと、7都府県で強い外出自粛要請がなされ、不要不急の消費が控えられる場合、個人消費は1か月間で6.8兆円減少すると概算される(当コラム「緊急事態宣言による当面の経済悪化は経済対策では打ち消せない」、2020年4月7日)。仮にこれが、休業要請がなされた業種に対する政府の休業補償の金額と一致するとした場合、6.8兆円の財政支出が必要となる。経済対策で中小企業向けの給付金の総額は2.3兆円とされるが、その3倍にも達するのである。

加えて、今までの政府の外出自粛要請によって売り上げが落ちたとする全国の企業が、こぞって休業要請を政府に要求し、政府がその要求を受け入れざるを得なくなった場合、全体の財政負担は計り知れなく大きくなってしまう。またその中には、不正に補償を受け取る企業も多く含まれるだろう。

新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するためには、特定業種に対して休業要請を実施する必要があるが、そこで生じる企業の損失を、すべて穴埋めすることができないという点に、政府が抱える大きなジレンマがある。

そのもとでは、罰則などの強い拘束力がない緊急事態宣言という緩い法体系は、補償の義務を軽減させるという点で、政府の助けとなっている側面もあるのかもしれない。

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