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リップル社を提訴した米国SEC

2020/12/24

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2020年12月22日、米国の証券取引委員会(SEC)は、暗号資産(いわゆる仮想通貨)ビジネスの主要な担い手の一つとして世界的に著名な企業である Ripple Labs, Inc. (以下「リップル社」という。)とその創業者らが、違法な証券募集を行ったとして、差止命令の発給や調達した資金の没収、民事制裁金の賦課などを求める訴訟をニューヨーク南地区連邦地方裁判所に提起した(注1)。

リップル社が組成した暗号資産リップル(XRP)は、多種多様な暗号資産の中でも時価総額がビットコイン、イーサリアム(イーサ)に次ぐ第3位、あるいはビットコイン、イーサと米ドルに連動するステーブルコインとされるテザーに次ぐ第4位とされる。今回の訴訟においてSECは、2013年以降に行われた146億ユニット、総額13.8億ドルに上るXRPの発行が、1933年証券法に規定される証券募集の登録届出義務に違反して行われたものであると主張している。提訴の対象となったのは、XRPの発行者だとされるリップル社とその創業者の一人で2016年12月までCEOを務めていたクリスチャン・ラーセン同社会長、同社の現CEOであるブラッドレー・ギャリングハウス氏の3者である。

暗号資産をめぐるSECのこれまでの姿勢

SECは、サイバー攻撃によって頓挫した暗号資産プロジェクト The DAO に関する報告書を2017年7月に公表して以来、暗号資産とりわけビットコインやイーサの払い込みに応じて発行される各種のトークンは、1933年証券法の規定に基づくSECへの登録届出を義務付けられる「証券」の一つである「投資契約」に該当する場合が少なくないという見解を示し、SECへの届出なしに行われた詐欺的なトークン発行の摘発を積極的に進めてきた(注2)。

また、2018年11月頃からは、直ちに詐欺的とまでは言いにくい経済的実態を伴うプロジェクトに活用されている暗号資産をめぐるICO(initial coin offering、トークン発行による資金調達)についても、無登録の証券発行として民事制裁金などの厳しい制裁措置を求めることも辞さない立場を明確にし、SECへの登録義務を免除される私募等をめぐるルールに依拠した暗号資産の発行や販売を促すという姿勢を示してきた(注3)。

このため、今回のリップル社に対する提訴は、SECが示してきた従来の路線の延長線上の行動と受け止めることもできる。とはいえXRPは、世界の暗号資産の中でも特に規模が大きいことに加え、XRPを介在させることで国際送金をスムーズに行う実証実験が日本を含む世界各国の有力金融機関と共同で進められてきていたといったこともあり、大方の想定外とも言える提訴は、各地の暗号資産交換所でのXRP価格の暴落を引き起こすなど暗号資産ビジネス関係者に大きな衝撃を与えた。

SECの主張

今回の訴訟におけるSECの基本的な主張は、リップル社が発行したXRPは、いわゆる「ハウイ基準」に示された①資金の出資、②共同事業、③収益の期待、④収益獲得がもっぱら他者の努力によること、という4つの要件を満たしており(注4)、証券法の規制を受ける「証券」の一つである「投資契約」に該当するというものである。

とりわけSECは、様々な事実を指摘しながらリップル社とラーセン氏らが、投資者に対しXRPを購入することで何らかの収益の獲得が期待できること(上の③)やそうした収益の源泉となるビジネス上の成果がもっぱらラーセン氏らの努力によって達成されるものであること(上の④)を訴えていたことを強調しようとしているように見受けられる。

またSECは、恐らくリップル社側がXRPは「証券」ではなく「通貨」であると反論する可能性があることを念頭に置きつつ、XRPはいずれかの政府や中央銀行によって発行された法定通貨やそれらによって価値を保証されたものなど連邦証券法上の「通貨」に該当するものではないという主張を展開している。

更にSECは、リップル社とラーセン氏らがXRPを「通貨」として販売していた事実はないと主張し、また同社が助言を求めた国際的な法律事務所がXRPをめぐる販売手法等の内容によってはXRPが連邦証券法上の「投資契約」とみなされる可能性があるという法律意見を示し、ラーセン氏がそうした事実を遅くとも2013年までには認識していたとも指摘するなど、リップル社とラーセン氏らが、SECへの登録届出や何らかの登録免除規定への依拠なしにXRPを広く投資者に対して販売することの違法性を認識していたことを立証しようとしているように思われる。

