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菅政権下での政策を展望する

2020/09/14

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注目は党役員人事、組閣人事に

9月14日に都内で開かれる自民党総裁選挙で、事前予想通りに菅官房長官が新総裁に選出された。総投票数のうち7割の票を得て圧勝となった。今後の注目点は、15日にも予想される幹事長を中心とする党役員人事、16日に行われる首相指名選挙後の組閣人事に移る。

総裁選の中で菅氏が最も強くアピールしてきたのは、コロナ問題という国難の下で政治空白を作らないことであり、そのため、安倍政権の政策を継承するという姿勢を前面に押し出している。他方、安倍政権の政策を継承するという姿勢は、辞任表明後に一気に高まった安倍政権への支持率を受け継ぐための手法であり、また党内の主要派閥の支持を維持するための手法、という側面もあるだろう。

菅氏の政策姿勢は3層構造か

菅氏が発表した政策綱領や総裁選候補者との討論会、記者会見などから見て取れる菅氏の政策姿勢は、3層構造になっているように思われる。第1層は、安倍政権の政策をそのまま継承する部分、第2層は、安倍政権の政策を発展させる部分、第3層は、独自の政策の部分である。第2層は、今まで安倍政権で取り組んできた政策課題の中で、菅氏がまだ十分な成果を上げていないと考える分野である。

第3層の独自の政策は、「デジタル庁」の設置などデジタルガバメントの推進を伴う行政組織の縦割り打破、携帯通話料金の引き下げ、地方銀行の再編などだろう。第2層については、安倍政権の下でも進められた地方創生の強化、不妊治療の保険適用などを通じた少子化対策の強化、待機児童問題への対応を通じた女性活躍政策の強化などだろう。

地域金融機関再編は地方活性化の観点か

第2層、第3層の政策は、いずれも菅氏の総務大臣時代の経験に端を発している面が強いように思われる。デジタルガバメントの推進を通じて、省庁間の連携を一層強化することは重要だと思うが、安倍政権の下でも進められた官邸主導、行政組織・官僚組織の縦割り打破の姿勢が、官僚人事に対する官邸の影響力の過大な高まりを通じて、様々な問題を引き起こしたことへの反省も必要なのではないか。

菅氏は、地方銀行について「将来的には数が多過ぎるのではないか」、「個々の経営判断の話になるが、再編も一つの選択肢だ」と述べている。

地方銀行再編の議論は、数の削減が先にありきなのではなく、それを通じて一体何を目指すのかが重要である。「再編も一つの選択肢」というのは地方銀行再編に関して金融庁が近年用いている公式見解であるが、この言葉は、再編が目的なのではなく目的達成のための手段であること、その目的を達成する手段は複数あり再編はその一つであること、再編はあくまでも当事者の判断であること、等のニュアンスがあるのではないか。

「再編も一つの選択肢」というフレーズと比べた場合、菅氏の発言のうち前者の「数が多過ぎる」というのは、乱暴な発言と感じられる。数を減らすことを通じて何を目指すのかについて、菅氏はもっと丁寧に説明すべきではないか。

地方銀行の再編については、金融システム不安を回避するために、経営基盤が弱い銀行が救済合併されるようなケースと、統合・合併などを通じて経済の効率化を高め、より持続的なビジネスモデルへの転換を目指すケースとがあるのではないか。菅氏の関心が地方経済の活性化にあるとすれば、地方銀行の再編もそれに資するもの、との考えなのではないか。それは、後者のケースである。

合併・統合をより容易にする法整備が時限措置でなされたことと、コロナショックによる経営への打撃の双方から、当面は地方銀行の再編のペースがやや高まる可能性はあるだろう。しかし、菅政権が力ずくで地方銀行の合併・統合を強く促すようなことはないのではないか。

憲法改正議論と外交、安全保障政策は変質か

菅氏は安倍政権の政策の継承を掲げているが、実際には後退していく分野もあるのではないか。それが憲法改正と外交、安全保障政策である。自民党総裁選に向けた菅氏の政策綱領の中に、憲法改正についての言及はある。しかし、安倍首相のような強い思い入れはないことから、菅政権の下で、憲法改正の議論はかなりトーンダウンする可能性はあるのではないか。もちろん、今後の国際情勢の変化によっても議論は影響を受けるだろう。

また菅政権の下では、外交、安全保障の重要性は相対的に低下するのではないか。菅氏が6つの政策綱領の最後に示したのが、国益を守る外交・危機管理である(コラム、「自民党総裁選に向けた菅氏の6つの政策綱領を検証」、2020年9月7日)。しかし、この外交、安全保障の分野では、菅氏の独自色はほぼ感じられない。外交分野では菅氏の手腕は未知数、との指摘も多く聞かれるところである。

