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米国の積極財政・金融政策はコロナショック後の世界経済の回復にむしろ逆風とならないか

2021/04/07

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米国経済対策の効果で世界経済見通しは上方修正

国際通貨基金(IMF)は4月6日に、世界経済見通しを公表した。2021年の成長率見通しは6.0%となり、前回1月の予測値から0.5%ポイントの引き上げとなった(2022年は4.4%)。

6.0%という成長率は、IMFの統計で遡れる1980年以降では最高の水準となる。しかしこの高成長は、コロナショックを受けて2020年の成長率が-3.3%と世界大恐慌以来の大幅な落ち込みとなったことの反動という側面が強い。そして、前回1月の予測値から上方修正となった最大の要因は、米国での巨額の経済対策の効果だろう。さらに、年後半のワクチン接種の広がりを受けた経済活動の正常化も、見通し上方修正の前提となっている。米国の2021年の成長率は6.4%と、前回1月の予測値から1.3%ポイントの大幅上方修正となった。

回復ペースに大きな格差

しかし、コロナショック後の世界経済の回復は、依然として道半ばである。 2019年の世界のGDPの水準を100とすると2021年には102台と、コロナショック前の水準を取り戻す見通しである。しかし、比較的早期の回復は、中国、米国、インドなど、一部の主要国によってもたらされるものであり、実際には、国毎の状況にばらつきは大きい。

中国のGDPは既に2020年にコロナショック前の水準を取り戻している。米国のGDPは、今年前半にコロナショック前の水準を取り戻すことが見込まれる。これに対して、IMFの見通しでは、日本のGDPがコロナショック前の水準を取り戻すのは今年後半とされている。しかし、コロナショック前のピークの水準を取り戻す時期と考えた場合には、その時期は相当先になると筆者は考えている。

日本の2020年10-12月期の実質GDPは、コロナショック前のピーク(2019年7-9月期)の水準を2.3%下回っている。緊急事態宣言再発令の影響などで、2021年1-3月期はマイナス成長となった可能性が高い。他方、4-6月期も、ルネサス火災の影響などから低成長が避けられない。日本のGDPがコロナショック前のピークの水準を取り戻すのは、2024年までずれ込む可能性が考えられる。またIMFの見通しでは、欧州の回復の勢いは弱く、GDPがコロナショック前の水準に戻るのは2022年以降になる。

格差拡大がコロナショック後の世界経済の最大の特徴

このように、コロナショックからの回復ペースには、国毎に大きな格差が生じているのである。この格差は、感染抑制策の巧拙、ワクチン接種のスピードなどによって左右される。それに加えて、それぞれの経済が持つ潜在成長率の違いや、環境変化に対する対応力の違いも、格差を生み出す要因である。

例えば、新型コロナウイルス問題を受けて、消費者は宿泊、外食などの対人接触型サービスを減らすことになる。その分、宅配・デリバリー、巣ごもり消費関連の消費が増える。需要が減少する業種から需要が増加する業種へと、企業、雇用者が迅速に業種転換、職場転換すれば、回復ペースは早まる。しかし、日本では、企業や雇用者の業種転換、職場転換のスピードは概して遅く、その結果、コロナショックからの回復ペースは他国に遅れがちだ。

格差というのは、今回のIMF世界経済見通しのキーワードでもある。既に見たように主要国の間で回復ペースに大きさ差が出ていることに加えて、中期的には先進国と新興国・途上国の間でコロナショックの後遺症に大きな差が出ることをIMFは強調している。さらに、製造業と非製造業、対人接触型サービスと非対人接触型サービスの業況の差や、熟練労働者、ホワイトカラーと非熟練労働者、ブルーカラーの間の格差も大きい。こうした大きな格差こそが、コロナショック後の世界経済の最大の特徴であることは疑いがない。

米国と中国の政策姿勢に大きな違い

思い返してみれば、2008年のリーマン・ショック(グローバル金融危機)の後には、中国が4兆元の景気対策を打ち出し、世界経済の回復を助けた。ところが今回は、中国の金融・財政面での対策は、それほど突出したものではない。それどころか、早くも金融引き締め的な措置も示している。中国人民銀行(中央銀行)は2月に、銀行に対し、1-3月期の新規融資を前年同期と同水準以下に抑えるよう要求したと英紙フィナンシャル・タイムズは報じた。さらに、中国人民銀行は、今年1-2月の与信は前年同期比16%増となった新規融資の規模を、昨年並みにするよう要求したという。当局は資産バブルのリスク防止に取り組んでいるのである。銀行保険監督管理委員会(銀保監会)は3月末に、融資資金が不動産投機に流用されないよう、融資審査を強化するよう求めた。

これに対して米国では、年末0.9兆ドルのコロナ経済対策が実施され、1月にはさらに1.9兆ドルのコロナ経済対策が可決された。それに加えて、バイデン政権は2兆ドル規模のインフラ投資計画を打ち出しており、今月中にはさらに2兆円規模を投じる教育改革、貧困対策を打ち出す考えだ。わずか4か月のうちに合計で6.4兆ドル、名目GDP比で約28%、日本円で700兆円規模の巨額の対策を打ち出すことは異例である。

さらに、景気回復傾向が見られる中でも、米連邦準備制度理事会(FRB)はゼロ金利を少なくとも2023年末まで維持する姿勢である。こうした積極財政・金融政策ゆえに、米国経済が世界経済の回復をリードする形となっているのが現状ではあるが、それが生じさせる経済・金融面での過熱のリスクは気がかりである。

米国市場に広がる過熱の兆候

中国は、リーマン・ショック後の4兆元の景気対策を実施した結果、鉄鋼などの業種では供給過剰が生じた。また、不動産市場の過熱から、金融システムの脆弱性も生み出してしまった。現在でも、その後遺症に苦しみ続けているのである。それがゆえに、今回は比較的慎重な財政・金融政策運営を心掛けているのだろう。

これに対して米国では、金融緩和の長期化や経済対策による景気回復期待の高まりが、資産価格の行き過ぎた上昇や過度にリスクをとった投資行動につながっていることを示唆する現象が、特に年明け後に数多く表れてきている。例えば、SNS上で個人投資家が結託したゲームストップ株などの押し上げ行動、ビットコインの急騰、SPAC(特別買収目的会社)株急騰、NFTの価格高騰(コラム「デジタル資産『NFT』もバブルの様相」、2021年4月6日)、ファミリーオフィスを巡る問題、などである。

米国が現在の積極的な政策姿勢を続けた場合、急速な財政見通しの悪化が長期金利の上昇やドルの下落を招き、それらが各種資産価格を一気に調整へと導く可能性も出てくるのではないか。それは、コロナショックからの米国経済、そして世界経済の回復に最大の逆風となってしまう可能性も考えられるところだ。米国の積極的な財政・金融政策は、いずれ米国と世界経済の回復にとって逆風に転じる可能性を秘めているのである。

今回のIMFの世界経済見通しには、こうしたリスクに対する強い警鐘は鳴らされなかったが、米国当局は、金融市場の安定維持を意識した慎重な政策運営を心掛けて欲しいところだ。

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