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2021/04/08

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基軸通貨の条件は何か

近い将来に、中国人民元がドルの事実上の基軸通貨の地位を大きく脅かす可能性は低いだろう。しかし、デジタル人民元の発行を機に、次第にドルの影響力が削がれていく可能性はあるのではないか(コラム「デジタル人民元は人民元国際化の切り札となるか」、2021年4月7日、「国際化する人民元のポテンシャルを推定」、2021年3月31日)。さらに、かなり先まで見れば、人民元が事実上の基軸通貨の地位をドルから奪いとる可能性も決してないとは言えないだろう。ところで、基軸通貨とは、そもそもどんなものだろうか。

第2次世界大戦末期の1944年に米国のドルを基軸とした固定為替相場制が各国で合意され、1945年に開始された。米国がドルと金との兌換を約束すると共に、国の通貨の交換比率(為替相場)を一定に保つ仕組みである。世界の金融市場の安定確保を狙ったこの制度は、ブレトンウッズ体制と呼ばれた。これは、ドルが正式に基軸通貨(key currency)になったことを意味したのである。

しかし、1971年に、ニクソン大統領が金とドルの交換を停止した(ニクソン・ショック)。さらに1973年に先進国が相次いで変動相場制に切り替えていったことで、ブレトンウッズ体制は崩壊してしまった。ドルが正式に基軸通貨の座に居た時期は、比較的短かったのである。

ところが、その後もドルは、世界の国際間での金融取引の中で圧倒的なシェアを持つ、事実上の基軸通貨の地位を今日に至るまで維持している。一国の通貨が基軸通貨、あるいは事実上の基軸通貨となることができる条件とは、一体何だろうか。

自由な取引がなされるもとで交換性が確保されていることに加えて、経済・貿易の規模の大きさ、国内金融市場の規模の大きさ、信頼性の高い中央銀行の存在、強い軍事力の保有、などの要件が広く挙げられる。

一国の通貨が、基軸通貨として世界中の金融取引で用いられるようになると、その通貨に対する需要が高まる。基軸通貨国がその需要に応えきれないと、通貨の価値が過度に高まり、基軸通貨国も含め、世界的にデフレ圧力がかかってしまうだろう。

そこで基軸通貨国は、世界が必要とする基軸通貨を積極的に供給する役割を担うことになるが、それは、基軸通貨国が経常赤字を拡大させることで実現されやすいだろう。かつての基軸通貨国であった英国も、現在の米国もそうである。経常赤字が続くと、その分対外純債務が拡大する。その結果、米国にとってのドル建て債務が、海外にどんどん蓄積されるようになっていくのである。

ところが経常赤字を通じて海外にドルを供給していると、ドルの需給が悪化し、ドルの価値が下落、あるいはその信頼性が低下してしまうリスクが高まる。基軸通貨国としては、経常赤字を通じて海外にドルを供給することが、世界経済の発展のために欠かせないが、一方でそれがドルの信認を低下させ、ドル下落のリスクを高めると、米国の金融市場を不安定にし、また世界経済の発展にも障害となってしまう。

このように、一国の通貨を基軸通貨とする制度のもとでは、基軸通貨の流動性向上とその信認の維持の両立が難しいことは、「トリフィンの(流動性)ディレンマ」と呼ばれる。ポンドが基軸通貨の座を降り、またドルも正式な基軸通貨の座を短期間しか維持できなかったのは、こうした矛盾によるものだ。

しかしながら、そうした矛盾を抱えながらも、ドルが事実上の基軸通貨の地位を続けているのは、米国内に大きな金融市場があることが一因なのだろう。規模が大きく流動性が高く、そして高い信頼性がある金融市場があれば、経常赤字を通じて海外に供給されたドルを、再び米国に円滑に呼び込むことができる。その結果、一方的に通貨の価値が下落することにはならない。米国では、財務省証券(国債)市場が、海外からのドル還流の大きな受け皿の役割を果たしているのである。

近い将来はドルの覇権は揺るがないとの見方が大勢

経済規模の観点からは、長い目で見れば、国際通貨としての人民元の地位が高まり、ドルの地位は低下していく可能性は高そうだ。しかし、近い将来、人民元がドルの地位を脅かし、世界の(事実上の)基軸通貨になると考える向きは、現時点ではかなり少数派だろう。

まず、基軸通貨国は、経済規模で世界のトップの座から滑り落ちても、慣性から基軸通貨の地位はかなりの期間が維持できる、ということを歴史が示している。ドルが正式に基軸通貨の地位を得たのは第2次世界大戦後であるが、第1次世界大戦後には、英国ポンドとドルとは、並行して基軸通貨の役割を果たしていたと考えられる。しかし1910年には、既に米国は英国の経済規模を上回っていた(注)。そこから、基軸通貨国の地位を正式に英国から奪うまでには、30年以上の時間を要したのである。

基軸通貨国のプレゼンスが低下してからも、世界の通貨としての利用は直ぐには失われない。そして、いわば基軸通貨国の特権も続く。基軸通貨には慣性の法則が働きやすいのである。

