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円滑な産業構造転換で経済の長期低迷を免れるか(IMF経済見通し)

2020/06/26

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2020年の世界の成長率見通しは-4.9%

国際通貨基金(IMF)は6月24日に、最新の世界経済見通しを公表した。前回4月に公表した見通しを改定したものだ。タイトルは「類例の無い危機、不確実な回復」とされた。

2020年の世界の実質GDP成長率見通しは、前回から1.9%ポイント下方修正されて-4.9%となった。リーマン・ショック時の成長率を下回り、世界恐慌以来の低い水準が予想されている。

すべての主要国・地域で2020年の成長率見通しは今回下方修正されたが、その中でも際立つのが、インド、サウジアラビア、ブラジル、メキシコなど新興国とフランス、イタリア、スペイン、英国といった欧州先進国だ。前者は感染が急速に拡大している地域だ。後者は、感染拡大は一巡したようにみえるが、予想外に経済活動の正常化が遅れている地域である。

日本の2020年の成長率見通しは-5.8%であり、前回からの下方修正幅はー0.6%ポイントと、比較的小幅にとどまった。主要国の中で中国の成長率が+1.0%と、唯一プラス成長が見込まれている。

感染第2波でさらなる見通し下方修正の可能性

2020年の世界の成長率の下方修正幅は概ね予想の範囲内であり、驚きはない。他方で注目したいのは、リスクシナリオである。4月時点では、2020年後半から世界経済が比較的順調に回復するという標準シナリオに対して、①2020年後半の回復が遅れる、②2021年前半に感染第2波が起こり再びマイナス成長に陥る、③双方ともに生じる、の3つのリスクシナリオが示された。

ところが今回は、2020年後半から世界経済が比較的順調に回復するという標準シナリオに対して、①2020年後半の回復ペースが上振れる、②2021年前半に感染第2波が起こり、再びマイナス成長に陥る、の2つのリスクシナリオとなった。

4月は最も楽観的なシナリオが標準シナリオであったのに対し、今回は楽観シナリオと悲観シナリオの中間に標準シナリオを置く、という比較的一般的なシナリオ分けとなっている。

ところで、今月発表された経済協力開発機構(OECD)の世界経済見通しでは、2020年4-6月期に世界経済が底を打つシナリオと、7-9月期に回復するも、感染第2波によって10-12月期に再びマイナス成長に陥る「2番底シナリオ」の双方ともに標準シナリオとした。

しかし足もとでは、欧米や中国など主要国で感染の再拡大が見られ、IMFやOECDの見通しの前提よりも早いタイミングで、感染の第2波が到来している可能性がある(コラム「早まる感染第2波のリスクと米国でのマスク論争」、2020年6月25日)。第2波が早期に本格化した場合には、IMF、OECDともに世界経済見通しの標準シナリオを、さらに下方修正する余地が生まれるだろう。

金融市場に警鐘を鳴らすIMF

ところでIMFは、標準シナリオの見通しがこの先下方修正されるリスク要因は、感染の状況だけではないという。今後の金融市場の動向も大きなリスク要因であることが、報告書の中で指摘されている。

IMFは「このところの金融市場のセンチメントの回復度合いは、経済見通しの変化と乖離しているように見受けられる」としている。先行きの経済見通しが比較的厳しく、不確実性も高い状況にあるのに、3月以降の株式市場、社債市場、証券化商品市場の価格が回復していることへの違和感を指摘しているのだ。

そして、楽観論が行き過ぎた感のある金融市場が再び不安定化することが、感染再拡大と並んで、先行きの経済に大きな下振れリスクであることを指摘しているのである。金融市場に警鐘を鳴らすこうしたIMFの指摘は、適切だろう。

産業構造の円滑な転換を促す政策が重要

他方、経済政策面については、以下のIMFの指摘が重要である。「経済を再開する国では、回復の進展にともなって特定層を対象とする支援を段階的に終了し、需要拡大に向けた刺激策や、パンデミック後に恒常的な規模縮小が見込まれる産業部門からの資源の再配分を円滑化および促進するような政策を実施すべきだ」。

現在は打撃を受けた企業や雇用の支援策が最も重要な局面であるが、いずれは景気刺激策に加えて、円滑な産業構造の転換を促す経済政策が重要である、という主旨だ。

コロナショックによって個人の消費行動が変わることが、需要面から産業構造の転換を促す。例えば、従来よりも旅行、外食などを控える一方、巣ごもり消費を拡充する、といったものだ。しかし企業活動や労働者といった供給側がそれに合わせて変化しないと、経済の需給がミスマッチした状況が長期化し、低成長が続いてしまう可能性がある。

日本では労働市場の流動性の低さが障害となるリスクも

日本政府も現在は、飲食業など大きな打撃を受けた企業と労働者を、財政資金を用いて支援しているが、いずれは先行きの産業構造の変化を見据えて、企業の業種転換や労働者の他業種への移動を促すことが重要になる。それができないと、コロナショックをきっかけに、経済の潜在力がより低下して、経済の長期低迷のリスクが高まるだろう。

労働市場の流動性が高い米国では、4月に失業率が急上昇し、これが社会不安も生んだ。多方、労働市場の流動性が低い日本では、失業率の上昇幅は相対的には小さくなりやすい。

しかし、それが産業構造の転換を妨げる要因になってしまう可能性もあるだろう。職業訓練の拡充、転職支援などを通じて、いずれは労働者を救う政策から労働市場の流動性を高める政策へと、大きく転じる必要がある。

将来の産業構造の変化を見据えたこうした経済政策は、現在、日本政府が実施している、緊急融資制度、給付金制度、雇用調整助成金制度等を用いた企業・雇用の支援策と比べて、格段に難易度が高まることになるだろう。

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