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デジタルユーロ構想に7つの狙い:デジタル人民元とリブラを迎え撃つ

2020/10/09

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デジタルユーロの5つの原則と7つの狙い

欧州中央銀行(ECB)は10月2日に、中央銀行デジタル通貨「デジタルユーロ」に関する報告書(Report on a digital euro)を公表した。この報告書に基づいて、12日から意見を公募する。その結果を踏まえECBは、2021年半ばにかけてデジタルユーロを発行するか否かの方針を示す予定だ(コラム「デジタルユーロ発行に向けECBが報告書を公表」、2020年10月8日)。

同報告書の中では、デジタルユーロについて5つの大原則が示されている。第1が、現在流通しているユーロと等価での交換性を持つこと。第2が、中央銀行の債務であり、中央銀行によって管理されること。第3が、ユーロ圏域内国すべてで同じ条件で流通すること。第4が、民間のデジタル通貨を排除するものではないこと、第5が、最終利用者に信頼されるものであること。

さらに同報告書の中では、第2章「デジタルユーロを発行する理由ー考えられるシナリオと示唆される必要条件」と題する章が設けられている。ここでは7つのシナリオが提示されているが、それらはシナリオというよりもデジタルユーロを発行する際の狙いやメリットの説明と言った方が分かりやすい。

以下では、デジタルユーロを発行する際の7つの狙いについて、概要を紹介したい。

1)デジタル化推進の牽引役

デジタルユーロを発行することで、金融セクターおよび経済全体のデジタル化を推進することができる。デジタルユーロは将来の需要の変化や技術の変化に対応できるように、拡大余地を確保することを含めて柔軟な設計とすることが重要だ。

2)現金利用の減少への対応

現金の利用が一定程度まで低下すれば、(採算の観点からATMの台数が減少するなど)、現金の入手が急速に困難となる事態が生じ得る。それに対して、デジタルユーロは、現金に代わる支払い手段を提供できる。多くの人がデジタルユーロを利用することができるようにするためには、現金利用と同様に「低コスト」で利用できるようにする必要がある。さらに不正利用を回避し、消費者保護を徹底する「安全性」、市場リスクや信用リスクのない「リスクフリー」、「使いやすさ」、迅速な支払いを可能にする「効率性」などの要素が、デジタルユーロには求められる。

コロナ感染リスクを警戒して、人々は現金の利用を減らし、キャッシュレスの決済を拡大させている。デジタルユーロは、現金による決済の良い部分をできる限り取り込み、現在の現金利用と同じ感覚で利用することができるようにすることが重要だ。

それは例えば、プライバシー保護だ。現金の利用では、匿名性が保証されているため、プライバシーの問題は生じない。また、現金利用を好む人は、デジタルのリテラシーに問題のある場合も少なくない。デジタルユーロは、そうした人たちも簡単に使えるようなものにする必要がある。

さらに、デジタルユーロは国民から強く支持されることが必要で、欧州統合の象徴となるべきだ。そして、ユーロ紙幣や硬貨の利用が減っていった場合に、ユーロの象徴的な価値がなくならないようにする役割も求められる。

3)海外機関発行の非ユーロ建てデジタル通貨への対応

多くの海外の中央銀行が、中銀デジタル通貨の発行を検討している。欧州の国民がそれらを使うようになれば、それはユーロを代替するとともに、欧州経済の中で為替リスクを高めてしまう。

また、欧州の機関の監督が及ばない海外企業、例えば十分に規制されていない海外の大手IT企業が、グローバル・ステーブルコインのように非ユーロ建てのデジタル通貨を発行し、それが世界、そして欧州で小口決済に広く利用されるようになれば、欧州の金融、経済、そして究極的には政治的な主権を脅かすようになる可能性がある。実際、中銀デジタル通貨も民間企業が提供するプラットフォーム上で、世界で流通することが検討されている。

非ユーロ建てのデジタル通貨が欧州で支払手段、価値貯蔵手段として利用されれば、欧州の金融政策の波及メカニズムを損ね、金融仲介機能、金融の安定に関わる国際資金フローに予想外の影響を与える可能性がある。その際には、デジタルユーロの発行でそうした通貨に対抗することで、金融分野を中心に欧州の主権、安定を維持できる。