さらに、経済規模では大きくなっても、為替市場、国際的な資金取引に規制が残る中国は、簡単には基軸通貨国の地位を米国から奪うことはできない、というのが過去の経験を踏まえた上での常識的な判断だろう。筆者も、人民元がドルに代わって世界の基軸通貨の地位を得ることが、近い将来に起こるとは思っていない。

人民元はドルとは違う土俵で戦う

先進国市場で、人民元がドルと競ってその勢力を強めていくことは簡単ではなく、少なくともかなりの時間がかかるだろう。しかし、非常に使い勝手の良いデジタル人民元が登場することで、人民元の利用が新興国の間で急速に広まっていくことは、近い将来でも考えられるのではないか。そこには、経済外的な要素も考慮に入れて考える必要がある。

米中対立を契機に先進国市場から一部締め出されつつある中国は、一帯一路国との間の貿易関係を急速に強めている。そうした地域との間では、輸出入の契約・決済に人民元の利用が広がっていくだろう。

さらに、中国が一帯一路国をベースに、単に経済的な結びつきにとどまらず、政治上、安全保障上のブロックを形成していく場合には、そうした国に対して、人民元の利用を半ば強制していくことが考えられるのではないか。中国を盟主とした連合体として、中国経済圏、人民元通貨圏を形成していくのである。

その場合、先進国市場で人民元がドルの地位を脅かすことはなくても、新興国を中心に人民元の利用は広まっていく。その結果、世界全体で見れば、人民元の利用比率が急速に高まっていくのである。このように、中国は先進国市場ではなく、新興国市場で人民元の利用を拡大させ、人民元の国際化を進めていく狙いがあるのではないか。いわば、「米国とは異なる土俵」の上で、ドルと競争するのである。

このように、人民元がドルにとって代わるのではなく、ドルと人民元がそれぞれ異なる地域で、主要な国際通貨として併存する世界が将来的には展望できる。

かつて存在した、旧ソ連が中心のコメコン(経済相互援助会議)体制のもとでも、「振替ルーブル」と呼ばれた通貨が、域内の貿易決済に用いられていた。「振替ルーブル」はソ連のルーブルと等価とされたが、金、ドル、加盟国の自国通貨との交換性もないことから、国際通貨ではなく単なる帳簿上の通貨に過ぎない、とされていた。

これに対して、人民元は金、ドル、加盟国の自国通貨との交換性は確保されたうえで、デジタル方式で決済される。「振替ルーブル」とは比べものにならないほど洗練された、域内共通通貨となる潜在力があるだろう。

着実に進む人民元の国際化戦略

人民元の国際化はなかなか進んでいないとはいえ(コラム「デジタル人民元は人民元国際化の切り札となるか」、2021年4月7日)、全く進んでいない訳ではない。中国人民銀行が2020年8月に発表した「2020年人民元国際化報告」では、人民元の国際決済での使用が伸びていることが指摘されている。2020年に、銀行が顧客に代わって行った人民元による国境を越えた受け払い額は、19.67兆元(約300兆円)で、前年水準を24.1%上回った。また貿易企業に対するアンケート調査によると、為替リスクを回避する目的などで、貿易決済を人民元建てにすることを望む声が比較的大きく高まったという。

また、トルコ中央銀行は、2019年に中国人民銀行との間で二国間通貨スワップ協定を締結した。さらに2020年6月には、同銀行を通じて中国からの輸入商品代金を支払ったすべての企業が、人民元で決済したことを発表している。通信大手トルコテレコムも、中国からの輸入商品代金を人民元で支払うとする声明を出している。これは、将来の中国経済圏内での人民元決済の姿を先取りしているのかもしれない。

また、中国は国際原油取引を人民元によって行う「ペトロユアン(石油人民元)」構想を進めている。世界的に原油の取引はドル建てが支配的だが、それに対抗して中国は、上海で元建ての原油先物市場を2018年3月に開設した。さらに、イランやロシアとの間では、原油の取引を人民元建てにするように働きかけているとされる。上海原油先物取引では、中国石化(シノペック)と傘下のトレーディング会社が主として取引に参加し、まだWTI原油先物取引高の10分の1以下の規模ではあるものの、取引高は順調に増加している。

このように、新たな経済圏・貿易圏の形成と一体となって、人民元の海外での利用を促し、中国の人民元建て国際銀行決済システムのCIPSが人民元決済を担っていくというのが、比較的短期間で中国が米国の国際金融覇権を脱することができる、現実的な選択のように思える。

そして、人民元の国際化を進め、米国の国際金融覇権を脱するための重要な手段と中国が位置付ける、いわゆる奥の手が、銀行システムから離れて取引されるデジタル人民元なのではないか。

CIPSとデジタル人民元の2つが、中国が米国金融覇権に挑戦していく上で2つの重要な柱となっていくのである。

(注1)"The Maddison Project; Maddison style estimates of the evolution of the world economy. A new 2020 update Maddison-Project Working Paper WP-15", Jutta Bolt and Jan Luiten van Zanden, October 2020

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