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次第に明らかになるデジタル人民元の実相

2020/08/27

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デジタル人民元の試行テストは4+1

中国人民銀行が発行する中銀デジタル通貨「デジタル人民元」の発行に向けた準備が、中国で進められている。現在先行して試行テストが行われているのは、深セン、蘇州、雄安新区、成都の4都市と2022年冬季五輪の会場(北京)のいわゆる「4+1」である。

さらに中国商務省はこのほど、「サービス貿易の革新的発展実験の全面的深化のためのマスタープラン(基本計画)」を発表し、その中で、北京・天津・河北、長江デルタ、粤港澳大湾区(広州、仏山、肇慶、深セン、東莞、恵州、珠海、中山、江門の9市と香港、澳門両特別行政区によって構成される都市圏)と中・西部の条件を満たした試行エリアの全28か所へと、試行テストを実施する都市を今後広げていく計画を明らかにした。2022年冬季五輪で、デジタル人民元のお披露目がなされる可能性があるという。

昨年時点で中国人民銀行は、「中国は主要国で初めて中銀デジタル通貨を発行する国になる」として、早期の発行を示唆していた。その時点と比較すると、発行スケジュールは後ずれしている感もある。

昨年6月に計画が発表された、フェイスブックが主導する民間のデジタル通貨「リブラ」が、中国国内や周辺国で利用が広まることを中国政府や中国人民銀行は強く警戒していた。しかし、世界の金融当局の強い反発で「リブラ」の発行計画が難航し、その後に計画が大きく見直された。そのため、リブラに対抗するために急いでデジタル人民元を発行する必要性が低下したのではないか。

米国金融覇権への挑戦のためデジタル人民元の発行を急ぐ必要も

さらに、デジタル人民元の発行準備を進める中で、解決しなければならない課題が思いのほか多く浮かび上がった、とういう面もあるだろう。中国人民銀行は、発行までには、理論の信頼性、システムの安定性、機能の可用性、フローの利便性、場面の適正性およびリスクの制御可能性を検証する必要があるとし、さらにマネーローンダリング(資金洗浄)対策、テロ対策、租税回避対策などもしっかりと講じなければならない、と説明している。

しかし一方で、米国の金融覇権に対抗するためには、人民元の国際化と米国が牛耳っている国際銀行送金システムの国際銀行間通信協会(SWIFT)を経由しない形での国際決済を拡大させていく必要があり、デジタル人民元は周辺国での利用拡大を通じて人民元の国際化を進める起爆剤となることが期待されているだろう。

この点からは、中国はデジタル人民元の発行を急ぐ必要もある(コラム「人民元国際化推進の秘策は何か」、2020年8月26日)。

デジタル人民元は銀行それぞれのアプリ上で

デジタル人民元計画の全容はいまだ明らかではないが、現地の報道などから、次第に明らかになってきた面もある。

中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行という4大銀行が、それぞれデジタル人民元のデジタルウォレットのテストを行っている。ここから推察されるのは、デジタル人民元は共通した一つのアプリ上で行われるのではなく、人民銀行から得たデジタル人民元をユーザに供給する銀行やアリペイ、ウィーチャットペイなどが、それぞれの既存のアプリをユーザに提供する可能性が高い、という点だ。既存のアプリを使用する方が、コストを節約できるうえ、ユーザにとっても新たなアプリを導入してそれに慣れる必要がなく、都合が良いだろう。

澣徳金融科技研究院の院長を務める中国人民大学金融科技研究所の楊研究員は、デジタル人民元を利用する際に、以下の3つのプロセスを想定している。

第1に、ユーザはデジタル人民元を利用できるアプリをスマートフォンにダウンロードする。

第2に、ユーザは、登録のため氏名、身分証の番号、携帯電話の番号などの情報を入力し、アプリの中で必要な個人信用情報調査授権書類を表示する。

第3に、デジタル人民元を入手(チャージ)するために、銀行口座と紐づける。

ユーザは、既に預金口座を持つ銀行に新たにデジタル人民元口座(デジタルウォレット)を開設し、預金口座から必要な額のデジタル人民元口座に資金を振り替えてデジタル人民元を利用することになると考えられる。