また、デジタルユーロは中央銀行が直接管理することで、欧州の国民に対して、最先端の技術に基づく高い標準の支払い手段を提供することが求められる。そうなれば、仮に他国で中銀デジタル通貨が先に発行されても、ユーロのレピュテーションは維持できる。

4)金融政策の効果を高める

その効果は必ずしも明確ではないが、デジタルユーロに金利を付け、それを変動させることで、金融政策の波及効果を高めることができる可能性がある。

5)緊急事態に備える

金融機関や金融インフラは、多くのテールリスクにさらされている。デジタル化が進むほど、支払いサービスはサイバーテロによって被害を受けるリスクが高まる。それ以外に、自然災害によっても被害を受ける。カード支払い、オンラインバンキング、ATMなどが停止すれば、小口決済システムに大きな打撃となり、金融システム全体の信認低下にもつながる。

こうした事態が生じた場合、現金に加えてデジタルユーロは、そうした小口決済手段を代替することができる。また、それが可能となるような仕組みとすることが求められる。

感染症が拡大し、人々が現金利用を通じた感染のリスクを強く警戒する場合にも、デジタルユーロは安全な決済手段を提供できるだろう。

6)ユーロの国際的な地位を高める

ユーロの強い国際的な地位は、欧州経済の自律性を強める。他国の主要中央銀行が中銀デジタル通貨の発行を通じて通貨の国際的な地位を高めると、それはユーロの相対的な地位の低下を招く。デジタルユーロの発行は、そうした事態を回避し、海外でのユーロ需要を高めることを可能とする。

他方、中銀デジタル通貨で他国と協調し、中銀デジタル通貨間の相互利用を可能とすれば、それはユーロの国際的地位にプラスとなる。また、他国民がデジタルユーロを保有することなく、ユーロ圏との間で国際決済を行うことが可能だ。例えば、現在では、多くの国際決済はドル建てでなされ、それは米国の銀行によって担われている。しかし、中銀デジタル通貨で幾つかの国が協調すれば、ドルに依存せずに、各国民がそれぞれ自国の中銀デジタル通貨で国際決済ができるようになる。これは、ドルの国際的地位の低下とユーロの地位の上昇をもたらすだろう。

7)決済システムの効率を高める

一般に、決済手段や決済インフラは、エネルギー効率が高いとは言えない。デジタルユーロは、決済システム全体のコストを引き下げ、環境への負荷(エコロジカル・フットポイント)を低下させることが求められる。

デジタル人民元とリブラへの対抗

以上が、報告書で説明されているデジタルユーロの発行を検討する7つの狙いである。今まで各国でされてきた、中銀デジタル通貨発行の是非の議論と比べて、特段新しいものはない。

ただし、ECBがデジタルユーロの発行を検討する大きな狙いに、特定はしていないものの、デジタル人民元とリブラへの対抗があることは極めて明らかだ。デジタルユーロは、ユーロ圏内で、ユーロ建てで行われる民間デジタル通貨の発行を妨げることはないが、中国人民銀行が発行する人民元建てのデジタル人民元やリブラなど海外企業が発行する非ユーロ建てのデジタル通貨が域内で利用され、金融システム、金融政策、経済に悪影響が及ぶことを非常に警戒している。そして、デジタルユーロは、こうした海外のデジタル通貨を迎え撃ち、潰すための手段として検討されているのである。

「三つ巴」の通貨覇権争いが本格化か

ただし、そうした防御にとどまらず、デジタルユーロの発行を、ユーロの国際的な地位向上を高めるための攻めの手段とする考えも、報告書には示されている。それは、米国の通貨・金融覇権に対する挑戦である。米国は国際的な銀行送金を牛耳っている。

デジタルユーロが発行され、また他の主要国でも中銀デジタル通貨が発行された場合には、それぞれが協調することで、新たな国際決済システムを生み出すことができるとECBは考えているのではないか。これは、中央銀行が現在よりも大きな役割を果たす国際決済システムのように思われる。

その場合、ECBが協調する相手として想定しているのは、日本と英国、つまり、ユーロ、円、ポンドの連合である。デジタルユーロ構想の背景には、デジタル人民元への対抗と共に、米国の通貨・金融覇権に対する挑戦もある。

この点から、デジタルユーロ構想は、ドル、人民元、ユーロ(及び円・ポンド)の間での三つ巴の通貨・金融覇権の争いがいよいよ本格化することを示すもの、とも言えるだろう。

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