リップル社側の反応

SECによる提訴を受けて、自らも提訴の対象となっているリップル社のギャリングハウスCEOは、自社の従業員に向けて送信したメッセージを公表し、XRPは「投資契約」には該当せず「証券」ではないとする法律家の見解を紹介した上で、訴訟では必ず勝利するとして従業員に無用の不安を抱かないよう訴えるとともに、「SECは暗号資産業界に対する全面的攻撃を仕掛けた」と当局の姿勢を強く非難した(注5)。

この声明の内容で一つ興味深い点は、ギャリングハウス氏が、SECが数ある暗号資産の中でビットコインとイーサだけに不当な優位性を与えようとしていると主張していることである(注6)。この主張には一定の根拠がある。

SECは「ハウイ基準」を適用しながら主に明らかに詐欺的なICOを摘発する一方で、2018年6月に行われたウィリアム・ヒンマン企業金融局長による講演の中で、もともと発行者が明確に存在するとは言えないビットコインに加えて、当初はビットコインとの交換で組成されており発行者が存在するとも考えられるイーサについても、少なくとも現在のイーサがSECへの登録届出を求められる「証券」であるとは言えないとする柔軟な法解釈を表明していた(注7)。

暗号資産ビジネス関係者の間では、そうしたSECの姿勢は、特定の発行者の行動や財政状態によって価値や価格が左右されることがなくなる程度にまで分権化した暗号資産は、たとえ最初に特定の発行者が存在したとしても「証券」ではないとして取り扱われる可能性があることを示唆したものと受け止められていた。ギャリングハウス氏は、ビットコインとイーサに次ぐ存在感を有するまでに成長したXRPが、前二者と同じ扱いを受けられないのは不当だと主張しているのである。

今後の展望

これまでSECは、暗号資産の規制上の位置付けをめぐって、The DAO に関する報告書で示した「ハウイ基準」の適用という考え方に立ちながら、数多くの民事、刑事手続きを進めてきた。しかし、民事手続きのほとんどは訴追対象者が違法行為の有無を明らかにしないままSECとの和解に応じて差止命令の発給や民事制裁金の賦課を受け入れるという形で終結しており、明らかに詐欺的な事案をめぐる刑事裁判を別にすれば、SECによる証券法の解釈と適用をめぐる裁判所の見解が示されたケースはほとんどない。それだけに、リップル社側が今後ともSECとの全面対決姿勢を貫いた場合、裁判所がどのような見解を示すのかは極めて興味深い。

今回の訴訟提起は、米国の政権移行期に行われた。もちろんSECは政治的中立性を求められる独立行政委員会だが、退任が予定されるドナルド・トランプ大統領による指名を受けて就任したジェイ・クレイトン現委員長は、既に辞意を表明している。リップル社のギャリングハウス氏は、先に紹介したコメントの中で、これまでイノベーションの支持者を装ってきたクレイトン氏は最後にとんでもないレガシー(遺産)を残したと批判する。

一方、民主党のジョー・バイデン次期大統領は、SECを含む金融規制当局の政策を検討するチームを編成し、オバマ政権下で商品先物取引委員会(CFTC)の委員長を務めたゲーリー・ゲンスラー氏をそのトップに据えているが、同氏やその周辺が暗号資産規制についてどのようなスタンスをとっているのかは不明確である。

なお、XRPは日本国内の暗号資産交換業者によっても幅広く取引されているが、日本法上は、XRPが資金決済法上の「暗号資産」であり、募集または売出しにあたって金融庁への有価証券届出書の提出を義務付けられる金融商品取引法上の「有価証券」には該当しないという解釈が確立されていると言ってよい。この点が今回のSECとリップル社側との訴訟によって影響を受けることはないだろう。


(注1)SEC v. Ripple Labs, Inc. et al., 20 Civ. 10832, December 22, 2020
(注2)詳しくは、大崎貞和「仮想通貨の規制をめぐる米国SECの動向」神田秀樹責任編集『企業法制の将来展望 資本市場制度の改革への提言2019年度版』財経詳報社(2018)第5章参照
(注3)大崎貞和のPoint of グローバル金融市場 「無登録のICOに制裁金を科した米国SEC」(2018.11.22)
(注4)ハウイ基準について詳しくは、黒沼悦郎『アメリカ証券取引法』[第2版]弘文堂(2004)21~24頁参照
(注5)"The SEC’s Attack on Crypto in the United States", December 22, 2020
(注6)ギャリングハウス氏は、そうしたSECの姿勢は「直接的に中国を利する」ものだと主張している。
(注7)大崎貞和のPoint of グローバル金融市場 「現在のイーサリアムは有価証券ではない」(2018.6.28)

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