デジタル人民元は「口座型」と「持ち運び型」の併用か

デジタル人民元の使い方に関して、中国人民銀行デジタル通貨研究所の穆所長が興味深い説明をしている。スマートフォン同士を近づけるだけで、デジタル人民元を移転させる(送金)ことができ、ネットワークにつながっている必要はない、というのだ。ちなみに、デジタル人民元のネットワークは、ブロックチェーンとなる可能性が高い。仮に異なる技術が用いられるとしても、既存の銀行間の決済システムが利用されることはない。

スマートフォン同士を近づけるだけで、デジタル人民元を移転させる(送金)ことができるということは、スマートフォン本体にデジタル人民元の価値を保存することが可能になることを意味しているのだろう。

一般にデジタル通貨は、「口座型」と「持ち運び型(分散型)」に分けられる。日本でも利用される多くのスマートフォン決済は、前者の「口座型」で管理される。他方、デジタル通貨の一種であるプリペイドカードは、後者の「持ち運び型」であり、ネットワーク上の口座(ウォレット)ではなくカードに価値が保存されている。

デジタル人民元は、「口座型」と「持ち運び型」が組み合わされた設計になるのではないかと推察される。「持ち運び型」の欠点は、デジタル通貨の価値を保存したカードやスマートフォンを紛失した際には、その価値を失ってしまうことだ。他方、自然災害時やシステム障害などの際には、ネットワークが稼働していなくても利用できるという利点がある。

「口座型」と「持ち運び型」が組み合わされたデジタル人民元の設計は、現在各国で検討されている中銀デジタル通貨のモデルとなっていくかもしれない。

デジタル決済分野での銀行支援の狙いも

中国がデジタル人民元を発行する背景には、アリペイ、ウィーチャットペイといったプラットフォーマーに対する国内銀行のデジタル決済分野での競争力を引き上げる狙いがあるようだ。実際、デジタル人民元は、スマートフォンを用いてアリペイ、ウィーチャットペイとほぼ同様の仕様で、ユーザが利用できる。他方で、中銀デジタル通貨はアリペイ、ウィーチャットペイよりも高い信用力を持つため、ひとたびデジタル人民元が発行されれば、ユーザはアリペイ、ウィーチャットペイからデジタル人民元へと、デジタル通貨の利用をシフトさせていく可能性が十分にあるだろう。

他方、デジタル人民元は、国内銀行とアリペイ、ウィーチャットペイとが同じ条件のもとで、提供されることになる。この結果、デジタル人民元の発行は、デジタル通貨の分野で、アリペイ、ウィーチャットペイの影響力を低下させる一方、銀行のプレゼンスを相対的に高めることになるだろう(コラム「デジタル人民元発行の狙いにアリペイ等の影響力低下も」、2020年8月14日)。国内の決済システムを、規制が行き届いている銀行を通じてしっかりと管理しておきたいという、当局の狙いがここにあるのではないか。

デジタル人民元の最大の狙いは人民元の国際化

ただし、デジタル人民元を発行する一番の狙いは、こうした国内要因にあるのではなく、米国の金融覇権に挑戦するために、使い勝手の良いデジタル人民元を「一帯一路国」など周辺国に広めることで、人民元の国際化を進めることにあるのではないかと考えられる(コラム「人民元国際化推進の秘策は何か」、2020年8月26日)。

いたずらに米国を刺激することを避けるために、人民元の国際化というデジタル人民元発行の本当の狙いを、中国は決して強調し喧伝しないのである。

(参考資料)
「デジタル人民元応用の5つのイメージ 端末を近づけて送金完了?」、人民網、2020年8月24日

 

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