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他国に先行するデジタル人民元の実証実験

2020/10/20

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実証実験が進むデジタル人民元

日本銀行は10月9日、今後、中銀デジタル通貨の実証実験を行う考えを明らかにした。実証実験の3つの段階のうち、発行や流通など通貨に不可欠なシステム上の設計を検証するとされる、思考実験に近い第1段階については、「2021年度の早い時期に開始することを目指す」としている(コラム「中銀デジタル通貨への取り組みを強化する日本銀行」、2020年10月12日)。

これに対して、中銀デジタル通貨の発行計画で先行する中国では、民間の事業者や消費者が実際に中銀デジタル通貨を利用するパイロット実験である、日本銀行が分類する第3段に当たる実証実験を、以前から進めている。

中国人民銀行の易綱総裁は、2022年に開催予定の北京冬季五輪までにデジタル人民元を発行する方針であると表明しているが、正式発行のスケジュールはまだ確定していない。

先行し試行テストが行われてきたのは、深圳、蘇州、雄安新区、成都の4都市と2022年冬季五輪の会場(北京)のいわゆる「4+1」である。さらに中国商務省は今年8月に、北京・天津・河北、長江デルタ、粤港澳大湾区(広州、仏山、肇慶、深圳、東莞、恵州、珠海、中山、江門の9市と香港、澳門両特別行政区によって構成される都市圏)と中・西部の条件を満たした全28か所へと、試行テストを実施する都市を広げていく計画を明らかにしている(コラム「次第に明らかになるデジタル人民元の実相」、2020年8月27日)。

深圳で5万人のデジタル人民元実証実験

そして今月には、習近平国家主席の訪問に合わせるかのように、深圳でデジタル人民元の紅包(ご祝儀)実験が行われた。市内在住の住民に対して、総額1,000万元(約1億5,000万円)に上るデジタル人民元が配られたのである。金額は1件あたり200元(約3,000円)で、5万人に配られた。この実験には191万人が申し込み、抽選で5万人が当選した。当選の確率は2.6%だ。

デジタル人民元が利用できた期間は10月12~19日で、深圳市羅湖区内のスーパーや飲食店、ガソリンスタンドなど、約3,400店舗で利用された。利用できる店舗には、それを知らせるプレートが表示されたという。

中国はデジタル人民元の設計について、その詳細を明らかにしていないが、こうした実験を通じて、その一端が垣間見られる。当選した人の話によると、当選を知らせるショートメッセージとともにスマホに送られてきたリンク先から、デジタル人民元のアプリをインストールする。そこに、スマホの電話番号を打ち込むと登録が完了し、個人用デジタルウォレットが作成される。そしてこのウォレットに、デジタル人民元200元が振り込まれたという。

アリペイやウィーチャットペイとの違い

デジタル人民元のスマホアプリ上では、画面の右上の角にQRコード読み取りのアイコンが表示される。ユーザーが業者側の受け取りコードをスキャンするか、業者側がユーザーの支払いコードをスキャンすると支払いが完了する。つまり、使い方はアリペイやウィーチャットペイとよく似ているのである。そのため、多くの人はデジタル人民元をスムーズに利用できたと見られる。

ただし、支払いを受ける店側にとっては、デジタル人民元はアリペイやウィーチャットペイとは異なる面もある。第1に、アリペイやウィーチャットペイはネットに接続していないと利用できないが、デジタル人民元はスマホ上に価値が移転される方式と併用され、通信環境に関わらず確実に決済が完了できる。

また、深圳での実証実験からは離れるが、第2に、デジタル人民元は、民間決済サービス業者が提供するデジタル通貨に比べて信用力が高い。後者の場合には、業者が破綻したらチャージしたデジタル通貨が戻ってこないリスクもあるが、法定通貨であるデジタル人民元では、そのようなことは起こらない。

第3に、アリペイやウィーチャットペイとは異なり、デジタル人民元による代金の受け取りを、店側が拒否することができない。第4に、アリペイとウィーチャットペイは、相互に資金を移転することはできないが、デジタル人民元を介してそれが可能になるかもしれない。第5に、銀行預金からデジタル人民元ウォレットに資金を移転(チャージ)する際には、手数料は発生しないとみられる。

G7はデジタル人民元の海外での利用を前提に牽制

10月13日に開かれたG7(主要7か国)財務大臣・中央銀行総裁会議は、「透明性、法の支配、健全な経済ガバナンス」の3つを、事実上、中銀デジタル通貨が満たすべき3原則として示した。さらに名指しは避けながらも、これらの条件を満たしていない懸念があるとして、中国のデジタル人民元構想を強く牽制した(コラム「G7がデジタル人民元を強く牽制」、2020年10月14日)。中銀デジタル通貨を含め、各国でどのような通貨、どのような決済システムを導入するかは、まさに国家主権に関わる問題であり、各国が決めるべきことだ。それを承知の上で、G7が中国のデジタル人民元構想を牽制するのは、その利用が中国一国にとどまらず、海外で流通することを想定しているからに他ならない。その場合には、他国の金融システムや金融政策にも悪影響が及ぶ可能性が出てくる。

実際、中国がデジタル人民元の発行で目指すのは、海外での利用を拡大させることで人民元の国際化の起爆剤とし、国際的な資金決済を支配する米国の通貨・金融覇権に挑戦することにある、と考えられる。先進国で人民元の利用を拡大させることで、ドルに競合することは簡単ではない。また、かなりの時間がかかるだろう。

デジタル人民元を通じた人民元国際化の戦略

他方で、「一帯一路構想」参加国を中心に、自国通貨の信頼性が低い国に、デジタル人民元の利用を認めれば、デジタル人民元がその法定通貨に一気にとって代わる、「ドル化」ならぬ「人民元化」を引き起こすことは可能だろう。また、友好国に対して、中国との間での貿易決済などでデジタル人民元の利用を強制することで、人民元の国際化を進めることは可能となるのではないか。

しかし、そうした重要な国家戦略を、中国が対外的に安易に明らかにすることはないだろう。今後も、主に国内で利用されるデジタル人民元については、他国からの干渉は受けない、と中国は主張し、G7の牽制をかわし続けることになるのではないか。

中国側のデジタル人民元計画の真意を探る観点から、今後の報道などを通じて漏れ伝わってくる、デジタル人民元の海外利用に関わる情報については、見落とすことなく注意深く見ていきたい。

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