その結果、外交、安全保障面では、政策の中での相対的な重要性の低下が生じると共に、安倍政権のもとでみられた保守的な色彩が、弱まる可能性があるのではないか。

財政健全化も後退か

また経済政策については、財政健全化姿勢が後退することが懸念される。財政健全化という方針が、菅氏の政策綱領に含まれていない。安倍政権は少なくとも形式的には掲げ続けてきたこの方針が外れたことは、名実ともに財政健全化が後退することを意味するのではないか。それは、経済や金融市場の安定の観点からは、大きな懸念材料だろう。

安倍政権と比べて菅政権の経済政策は、やや左派色が強まるのではないか。政策綱領の3番目には雇用確保、5番目には安心の社会制度を掲げている。また菅氏は、待機児童問題を終わらせる考えを強く示している。こうした政策は、コロナ対策と共に、さらなる財政支出の拡大に繋がる可能性を秘めているだろう。

コロナ対策については、必要な支出増加は実施すべきだが、それを安易に国債発行で賄うのではなく、将来の財源確保の議論を進めて、財政健全化方針と整合的になるに努めるべきだ。

サプライサイド政策重視とはならないか

国内経済は、安倍政権の発足直前の2012年11月を底に、2018年10月の山(暫定)まで71か月間と、戦後2番目の長さの景気回復を実現した。世界経済の長期回復が、その強い追い風になったのである。

しかしこの間、日本経済の潜在力は低下傾向を辿ってしまった。日本銀行の推計によると、技術進歩などに基づく生産性上昇率を示す全要素生産性(TFP)上昇率は2010~11年をピークに低下傾向を続け、足もとでの潜在成長率の押し上げ寄与度は年率+0.1%程度にまで低下している。それを背景に潜在成長率も、足もとで年率+0.1%程度まで低下している。

潜在成長率が低下傾向を辿る下では、国民は日本経済の将来に明るい展望を持つことはできない。また、労働生産性上昇率が低下傾向を辿る下では、国民は自らの将来の生活に明るい展望を持つことはできない。労働生産性上昇率は、個人の購買力を決める実質賃金の上昇率に大きな影響を与えるためだ。

需要を刺激することを通じてデフレを克服しようと、国債発行で賄う形で財政支出を拡大すれば、日本経済の潜在力を一段と低下させてしまう可能性がある。国債発行の増加は将来の需要を前借し、また世代の負担を増やすことになるため、企業は中長期的な成長期待を低下させ、設備投資の拡大、雇用の増加や賃金の引き上げにより慎重になってしまう、と考えられるためだ。

こうした点から、潜在成長率を高め、生産性上昇率を高める施策を、新政権には強く求めたい(コラム、「歴史的長期政権はコロナショックを機に経済政策の大幅転換を」、2020年8月19日、「安倍首相辞任で期待される経済政策の枠組み修正」、2020年8月28日)。生産性上昇率の向上は実質賃金上昇率の向上をもたらし、広く国民が自らの将来の生活に明るい展望を持てるようになるだろう。

菅政権は、前政権の経済政策の効果と副作用を十分に検証した上で、デフレ克服を目標にする需要創出策から、日本経済の生産性を高めるサプライサイド(供給側)政策へと、一気に舵を切るべきだと筆者は考える。しかし、それは残念ながら期待できそうもない。

金融政策への影響力は低下か

最後に、金融政策についての菅氏の関心はあまり高くないように見える。金融政策についても、安倍政権の姿勢を継承すると説明しながらも、菅氏の6つの政策綱領の中に、金融政策への言及はない。討論会や記者会見で金融政策について問われても、安倍政権の政策姿勢を継承する姿勢を示すだけで、具体的な考えは示していない。

安倍政権下でも、政府が金融政策に強く関与したように見えるのは、政権当初のみである。その後は、金融政策の物価上昇率の押し上げ効果が期待外れであったことから、金融政策策頼みの姿勢は後退していった(コラム、「安倍首相辞任で金融政策は変わるか」、2020年8月31日)。菅政権も、景気対策の柱は、金融緩和策ではなく財政出動となるだろう。

政権交代と共に、日本銀行が即座に政策姿勢を変えることは考えられない。しかし、菅政権の下では、日本銀行は異例の金融緩和策のリスクを管理・軽減する措置や、事実上の正常化をより進めやすくなるのではないか。ただし、明確に正常化に転じるのは、黒田総裁に代わる次期総裁のもとだろう。そして、次期総裁が日本銀行出身者であれば、そうした政策転換はより容易となるだろう。

安倍政権の終焉と菅政権の成立は、多少長い目で見れば、日本銀行が金融政策を修正し、また、その自主性や政策の自由度を取り戻していく大きなきっかけになり得る、と言えるのではないか。

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